4話
応急処置を終え、ひとまず全員の命に別状がないことを確認すると、安堵と共に重い疲労感が悠斗を襲った。だが、ここで休むわけにはいかない。
「動けない方は、荷馬車に乗せましょう。御者さん、馬車を動かせますか?」
悠斗が尋ねると、肩を押さえた御者の男性が顔をしかめながらも頷いた。
「ああ、なんとか……街までは、意地でも走らせるさ」
悠斗と無事だった護衛の男性は協力して、骨折した護衛と腹部を負傷した護衛を慎重に荷馬車の中へ運び込んだ。狭いスペースに二人を横たえさせるのは骨が折れたが、他に方法はなかった。
「うぅ……すまない……」
「気にするな。今は休んでいろ」
護衛の男性は、仲間を励ますように声をかけた。
すべての負傷者を乗せ終え、ようやく一息つける状況になったところで、護衛の男性が改めて悠斗に向き直り、深く頭を下げた。
すべての負傷者を乗せ終え、ようやく一息つける状況になったところで、護衛が改めて悠斗に向き直り、その髭面でやや厳つい顔に似合わぬ丁寧さで深く頭を下げた。
「改めて礼を言う。俺はライオス。この者たちのまとめ役で、あちらのお嬢様……リリア様の護衛を務めている」
ライオスは顔を上げ、悠斗に真っ直ぐな視線を向けた。その目には、感謝と共に、まだ少しの戸惑いが残っている。
「今日は、お嬢様の洋服やら何やらの買い物でな、片道一日ほどの距離にある隣町まで出かけていたんだ。その帰り道で……まさか、こんな街道沿いでサハギンに襲われるとは。完全に油断していた」
馬車の中から、リリアと呼ばれた少女がおずおずと顔を出した。まだ顔色は青白いが、気丈に振る舞おうとしているのが見て取れる。
「わ、私はリリア・ハーネットと申します。この街で商いを営む父の娘です。本当に……ありがとうございました」
彼女もまた、深々と頭を下げた。
悠斗は慌てて二人を制した。
「いえ、そんな……俺はユートと申します。見ての通り、旅の者です」
咄嗟に、本名から少し変えた偽名を名乗る。異世界に来たばかりで、本名を明かすのは得策ではないと判断したからだ。
「たまたま悲鳴を聞きつけて……。皆さんがご無事で何よりです」
ライオスは、負傷した仲間たちを一瞥し、悔しそうに唇を噛んだ。
「いや、無事とは言い難い。俺の油断のせいだ……。バルカスもドランも、御者のガルドも、皆、リリア様のために必死に戦ってくれたんだが……」
「それで、ユート殿は、どちらへ向かうご予定で?」
ライオスが尋ねる。
「それが……特に決めてはいないんです。森の中で道に迷ってしまって、ようやくこの街道に出たところで……」
悠斗は正直に(一部をぼかして)答えた。
その言葉を聞き、ライオスは顎の髭を軽く撫でながら少し考え込むそぶりを見せた後、決心したように口を開いた。
「そうか……。もし、差し支えなければ、我々と一緒にこの先の街まで来てはくれないだろうか? この通り、怪我人が多くてな。街まではまだ半日ほどかかる。道中、また魔物に襲われないとも限らん」
彼は続けた。
「もちろん、ただ働きをさせるつもりはない。街に着けば、リリア様のご実家……ハーネット商会の旦那様からも、今回の件の礼をさせたい。それに、君の見事な手当ては、本当に助かった。旦那様に君を紹介したいんだ」
悠斗にとって、これは願ってもない提案だった。当面の目的地ができ、情報収集の場も得られる。それに、助けた人々をこのまま放置していくのも気が引けた。
「分かりました。俺でよければ、ご一緒させてください。街に着くまで、護衛のお手伝いをします」
悠斗は頷いた。
「本当か! 助かる!」
ライオスは厳つい顔をわずかにほころばせ、リリアもほっとしたように微笑んだ。
こうして、悠斗は思いがけず、商家の娘とその護衛一行と行動を共にすることになった。御者のガルドが手綱を握り、ライオスが馬車の隣で警戒し、悠斗は反対側で周囲を警戒しながら歩く。幌の中からは、負傷者たちの苦痛の呻き声が時折漏れてくる。
サハギンの死体を街道脇に引きずって隠し、一行はゆっくりと街へと向けて出発した。悠斗の異世界での最初の旅は、こうして始まったのだった。給料はないが、当面の寝床と食事、そしてささやかな目的を得て。