40話後編
出発前夜。宿の一室に、ユートと調査隊のメンバー全員が集まり、明日からの行程と最終的な準備の確認を行っていた。
地図を広げ、鉱山町へのルート、輸送する荷物の内容、そして酒類の仕入れと販売計画について、最後の打ち合わせをする。
「よし、ルートはこれで確定だな。明日の朝、支店で荷物と新人たちを受け取って出発だ」
ユートが確認すると、皆頷いた。
「酒の仕入れは、バーナード支店長が見繕ってくれる手はずになっています。販売価格は、鉱山町の相場を見てから決めましょう」カインが補足する。
「護衛体制だが、明日は支店からのメンバーも加わる。馬車が増える分、警戒範囲も広がるから、連携に気をつけなきゃならないね」エルザが気を引き締める。
「そうですね」ユートは頷き、護衛メンバーに向き直った。「明日は新しい護衛の方も加わります。皆さんは経験豊富ですが、彼らはまだ若いかもしれない。戦闘になった場合、可能な範囲で彼らをフォローし、全体の被害を最小限に抑えられるように動いてほしい。特にバルカスさん、ドランさん、レナータさんは、後方や側面から状況を見て、危ないところがあれば支援をお願いします」
「承知しました」
「お任せください」
「了解です」
3人は力強く頷いた。エルザも「弟たちにも、改めてそのように指示しておきます」と付け加えた。
「なあなあ、ユート様とセーラさんさー」
リックが、ニヤニヤしながら口を挟んだ。
「今日、街で二人で歩いてるとこ見たけど、すっげーお似合いだったぜ! まるで恋人同士みたいでさー!」
「そーそー! なんかいい雰囲気だったよな!」ロイも囃し立てる。
「……(こくこく)」レックスも、なぜか悪戯っぽい顔で頷いている。
「なっ……! り、リックさん! ロイさん! レックスさんまで! な、何を言い出すんですか!」
セーラは顔を真っ赤にして狼狽し、少し怒ったように三つ子を睨んだ。しかし、その反応が余計に三つ子を面白がらせる。
「照れてるー!」「やっぱりー!」
「あんたたち、いい加減にしなさい!」
エルザの拳骨が再び炸裂し、三つ子は静かになった。ユートも苦笑いを浮かべるしかなかった。
気を取り直して打ち合わせを終え、各自、最終的な準備を整えて就寝した。
深い眠りについていたユートの意識に、再びあの声が響いた。
『やっほー、ユート! 久しぶり! 元気してる?』
精霊神だ。今回は、いつもの軽い調子に戻っている。
(精霊神様……。前回は、本当に助かりました。急ぎの連絡、ありがとうございました。あの時、すごく慌ててましたよね? 何かあったんですか?)
ユートは気になっていたことを尋ねてみた。
『ん? あー、あれね! いやー、実はさ、ちょうどあんたに連絡しようとしたタイミングで、私の上司(?)みたいなのに呼び出されちゃって! 「ちょっと、最近サボり気味じゃない?」みたいな感じでさー! だから、めっちゃ焦って連絡したわけ! ま、なんとかなって良かったけどね!』
精霊神はケラケラと笑っている。どうやら、本当にただタイミングが悪かっただけのようだ。ユートは少し呆れたが、まあ、彼女らしいとも思った。
(それで、今日は何か……?)
『ん? あー、いや、別に用事ってわけじゃないんだけどさ。今、なんか面白そうなことしてるみたいだから、ちょっと様子見に来ただけ! 鉱山町への輸送と、お酒の交易? へぇー、商人としても頑張ってるんだねぇ』
どうやら、ユートの行動はある程度把握しているらしい。
『まあ、せっかくだから、少しだけアドバイスしといてあげるよ』
精霊神は、少しだけ真面目なトーンになった。
『次に君たちが行く鉱山町ね、あそこでは『氷解石』っていう、ちょっと面白い石が採れるんだよ。いつまでも溶けずに、ひんやりと冷たい不思議な石なんだけどね。もし見かけたら、いくつか買っておくといいよ。そんなに高くないはずだから』
(氷解石……ですか? 何に使うんです?)
『ふふん、それはね……あんたが買い付けなきゃいけない品物にあったでしょ? 『静寂苔』。あの苔、実はね、普通の石ころと一緒に、湿らせた籠か何かに入れて、その下に氷解石を仕込んでおくとね……どんどん増えるんだよ。繁殖するの』
(…ん?そんな品物あったかな…)
『あれ?無かったっけ?まぁいいよ!北に行ったら普通に売ってるからさ!いつもの街じゃ売ってないからいいでしょ?滋養強壮にもいいからさ!』
ユートは驚いた。取り扱いの無いものを増やせる!鑑定眼でもそこまでは分からなかったかもしれない。
『ま、ちょっとした裏技ってやつ? これで、苔集めも少しは楽になるんじゃない? あ、でも、やりすぎると価値が下がっちゃうから、ほどほどにね!』
精霊神は悪戯っぽく笑った。
『じゃ、そういうことで! 頑張ってね!』
そう言うと、精霊神の声はすっと去っていった。
(氷解石……静寂苔の繁殖……。これは、すごい情報を聞いたんじゃないか……?)
ユートは興奮で目が覚めてしまった。精霊神の気まぐれなアドバイスだったが、これからに大きな影響を与えるかもしれない。
翌朝。ユートたちは宿を引き払い、ハーネット商会の支店へ向かった。中庭には、荷物の準備がすでに整えられており、ユートたちが使う荷馬車、そしてロンドベル支店が手配した、日用品を積んだ荷馬車と加工用の木材を積んだ荷馬車の、計3台が並んでいた。
そして、そこには見慣れない顔ぶれもいた。バーナード支店長に紹介されたのは、今回の輸送任務についてくる新人たちだった。輸送部からは、御者見習いの若い男性が2名と、彼らを監督するベテランの御者ハンス。そして、護衛として、ロンドベル支店所属の若い護衛部の者が4名加わることになった。支店からは、ベテランは御者のハンスのみで、他は全員が新人という構成だ。ユートは彼らと挨拶を交わし、簡単な自己紹介を行った。
新人たちは皆、緊張した面持ちでユートの指示を待っている。
支店の商業部員が、バーナード支店長が見繕ってくれた酒(エールや蒸留酒など、鉱夫に人気がありそうな種類)を買い付け、支払いと共にユートたちの荷馬車に積み込んでいく。
「隣の鉱山町へは、3日ほどの道のりです。道中、よろしく頼みますよ、ユート隊長」
ベテラン御者のハンスが、にこやかに挨拶してきた。
最後に、バーナード支店長が、新人の輸送部員と護衛部員を集め、改めて指示を出した。
「いいか、お前たち。今回の輸送任務では、ハーネット本店の調査隊リーダーである、ユート殿の指示に従うように。彼の判断が、この隊の判断だ。決して勝手な行動はするなよ」
「「「はい!」」」
新人たちは緊張した面持ちで返事をした。
市場調査隊に、急遽、輸送任務と交易が加わり、さらに人員も増えた。思わぬ大所帯の商隊となったが、ユートは張り切って出発の号令をかけた。
「よし、全員準備はいいな! 鉱山町へ向けて、出発!」
新たな仲間と、新たな任務を加え、ユート率いる調査隊は、ロンドベルの街を後にし、鉱山町へと続く道を進み始めたのだった。




