36話
『清心草』の買い付け任務から数週間が経ち、ユートは再びエレナの助手としての仕事と魔法訓練に励む日々を送っていた。
手甲の調整も進み、魔法の発動は以前にも増してスムーズになっていた。
そんなある日、ユートはダリウスに呼ばれた。
執務室へ向かうと、ダリウスは珍しくリラックスした様子で茶を飲んでいた。
「やあ、ユート殿。まあ、座りなさい」
勧められるままにソファに腰掛けると、ダリウスは世間話でもするように切り出した。
「先日、君が村で会ったという『陽だまり商会』のリーナ殿が、商会を訪ねてきてな。なかなか小さいながらもやり手の商人だったよ。話してみると、情報収集能力も高く、護衛のボルグ殿も相当な腕が立つようだ。君が良い繋ぎを作ってくれたな」
「そうですか。それは良かったです」
「それから、エレナから君の魔法の訓練についても聞いたぞ。ほぼ問題ないレベルに達していると。特に成長速度が驚異的で、魔法の精度も申し分ないそうだ。回復魔法の制御も、土壇場とはいえ、あれだけできれば、特段ヘマをしない限り、そうそうバレる心配もなさそうだ、ともな」
ダリウスは満足そうに頷いた。
(ユートが【鑑定眼】を持っていることは、その能力の異常性を理解し、意図的に隠しているからだ)
一通りの世間話を終えると、ダリウスは少し居住まいを正し、改まった口調で話し始めた。
「さて、ユート殿。ここからが本題だ」
彼の表情が、商会の長としての真剣なものに変わる。
「先日のシルヴァンでの活躍(襲撃時の魔法による戦闘貢献、負傷者の的確な処置)、そしてリーナ殿相手の対応(情報提供と引き換えに関係を築いた点)、さらにはエレナが太鼓判を押す魔法の練度。これらを勘案した結果、先日、幹部会議で一つの案が出たのだ」
ダリウスはユートの目を見据えた。
「君の能力を、この商館の中だけで眠らせておくのは惜しい。もっと外の世界で活用したほうが、君自身の成長にも、そしてハーネット商会にとっても有益なのではないか、とね」
「外で……ですか?」
「そうだ。もちろん、君の安全は最優先だ。だが、君の持つ力――大容量インベントリ、そして二属性魔法は、外での活動において大きなアドバンテージとなるはずだ。各部長も、この案には概ね賛成してくれた」
ダリウスは続けた。
「特に、商業部長のバルドから、具体的な提案があった。君に、いくつか仕事を任せてみたい、とね」
「仕事、ですか?」
「うむ。具体的には、特定の素材や希少品を指定された場所で調達してきてもらいたい。中には、ハーネット商会がまだ本格的に進出していない地域の村や街も含まれるだろう。もちろん、君の護衛は万全にするし、臨時で商業部や輸送部の部下もつける。だが、今回の任務に関しては、エレナやライオスに直接助言を求めるのは禁止とする。君自身の判断力と交渉力、そして問題解決能力を試したい、ということだ」
ダリウスは、ユートの反応を窺うように言った。
「これは、君にとって大きな挑戦になるだろう。だが、その結果次第で、君のこれからの商会内での立場や、我々の君への対応も大きく変わってくることになる。どうだろうか、ユート殿。受けてみる気はあるかね?」
ダリウスからの提案は、ユートにとって予想外のものであり、同時に大きなチャンスでもあった。商会から期待されていることへの喜びと、初めて自分主体で大きな仕事を任されることへのプレッシャーを感じる。しかし、ここで尻込みするわけにはいかない。
「……はい! やらせてください!」
ユートは、決意を込めて答えた。
「よろしい。頼もしい返事だ」
ダリウスは満足そうに頷いた。具体的な任務内容については、後日改めて伝えるとのことだった。
執務室を出て、自分の部屋に戻ったユートは、早速4人にダリウスから受けた話を相談した。
「……というわけで、近々、俺がリーダーのような形で、素材調達の任務に行くことになったんだ」
「まあ、ユート様が……!」セーラは驚きと心配が入り混じった表情を見せた。
「初めての単独任務、ですか。ですが、旦那様がユート様を評価されている証拠でしょう」レナータは冷静に分析する。
「我々も全力でお支えします。ご心配なく」バルカスが力強く言う。
「しかし、エレナ様やライオス殿に相談できないとなると、我々だけで判断しなければならない場面も増えますね……。情報収集が鍵になりそうです」ドランが懸念を口にする。
ユートも同感だった。任された仕事をどうこなすか。未進出の地域での情報収集、現地での交渉、予期せぬトラブルへの対応……。考えるべきことは山積みだ。
【鑑定眼】があれば情報収集は有利に進められるかもしれないが、それを悟られずにどう活かすか、そして最終的な判断は自分自身で下さなければならない。
「まずは、目的地の情報収集からだな。地図や、これまでの取引記録などを確認させてもらおう。それから、どんな素材を調達する事になるのか……」
ユートは、4人と顔を見合わせ、先の事を考え始めた。
初めての大きな挑戦に向けて、彼らのサポートを得ながら、入念な準備を進めていく必要があった。
ユートの新たな試練が、始まろうとしていた。




