30話
休暇初日。ユートは、昨夜の楽しい宴のことをぼんやりと思い出しながら、ゆっくりと目を覚ました。
窓から差し込む朝日が眩しい。ふと枕元の時計を見ると、針はまだ午前7時前を指していた。
「……意外と早く起きちゃったな」
二日酔いもなく、思ったよりすっきりとした目覚めだ。ユートはベッドから出て、朝の支度を始めた。
顔を洗い、服を着替えながら、もらった休暇のことを考える。せっかくの休みだ、何をしようか。
街をゆっくり散策するのもいいし、魔法の自主練をするのもいいかもしれない。
あるいは、この世界のことをもっと知るために、図書館のような場所を探してみるのも……。そんな考えを巡らせていると、お腹が空いてきた。
食堂で簡単な朝食を済ませ、部屋へ戻ると、そこには見慣れない若いメイドが立っていた。セーラではない。
「おはようございます、ユート様」
メイドは少し緊張気味に挨拶をした。
「私はリナと申します。本日より5日間、セーラさんに代わりまして、ユート様のお世話をさせていただきます。至らぬ点もあるかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
どうやら、セーラの休暇中の代わりのメイドらしい。
「おはようございます、リナさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
ユートも挨拶を返す。
「あの、リナさん。後で、旦那様のところに護衛の件で伺いたいのですが、予定を入れていただけますか? 昨夜、少し話しそびれてしまって……」
「かしこまりました。旦那様にご都合を伺ってまいります」
リナはテキパキと頷いた。
ユートが部屋の片付け(といっても、元々物は少ないが)をしていると、思ったより早くダリウスの元へ呼ばれた。執務室へ行くと、ダリウスはすでに書類に目を通していた。
「おはよう、ユート殿。休暇初日だというのに、すまないね。護衛の件だったかな?」
「はい。昨夜、少し話しそびれてしまいまして……休暇中の護衛体制はどうなるのでしょうか?」
「ああ、その件なら心配いらない」
ダリウスはあっさりと答えた。「休暇中とはいえ、君の安全確保は怠らん。護衛部から交代で2名、常に君の護衛につけるよう手配済みだ。バルカスとドランには、ゆっくり休んでもらうように伝えてある」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
ユートは安堵した。
「ただし、外出する際には、リナは連れて行かないように。護衛がいるとはいえ、万が一ということもある。彼女は戦闘訓練を受けているわけではないからな」
「分かりました」
執務室を出て、部屋に戻る途中、廊下でエレナにばったり会った。
「よう、ユート。休みはどうだ?」
「おはようございます、エレナ様。おかげさまでゆっくりできそうです」
「そりゃ結構。ところで、あの魔法石を使った魔法具の形、もう決めたのかい?」
エレナは、例の無属性魔法石のことを思い出したように尋ねた。
「いえ、それがまだ……決まっていなくて」
「ふーん。まあ、大体は片手杖か両手杖、あとは指輪とかの装飾品にするのが一般的だけどね。魔法の増幅や制御に特化させるなら杖が一番だが、携帯性や隠密性を考えると指輪も悪くない」
エレナはそれぞれのメリット・デメリットを簡単に説明してくれた。
「なるほど……。ありがとうございます。もう少し考えさせてください」
「あいよ。決まったら言いな」
エレナはそう言って、研究室の方へ歩いて行った。
部屋に戻ると、ダリウスが手配してくれた護衛2名が到着していた。見慣れない顔だが、護衛部所属の腕利きなのだろう。簡単な挨拶を交わし、ユートは早速出かける準備を始めた。せっかくの休暇だ、まずは街に出て、武器のアイデアを探してみよう。
メイドのリナに街へ行くことを伝え、護衛2名を伴って商館を出た。
アルテナの街は今日も活気に満ちている。
ユートは、冒険者向けの露店や商店が並ぶ一角へと足を向けた。様々な武器や防具が所狭しと並べられている。杖や剣、槍、鎧、盾……。
「やっぱり、武器を持つべきなのかな……」
ユートは護衛に、それぞれの武器について相談してみた。
「剣は扱いやすく、攻防のバランスが良いですが、リーチが短いのが難点ですな」
「槍はリーチが長く、突きに特化していますが、接近されると不利になることも」
護衛たちは、それぞれの長所・短所を丁寧に説明してくれた。その際、盾や鎧といった防具の重要性についても話してくれた。魔法使いは打たれ弱いイメージがある。防御面も考慮すべきだろう。
色々な武器や防具を眺めているうちに、ユートはあるアイデアを思いついた。
(杖や剣もいいけど、もっとこう、素手で魔法を使う補助になるようなものは……そうだ、小手みたいな形はどうだろう?)
革製の手袋をベースに、手の甲側に鋼などの頑丈な素材を取り付けた手甲。これなら、いざという時に防御にも使えるし、邪魔にもなりにくい。魔法石は手首の内側あたりにつければ、マナの流れもスムーズかもしれないし壊されにくい。指先は露出させておけば、細かい作業や日常生活でもそれほど邪魔にならないはずだ。
「これだ!」
良いアイデアを思いついたユートは、いてもたってもいられなくなり、護衛たちに断って急いで商館へ戻った。
そして、早速エレナの元へ行き、自分の考えた手甲型の魔法具の形を説明した。
「ほう……手甲型ねぇ……」
エレナはユートの説明を聞き、腕を組んで少し考え込んでいたが、やがてニヤリと笑った。
「面白いじゃないか! 杖や指輪ばかりが能じゃない。確かに、防御と魔法補助を両立できる可能性もあるし、何よりあんたの発想ってところが気に入った!」
エレナは目を輝かせた。
「よし、決まりだ! 制作部として、あんた専用のオーダーメイドの手甲型魔法具、試作してみようじゃないか! 素材選びから設計まで、あたしが直々に見てやるよ!」
エレナはすっかり乗り気になり、早速設計図を描き始めそうな勢いだ。ユートの初めての専用装備作りが、こうして始まることになった。




