21話
楽しい時間はあっという間に過ぎ、懇親会はお開きの時間となった。レストランの外に出ると、夜風が火照った体に心地よい。
「いやー、飲んだ飲んだ! それじゃあ、俺たちはこれで」
ガルド夫妻は笑顔で手を振り、家路についた。
マルコも、まだ少しふらつきながらも、ミーナに支えられながらなんとか帰っていった。
「ようし、ライオス! あたしたちは飲み直しだ! もう一軒行くぞ!」
「望むところだ、エレナ!」
まだ飲み足りないらしいエレナとライオスは、肩を組んで夜の街へと消えていった。
あの二人は一体どこまで飲むのだろうか。
残ったのは、ユート、セーラ、そして護衛のレナータ、バルカス、ドランの5人。
「では、私達も屋敷に戻りましょうか」
セーラが促し、一行は夜道を歩き始めた。
バルカスとドランが前後に立ち、レナータがセーラの隣、ユートはその間を歩く。街灯が照らす石畳の道は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
屋敷まであと少しという、人通りの少ない裏通りに差し掛かった時だった。
道の脇の酒場の扉が勢いよく開き、酔っ払った男たちが5人、よろめきながら出てきた。
彼らは、セーラとレナータという二人の女性を連れて歩いているユートたち一行に気づくと、下卑た笑みを浮かべて道を塞ぐように立ちふさがった。
「ようよう、兄ちゃんたち。綺麗なねーちゃん二人も連れて、いいご身分じゃねえか」
リーダー格らしき、ひときわ体格の良い男が、にやにやしながら言った。他の男たちも、酔った目でセーラとレナータを値踏みするように見ている。
「……失礼。道を開けていただきたい」
バルカスが冷静に、しかし威圧感を込めて言った。
「あぁ? なんだテメェ、やんのか?」
男たちは、バルカスの言葉に逆上したように、拳を握りしめて威嚇してきた。武器は持っていないようだが、素手での喧嘩でも数は5人。油断はできない。
「ユート様、セーラ様、レナータ、後ろへ!」
ドランが叫び、ユートたちを庇うように前に出る。バルカスとドランは、即座に臨戦態勢に入り、酔っ払いどもと対峙した。
「うらぁっ!」
「調子に乗るんじゃねえ!」
酔っ払いたちが、怒鳴り声を上げながら殴りかかってくる。バルカスは冷静に相手の拳を捌き、ドランは俊敏な動きで攻撃をかわしながら的確なカウンターを入れる。護衛として鍛えられた体術は、素人の酔っ払い相手には十分すぎる威力だ。
しかし、乱戦の中、酔っ払いの1人が隙を見て、バルカスとドランの間をすり抜け、ユートたちの方へ向かって殴りかかってきた!
「危ない!」
ユートが叫ぶより早く、レナータが動いた。彼女はセーラを背後に庇いながら、滑るような動きで男の攻撃を最小限の動きでかわし、鳩尾に鋭い掌底を叩き込んだ。ぐえっ、と蛙が潰れたような声を上げ、男はその場に崩れ落ちる。
レナータが一瞬で一人を無力化したことで、残りの酔っ払いどもに動揺が走る。
その隙を逃さず、バルカスとドランは連携して残りの3人を素早く制圧した。あっという間に、酔っ払いたちは全員、地面に伸びていた。
「ふぅ……終わったか」
バルカスが息をつく。素手での喧嘩だったため、相手の蹴りを受けたドランが、脇腹を押さえて顔をしかめていた。打撲を負ったようだ。
「ドランさん、大丈夫ですか!?」
ユートが駆け寄る。
「ああ、問題ない。少し打ちどころが悪かっただけだ」
ドランは強がって見せた。
その時、喧嘩の騒ぎを聞きつけたのか、数人の衛兵が駆けつけてきた。
「何事だ! こんなところで騒ぎを起こすとは!」
衛兵たちは、地面に転がる酔っ払いたちと、ユートたちを見て状況を察したようだ。
ライオスから指示を受けていたバルカスが前に出て、冷静に事情を説明した。
ハーネット商会の者であること、酔っ払いに絡まれたことなどを伝えると、衛兵たちは納得した様子で頷いた。
「なるほど、ハーネット商会の方々でしたか。ご面倒をおかけしました。この者たちは、我々が連行します」
衛兵たちは手際よく酔っ払いたちを拘束し、連行していった。
「とにかく、早く屋敷に戻りましょう。ドランさんの手当てもしないと」
セーラが促し、一行は今度こそ無事に屋敷へと戻った。
エレナの研究室に隣接するユートの部屋で、ドランはシャツをめくり、脇腹の打撲箇所を見せた。赤黒く腫れおり、痛そうだ。セーラが冷やすための濡れタオルを用意する。
「ドランさん、俺がやります」
ユートはそう言うと、ドランの患部にそっと手をかざした。回復魔法はまだ練習中で、熟練には程遠い。
それでも、集中してマナを流し込むと、温かい緑色の光がユートの手から放たれ、ドランの脇腹を包み込んだ。
「おお……!」
レナータ、ドラン、バルカスの三人は、その光景を息をのんで見つめていた。
ダリウスからユートが特別な力を持つこと、そしてそれが極秘事項であることは説明を受けていたが、実際にその力を見るのは初めてだったのだ。光が消えると、腫れはまだ残っているものの、ドランの顔から苦痛の色が和らいでいるのが分かった。
「痛みが……引いた……?」
ドランが驚きの声を上げる。
「まだ完璧には治せませんが、少しは楽になったかと」
ユートは額の汗を拭った。短時間とはいえ、慣れない回復魔法の使用は精神的にも疲れる。
「……これが、ユート様の力……」
バルカスが、畏敬の念のこもった声で呟いた。
レナータも、驚きと納得が入り混じったような複雑な表情でユートを見ている。
「この力のことは、くれぐれも内密にお願いします」
ユートが念を押すと、三人は力強く頷いた。
「もちろんです」
「我々も、旦那様より固く口止めされております」
「ユート様の秘密は、我々が命を懸けて守ります」
改めて、お互いにこの秘密を守ること、そしてユートを守るという使命を再確認した。
戦闘の描写って難しくないですか?




