19話
ユートがハーネット商会での生活を始めてから、一月ほどが過ぎようとしていた。
エレナの指導のもと、魔法の訓練は順調に進み、マナの制御にもかなり慣れてきた。制作部の手伝いも、雑用が中心とはいえ、商会の仕事の流れを理解する上で役立っていた。
その日も、午前中の魔法訓練を終え、エレナの研究室で資料の整理を手伝っていると、部屋の扉がノックされた。
「失礼します、エレナ様」
入ってきたのは、きびきびとした印象の女性だった。彼女は制作部の副部長、イリーナと名乗り、その後ろには見覚えのある二人の男性が立っていた。
「おお、バルカス! ドラン!」
ユートは思わず声を上げた。神殿で治療を受けていた、あの時の護衛たちだ。バルカスもドランも、怪我はすっかり癒え、以前と変わらない様子で、顔色も良い。
「ユート殿! この度は本当に……!」
バルカスとドランは、ユートの前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「あの時、助けていただかなければ、我々は……。このご恩は決して忘れません」
「いえ、お二人がご無事で本当に良かったです」
悠斗は恐縮しながら答えた。
イリーナ副部長が、二人の復帰をエレナに報告し、今後の体制について説明を始めた。
「エレナ様、旦那様の指示通り、本日よりバルカスとドランを、ユート様の直属護衛として配属いたします。彼らの主な任務は、ユート様の警護となります」
そして、隣に控えていたセーラにも視線を向けた。
「併せて、セーラ様の護衛として、護衛部よりレナータを配属いたしました。ユート様と同様、セーラ様の身辺警護を担当します」
イリーナの言葉に、セーラの隣にいつの間にか立っていた、冷静沈着そうな女性護衛が一礼した。ダリウスが配慮してくれたのか、女性には女性の護衛がついたようだ。
エレナは満足そうに頷いた。
「よしよし、これでやっとあたしも、四六時中この坊主の護衛を兼ねる必要がなくなったわけだ。やれやれ」
護衛が戻るまで、実質的にエレナが研究室周辺でのユートの護衛も兼ねていたのだ。これで彼女も、本来の研究にさらに集中できるだろう。
イリーナ副部長とレナータが持ち場に戻ると、バルカスとドランは改めてユートに向き直った。
「ユート様、これから我々が、身命を賭してお守りいたします」
二人の真剣な眼差しに、ユートは身が引き締まる思いだった。
「よし!」
エレナがパンと手を叩いた。「ちょうどいい区切りだ。バルカスとドランの回復祝い、それからユートの歓迎と、まあ、色々まとめて懇親会でも開こうじゃないか!」
彼女はニッと笑ってユートを見た。
「あんたも、ここんとこ訓練ばっかで疲れてるだろう? 今日の仕事はここまでにして、休みをやる! 夜はパーッとやろう!」
「え? いいんですか?」
突然の提案に、ユートは驚いた。
「いいに決まってるだろう! ねぇ、セーラ?」
「はい、エレナ様のおっしゃる通りかと。ユート様も、少し息抜きが必要でございます」
セーラもにこやかに同意した。
「よし、決まりだ! 場所は……マルコ! 総務のマルコに連絡して、適当にいい店、個室付きで押さえさせよう! 商会経営の店ならツケも効くだろうしな」
エレナは面倒な手配はマルコに丸投げすることに決め、近くの使用人に指示を飛ばした。
「メンバーは、ライオスと、ガルド夫妻、それからマルコ本人も呼んでやろう。あの日世話になった連中でな」
思いがけない展開だったが、自分を気遣ってくれるエレナやセーラの気持ちが嬉しかった。そして、バルカスとドランの快復も心から喜ばしい。
「ありがとうございます、エレナ様。楽しみにしています」
ユートは笑顔で答えた。
こうして、その日の夜、ささやかながらも心のこもった懇親会が開かれることになった。異世界に来て初めての、仕事仲間との交流の機会。
ユートは、少しの緊張と期待を胸に、夜の街へと繰り出す準備を始めた。




