18話
魔法の訓練を開始して数週間が経った。
ユートは驚くべき速さでマナの感覚を掴み、簡単な火の魔法なら、ある程度コントロールできるようになっていた。
回復魔法も、エレナの理論的な指導と自身の試行錯誤により、少しずつだが扱えるようになってきている。膨大な魔力量のおかげか、訓練による疲労は感じるものの、魔力切れを起こすことはまだなかった。
その日も、午前中の実技訓練を終え、昼食後の休憩時間。エレナは午後の研究に必要な資料を取りに母屋へ行き、ユートは自室の簡素なベッドに横になっていた。心地よい疲労感と、少しずつ魔法が身についていく達成感。
瞼が自然と重くなり、うとうとと微睡み始めた、その時だった。
『——おーい! ユート、聞こえるー?』
脳内に直接響く、あのやけに明るくフランクな声。精霊神だ。
(……うわ、またこのパターンか……)
悠斗は眠気の中で、半ば呆れたように思った。
『ちょっとちょっと、失礼なこと考えない! こっちだって、いつでも連絡できるわけじゃないんだからね!』
まるで心の中を読んだかのようなタイミングで、声が続ける。
(え? 心、読めるんですか?)
『んーん、読めない読めない。ただ、なんとなく分かるだけー。それより! やっと繋がったよ! あんたがちゃんと魔法を使えるようになったから、こっちからもアクセスできるようになったみたい! ま、私からの一方通行だけどね!』
(なるほど……そういう仕組みだったんですか)
悠斗は、意識の中で精霊神と会話する、という奇妙な状況に少し慣れてきていた。
『で、どうよ? こっちの世界は? ちゃんとやってる?』
(はい、なんとか……。今はアルテナという街の、ハーネット商会というところで保護してもらっています。魔法の訓練も始めました)
悠斗はこれまでの経緯、サハギンとの遭遇、商会での扱い、そして魔法の適性について、かいつまんで近況報告をした。
『へぇー、商会ねぇ。まあ、安全な場所が見つかったなら良かったじゃん。で? 魔法の適性は?』
(それが……火属性と、回復魔法の二つがあると言われました。それに、魔力量もかなり多いみたいで……。これって、精霊神様が何かしたんですか?)
悠斗は一番聞きたかったことを質問した。
『んー? 回復魔法については、使えるようにちょこっとイジっといたけど……。火属性? それは私もびっくりだよ! たまたま持ってたんじゃない? ラッキーだったね!』
精霊神はあっけらかんと言い放った。
(ラッキーって……。じゃあ、魔力量が多いのは?)
『さあ? 回復魔法使えるようにした影響で、ついでに増えちゃったんじゃない? ま、多いに越したことはないでしょ! よくわかんないけど、結果オーライってことで!』
相変わらず、かなり適当な感じだ。悠斗は溜息をつきたくなるのをこらえた。
(はぁ……まあ、使えるようになったのは事実ですし……)
『そそ! ポジティブにいこー! あ、そうだ。しばらくはその街で、大人しくしてるのがいいかもね。あんたのその力、まだ上手く扱えないでしょ? 下手に目立つと面倒なことになるからさ』
(……分かりました。そうします)
ダリウスたちと同じことを言うな、と悠斗は思った。
『じゃ、またなんかあったら連絡……できるかな? ま、頑張って! じゃーねー!』
嵐のように現れて、言いたいことだけ言って、精霊神の声は一方的に途切れた。
(……本当に、自由な神様だな……)
悠斗は苦笑しながら、ゆっくりと目を開けた。ちょうどその時、部屋の扉が開き、エレナが戻ってきたところだった。
「ん? ユート、起きてたのか。さっきまで寝てたと思ったが……」
エレナは部屋に入ると、ふと眉をひそめた。
「……なんだ? この部屋、妙なマナの残滓があるな。あんた、何か魔法でも使ったのか?」
彼女は鋭い視線で部屋の中を見回す。
「え? いえ、何も……ただ、うたた寝してただけですけど」
悠斗はどきりとしたが、平静を装って答えた。精霊神との交信が、何らかの魔法的な痕跡を残したのだろうか。
「ふーん……? あんたのマナとは、ちょっと質が違うような気もするが……まあ、気のせいか」
エレナは少し訝しげな表情を見せたが、特に追及することなく、その疑問を流した。
「さ、休憩は終わりだ。午後の訓練、始めるぞ!」
エレナはいつもの調子に戻り、悠斗に声をかけた。
悠斗は精霊神の言葉を反芻しながら、内心で冷や汗をかいていた。この世界には、自分の知らない法則や、鋭い感覚を持つ者がいる。秘密を守り通すのは、思った以上に大変なのかもしれない。悠斗は気を引き締め直し、午後の訓練へと向かうのだった。




