16話
翌日、ユートはハーネット商会の一員としての第一歩を踏み出すことになった。
まずは、自分が働くことになる組織の全体像を把握するため、各部門の仕事内容について説明を受け、挨拶回りを行うことになった。
案内役を務めてくれるのは、総務部に所属するという若い男性職員、マルコだった。
セーラはユートの専属として付き添っている。
「ではユート様、まずはこちら、我々総務部からご案内いたします」
マルコは丁寧な口調で説明を始めた。
「総務部は、商会全体の人事や経理、各部門間の調整、建物の管理、そして我々使用人の管理など、商会の運営を円滑に進めるための様々な業務を担当しております。セーラさんも、所属はこちらになります」
執務スペースには、多くの職員が書類作業や計算に勤しんでいた。奥の個室にいた部長のアルバンは、神経質そうな顔で書類に目を通していたが、ユートたちの訪問に気づくと立ち上がり、丁寧ながらもどこか値踏みするような視線で挨拶を交わした。
次に案内されたのは、活気に満ちた商業部のフロアだった。
「商業部は、ハーネット商会が扱う商品の販売戦略の立案、市場調査、各店舗の運営管理、そしてお客様への対応などを一手に担っております。どの商品を、どこで、どのように売るか、それを考えるのが主な仕事ですね」
マルコが説明するそばから、商談の声や指示を出す声が飛び交っている。部長のバルド・グライフは、恰幅の良い体で精力的に指示を出していたが、ユートに気づくと人の良さそうな笑顔を見せつつも、その目は抜け目なくユートの価値を探っているように感じられた。
続いて、一行は中庭を抜け、大きな倉庫が立ち並ぶエリアへと向かった。馬車や荷物が積み下ろしされており、多くの人々が忙しく働いている。
「こちらが輸送部です。他の街にある支店への商品の輸送、各地から仕入れた商品や材料の運搬、そして倉庫での在庫管理が主な業務です。時には、商業部と組んで大口の仕入れ交渉なども行うことがありますよ」
マルコが説明していると、荷馬車から荷物を降ろしていた一人の男性が、ユートたちに気づいて駆け寄ってきた。肩にはまだ包帯が巻かれているが、その顔には見覚えがあった。
「おっ、ユート殿じゃないか!」
それは、先日サハギンに襲われた際に肩を負傷していた御者のガルドだった。回復薬のおかげか、顔色はすっかり良くなっている。
「ガルドさん! お加減はいかがですか?」
「ああ、おかげさまでな! あの時は本当に助かった。改めて礼を言うぜ!」
ガルドは快活に笑い、右手を差し出してきた。
「まさか、あんたが商会で働くことになるとはな! これからは同僚だな、よろしく頼むぜ!」
悠斗もその手を握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そこに、輸送部長のゴードン・ロックが近づいてきた。日に焼けた顔に汗を光らせている。
「おう、ユートか! ガルドから話は聞いてるぜ! こいつの恩人だってな! ま、輸送部にも時々顔を出してくれや!」
ゴードンはガルドの肩をバンと叩き、力強い握手を求めてきた。裏表のない、現場の人間らしい快活な挨拶だった。
次は、屋敷の敷地内にある訓練場のようなスペースだった。屈強な男女が剣や槍の訓練に励んでいる。
「護衛部は、輸送隊の護衛はもちろん、各店舗やこの屋敷の警備、そして時には旦那様やリリア様のような重要人物の護衛も担当します」
マルコが説明していると、訓練を見ていたライオスがこちらに気づき、近づいてきた。
「ユート殿、来てくれたか。改めて紹介しよう、こちらは護衛部の者たちだ」
ライオスは、ユートが商会の恩人であり、今後は商会の一員として働くことになったと部下たちに簡単に紹介した。部下たちからは、尊敬と好奇の入り混じった視線が向けられた。
最後に案内されたのは、エレナの研究室とは別の、より大きな建物だった。中からは金槌の音や機織りの音、香ばしいパンの焼ける匂いまで漂ってくる。
「こちらが制作部です。エレナ様が研究開発されている魔道具の生産はもちろんですが、それ以外にも、貴金属を加工した宝飾品の制作、一般向けの洋服の仕立て、パンや干し肉といった食料品の加工、さらには一部の裕福な冒険者向けに武具のオーダーメイドなども請け負っております。自社で様々なものを生産することで、利益率を高め、お客様の多様な要求に応えているんですよ」
マルコの説明に、悠斗は驚いた。
制作部は、単なる研究開発部門ではなく、多岐にわたる生産活動を行う、まさに商会の屋台骨の一つだったのだ。工房の奥で指示を出していたエレナに、ユートは改めて制作部の長として挨拶をした。エレナは「おう、来たか。まあ、せいぜい頑張りな」と、いつもの調子で応じた。
一通りの挨拶回りを終え、ユートとセーラは制作部近くの自身の部屋へと戻ることになった。案内役を務めてくれたマルコは、別れ際に改めてユートに向き直った。
「ユート様、本日はお疲れ様でした。私も、ユート様の特別なご事情については、アルバン部長よりある程度説明を受けております。今後、何か総務部にご用がある際は、セーラさんを通じていただくか、私、マルコに直接お声がけください。できる限り対応させていただきますので」
彼はそう言って、丁寧にお辞儀をして去っていった。総務部にも、ユートの事情を知る協力者がいることに、少しだけ心強さを感じた。
ユートは、セーラと共にエレナの研究室へと続く自身の部屋へと戻った。商会の規模の大きさと、各部門が有機的に連携して動いている様子を目の当たりにし、自分がその一員となったことへの実感が湧いてきた。




