エンディング
合同結婚式の熱狂も冷めやらぬ数日後。
ユートとセーラは、改めて各所へ正式な結婚の報告に回っていた。
最初に訪れたのは、ダリウス会長の執務室だった。
二人の姿を認めると、ダリウス会長は威厳のある表情をふっと緩め、まるで実の父親のように感慨深げな、温かい笑みを浮かべた。
「ユート殿、セーラ。よく来てくれた」
「会長。この度は……」
「分かっているとも。君なら、いつかセーラを任せられると、そう思っていたよ。結婚、本当におめでとう」
ダリウス会長は心からの祝福の言葉を述べると、力強く頷いた。
「商会の、いや、我々ハーネット家の大恩人である君たちの祝い事だ。ハーネット商会として、全面的に支援させてもらおう。式の費用から準備まで、何一つ心配することはない」
その言葉は、二人の門出を商会全体で祝うという、何よりも心強い約束だった。
エレナの研究室を訪ねると、彼女はすでに話を聞いていたのだろう、設計図の山の中から顔を上げ、ニヤリと笑った。
「やっとかい、この朴念仁! セーラをどれだけ待たせれば気が済むんだよ!」
ドン!と小気味よい音を立ててユートの背中を叩きながら、彼女らしいやり方で祝福してくれた。
護衛部のライオスや輸送部のゴードンなど、これまで世話になった人々からも、「ついにやったか!」「本当におめでとう!」と、心からの賛辞が贈られた。
街で偶然再会した御者のガルド夫妻は、涙ぐみながら二人の手を固く握り、我が事のように喜んでくれた。
「当然、あんたたちの式は、このあたしがプロデュースしてやる!」
エレナは異常なほどのやる気を見せ、壮大な結婚式の準備を主導し始めた。
式の演出には光の魔法を、天候の安定には最新の魔道具を用いるなど、その計画は日に日に壮大になっていく。
セーラのウェディングドレスは、制作部の総力を挙げて作られることになった。
最高級のシルク生地に、エレナが研究のために秘蔵していたという希少な「光織りの糸」を織り込み、夜の帳の下でも、それ自体が淡く輝きを放つという、特別なドレスが仕立てられていった。
特別調査部の仲間たちも、もちろん総出で準備を手伝った。
エマとミアは、膨大な数の招待客リストの作成から、式の料理の手配まで、完璧な手際でこなしていく。
バルカス、ドラン、三つ子たちは、会場の設営と、万全の警備計画の策定を担当。
カインは、式の進行スケジュールを分刻みで作成し、その完璧主義ぶりを発揮した。
ユージーンは、故郷のフリューゲルから、この日のために取り寄せたという見たこともない美しい花を飾り付けのために用意し、イナホの面々も、式の安全を陰から支えるため、街中の警備を固めてくれていた。
式の当日。
ユートは真新しい正装に身を包み、控え室で仲間たちの祝福を受けながら、この世界グランディアに来てからの日々を静かに振り返っていた。
(ただの介護士だった俺が、まさかこんな素敵な花嫁を貰えるなんて……。仲間たちに、そしてセーラに、どれだけ支えられてきたか分からない)
改めて、仲間と、そして愛する人への深い感謝を噛み締める。
一方、別の控え室では、純白のドレスを纏ったセーラが、鏡の前の自分の姿に胸をいっぱいにしていた。
(ゴブリンに襲われたあの夜、もうダメだと思った。でも、ユート様が、皆が、私を救ってくれた。これからは私が、ユート様を支えていくんだ)
その表情には、過去のトラウマを完全に乗り越えた強さと、未来への希望が、朝日のように輝いていた。
式は、ハーネット商会の中庭に設けられた特設会場で、盛大に執り行われた。
ヴァージンロードの入り口で、父親代わりにダリウス会長が、セーラの手を優しく取り、ゆっくりとユートの元へと導く。
柔らかな陽光の中、光織りの糸が織り込まれたドレスを纏ったセーラの姿は、まるで光そのものを着ているかのように輝いていた。
その神々しいほどの美しさに、ユートは息を呑み、言葉を失う。
(女神だ……。俺の、ただ一人の女神だ……)
誓いの言葉、そして指輪の交換。
二人が唇を重ねた、その瞬間。
エレナが仕掛けた祝福の光の粒子が、シャボン玉のように会場中に舞い、仲間たちからの万雷の拍手が、幸せな二人を温かく包み込んでいった。
結婚してからの日々は、穏やかで、満たされたものだった。
二人は『ホーム』内のユートの私室を改装し、夫婦の部屋として新たな生活を始めた。
ユートは特別調査部の部長として、そしてセーラは、公私にわたる彼の最高のパートナーとして、変わらず日々の仕事に励む。
朝、セーラが淹れる珈琲を二人で飲む時間。
夜、執務室で共に報告書を読み合わせる時間。
仕事の合間に交わされる何気ない会話。
夫婦となった二人の間には、これまで以上に穏やかで、満たされた時間が流れていった。
ユートとセーラが夫婦になったことで、特別調査部『ホーム』は、より一層大きな家族のような温かい雰囲気に包まれるようになる。
休日には、先に結婚したバルカスとエルザ、ドランとエマといった夫婦たちと共に皆で集まり、食事をしたり、将来の子供の話で盛り上がったりと、賑やかな日々が続いた。
ある晴れた日の午後。
ユートとセーラは、執務室の窓から、中庭で無邪気に遊ぶユージーンの子であるフェイルや、街の子供たちの姿を微笑ましく眺めていた。
セーラが、そっとユートの肩に寄り添う。
「……賑やかですね」
「ああ、そうだな」
セーラは、幸せそうに子供たちを見つめながら、少し恥ずかしそうに、しかし確かな希望を込めてユートに囁いた。
「……いつか、私たちにも……あんなふうに、家族が増えるといいですね」
ユートは、セーラの言葉に優しく微笑み返し、彼女の肩を強く抱きしめる。
二人の視線の先には、温かい光に満ちた、輝かしい未来が広がっていた。
お疲れさまでした。
この物語はここで一旦終わりとなります。
拙い文でしたが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。




