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145話


 西の街ゼーナでの作戦を成功させたユート達を乗せた馬車が、再びドループの街門をくぐった。


 数日前、孤立無援の状態でこの街を出た時とは違う。

彼らの表情には、サドネット商会の動脈を断ち切ったという、確かな自信と高揚感が満ち溢れていた。


 そして、街に入ったユートたちは、予想だにしない光景を目の当たりにした。



 小規模商店が立ち並ぶ一角が、以前とは比べ物にならない活気に満ちている。

そして何より、その中心で、見慣れたハーネット商会の制服を着た数名が、店の警護や商品の陳列を手伝っているではないか。



 その中心には、屈強な体躯と厳つい髭面――護衛部のライオスの姿があった。


「ライオスさん!?」


 ユートが驚きの声を上げると、ライオスもこちらに気づき、厳つい顔をほころばせた。


「おお、ユート! 無事に戻ったか!」



 その時、ユートの帰還を知った織物屋の老店主が、店から駆け寄ってきた。


「ユート様! お帰りなさいませ!」


 その声が合図だったかのように、協力関係にある店の者たちが次々と集まり、ユートたちを取り囲んだ。


「あんたたちのおかげで、息が吹き返せたよ!」


「ありがとう、ハーネット商会さん!」


 彼らは、まるで英雄を迎えるかのように、感謝と歓迎の言葉を口々に叫んだ。


 ユートとセーラは、その熱烈な歓迎に戸惑いながらも、自分たちの行動が確かにこの街の人々の心に届いたことを実感し、胸が熱くなるのを感じていた。


 本店からの応援部隊と合流し、状況を共有したその夜。


ユートの元に、ドループで最大手とされる織物ギルドや鉄鋼組合の長といった、これまでサドネット側についていたはずの大手商会のトップたちから、極秘の面会要請が入った。


 指定された場所は、街外れの古い倉庫だった。



 ランプの灯りが揺れる薄暗い倉庫の中、ドループの重鎮たちが、神妙な面持ちでユートを待っていた。


「お待ちしておりました、ハーネット商会のユート殿」



 織物ギルドの長が、代表して口を開いた。


「単刀直入に申し上げましょう。我々は、サドネット商会から離反いたします」


 その言葉に、ユートは驚きを隠せなかった。彼らは、サドネット商会の中核を担っていたはずだ。



「……ありがたいお申し出ですが、一つ、お聞かせ願いたい。なぜ、今になって?」


 ユートの問いに、ギルド長は深く、苦渋に満ちた息を吐いた。

「我々は、サドネットに屈したわけではない。……ただ、彼らによって潰された店の者たちを、路頭に迷わせるわけにはいかなかったのです」



 衝撃の告白だった。



 彼らは、表向きはサドネットに従うふりをしながら、水面下で抵抗を続けていたのだ。

サドネット商会によって倒産させられた小規模商店の店舗を買い取り、そこで働いていた人々を自身の商会で密かに雇用し、生活を保護していたという。



「サドネットのやり方は、街を殺す。いつか誰かが立ち上がると信じ、その時まで、我々は力を蓄え、仲間を守っていた。あなた方が、その『いつか』を、もたらしてくれたのです」


 彼らは、ただの協力者ではなかった。ユートたちが来るずっと前から、この街で戦っていたのだ。


 大手商会との密会の場には、彼らに保護されていた小規模商店の元店主たちも同席していた。

 彼らは、ユートの前に進み出ると、涙ながらに感謝の言葉を述べた。


「あなた方のおかげで、我々は耐えられなかったが街の未来は捨てずに済みました……」



 そして、ギルド長に促され一人の元店主が、震える手で一枚の羊皮紙を差し出した。


 それは、彼がかつて営んでいた店の権利書だった。


「我々の店を…ユート様、どうかあなた方に使っていただきたい。サドネットへの反撃の拠点として!」


 その声に呼応するように、他の元店主たちも、次々と自分たちの店の権利書をユートに差し出した。


 その数は、十や二十ではきかない。


 この瞬間、ユートたちはドループの街中に、複数の活動拠点と、心強い協力者を一気に得ることになったのだ。



 一方、その頃。



 ドループのサドネット商会支店では、支店長のギデオンが、怒りと苛立ちで我を忘れていた。



「なぜだ! なぜ荷が届かんのだ!」



 支店長室に、ギデオンの怒声が響き渡る。


 北のヘイムと西のゼーナの支店からは、「原因不明の在庫不足」という、ふざけた理由の連絡を最後に、商品が一切届かなくなっていた。



 あの強欲な支店長たちが、みすみす儲け話を逃すはずがない。何者かの妨害が入っていることは明らかだった。



「あの狸親父どもめ……! 俺を裏切りおって! 許さん、許さんぞ!」


 市場では、ユートたちが供給する安価で良質な生活必需品が溢れ、サドネット系列の店は客足を完全に奪われている。



 自身が仕掛けた新商品の流行は完全に終息し、高値で仕入れた在庫だけが、倉庫で虚しく眠っている。



 ドループ支店は、完全に孤立していた。


「こうなれば……!」


 追い詰められたギデオンは、起死回生を狙い、最後の、そして最も愚かな手段に打って出る。



「聞け! 有り余る資金を全て使え! ハーネット商会側についたあの裏切り者どもから、商品を市場価格以上の値段で、根こそぎ買い占めてこい!」



 市場を再び混乱させ、力でねじ伏せる。

それしか、彼に残された道はなかった。



「金はいくらでもくれてやる! 奴らの息の根を、今度こそ完全に止めてしまえ!」


 ギデオンの狂気に満ちた命令が、静まり返った支店に響き渡った。


 

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