15話前編
ハーネット商会 執務室 - 緊急会議
ダリウスの執務室には、ハーネット商会の各部門を率いるトップたちが集結していた。
商業部長の恰幅の良い男、バルド・グライフ。
輸送部長の日に焼けた顔の男、ゴードン・ロック。
制作部を代表するエレナ。
護衛部長代理として出席したライオス。
そして、総務部長の神経質そうな初老の男性、アルバン・シュミット。
部屋には普段の会議とは違う、張り詰めた空気が漂っていた。
ダリウスは、ユートが持つ「火」と「回復」という、ありえない二つの魔法適性について、簡潔かつ正確に説明した。その内容は、その場にいた全員に衝撃を与えた。
「火と……回復だと? そんな馬鹿な話があるか!」
最初に声を上げたのは、商業部長のバルドだった。彼は腕を組み、疑わしげに眉をひそめる。
「もし本当なら、とんでもない価値を持つ可能性はあるが……リスクも計り知れん。教会や国が黙っているはずがないぞ」
「しかし、彼は我々の恩人です!」
ライオスが力強く反論した。
「ユート殿がいなければ、お嬢様も、我々護衛もどうなっていたか分かりません。彼を保護するのは当然のことでしょう。それに、回復魔法を使える護衛がいれば、我々の生存率も格段に上がります!」
護衛部としては、仲間を助けてもらった恩義もあり、ユートの保護に全面的に肯定的だった。
「ライオスの言う通りだ」輸送部長のゴードンも頷く。「我々の輸送隊も、街道での危険は常に付きまとう。回復の力を持つ者がいれば、どれだけ心強いか」輸送部もまた、実利的な観点から保護に賛成の意を示した。
一方、エレナは興奮を隠しきれない様子で口を開いた。
「価値が図りかねるだと? 馬鹿言うんじゃないよ! これは世紀の大発見だ! 回復魔法と攻撃魔法の共存……そのメカニズムを解明できれば、魔法理論そのものを覆す可能性があるんだ! 彼が何ができるのか、研究できるのが楽しみで仕方ないね!」制作部としては、未知の才能への好奇心と研究意欲が勝っていた。
「ですが、エレナ様」総務部長のアルバンが冷静に口を挟む。「その才能が公になれば、商会がどれだけの面倒事に巻き込まれるか……。ユート殿の身分、待遇、情報管理、警備体制、外部との交渉……考えるべき問題は山積みです。これからのユート殿の扱いをどうするか、慎重に判断せねば」彼の指摘は現実的で、会議の空気を引き締めた。
商業部長のバルドも再び口を開く。「総務部長の言う通りだ。恩義は理解するが、商会全体を危険に晒すわけにはいかん。彼の力が具体的にどれほどのものか、そしてそれを制御できるのかも分からんうちは……」商業部は、その未知数の才能の価値とリスクを天秤にかけ、判断を保留していた。
議論は平行線をたどるかと思われた。各部門の立場と思惑が交錯し、難しい判断が迫られる。しかし、最終的な決断を下すのは、当主であるダリウスだった。
彼は静かに全員を見渡し、重々しく口を開いた。
「皆の意見は聞いた。確かにリスクは大きいだろう。しかし、ユート殿は我々の恩人であり、その類稀なる才能は、正しく導けばハーネット商会にとって、いや、この世界にとって大きな財産となる可能性を秘めている。我々が彼を見捨てるという選択肢はない」
ダリウスは断言した。
「よって、ハーネット商会として、ユート殿を正式に庇護下に置くことを決定する」
彼は具体的な方針を示した。
「身分は、エレナ直属の部下、研究助手見習いといったところか。魔法の指導はエレナに一任する。身の回りの世話は引き続きセーラが専属で担当。そして、護衛兼監視役として、今回の件でユート殿に恩義のあるバルカスとドランを、回復次第、専属で配属する。彼らならば、ユート殿への忠誠心も期待できよう」
ダリウスの決定に、異を唱える者はいなかった。




