139話
翌日から、ユートたちの静かな反撃が本格的に始まった。
計画の第一段階は、サドネット商会に苦しめられている小規模商店を回り、彼らが抱える不良在庫を現金で買い取ることだ。
「サドネット商会に目をつけられないよう、慎重にお願いします」
ユートは宿の一室で作戦を練り、改めてメンバーに指示を出した。
人当たりの良いセーラとエマ、実直さで信頼を得やすいバルカス、そして商取引の知識が豊富なカインが中心となり、いくつかのチームに分かれて、先日協力の約束を取り付けた商店を回り始めた。
「……本当に、買い取ってくれるのかね?」
織物商会の老店主は、店の奥に積まれた色褪せた反物を前に、まだ半信半疑といった様子だった。
彼の店を訪れたのは、セーラとバルカスの二人だ。
「はい。お約束ですから」
セーラは優しく微笑み、カインが事前に作成した買い取りリストと見積もりを提示した。
その価格は、店主が絶望的な気持ちで考えていた額よりも、遥かに適正なものだった。
「これは……安く買い叩くわけでは、ないのだな」
「もちろんです。我々は商人です。これは、あな
たとの対等な商取引ですよ」
セーラが言い切ると、バルカスが懐からずしりと革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
チャリン、と硬貨の重い音が響く。
「代金は、その場で現金でお支払いします」
目の前に積まれた現金を見て、店主の目にじわりと涙が浮かんだ。
「ありがたい……本当に、ありがたい……。これで、サドネット商会への支払いが、なんとか……」
彼は震える手で革袋を受け取り、何度も頭を下げた。
他の商店でも、同様の光景が繰り広げられた。
ドランとカインが訪れた陶器店では、頑固そうな店主が、山と積まれた売れ残りの壺や皿を前に、最初はユートたちの提案を疑っていたが、カインの論理的な説明と、その場で支払われた現金を見て、最後には「……あんたたちを、信じてみるか」と呟いた。
しかし、その動きをサドネット商会が見過ごすはずがなかった。
三日目の午後、バルカスとカインが市場近くの食料品店で買い取り交渉を進めていた、その時だった。
「ようよう、随分と羽振りがいいじゃねえか、ハーネット商会の皆さんよぉ」
聞き覚えのある、下卑た声。
振り返ると、先日遭遇したサドネット商会のリーダー格の男が、数人の部下を引き連れて立っていた。
男は店の主人を睨みつけ、威圧するように言った。
「おい、親父。余計な商売してんじゃねえぞ。あんた、うちから金を借りてる身だってこと、忘れたわけじゃねえだろうな?」
「ひっ……!」
店主は恐怖に顔を引きつらせる。
男の部下たちが、店の商品に手をかけようとした、その瞬間。
「そこまでだ」
バルカスが、店の入り口を塞ぐように立ちはだかった。
その巨体から放たれる無言の圧力に、男たちは一瞬たじろぐ。
「我々とこの店主との商談中だ。部外者は口を挟まないでもらおうか」
「あぁ? やんのか、てめえ!」
サドネット商会の男たちが、一斉に武器に手をかける。
しかし、その騒ぎを聞きつけ、周囲に少しずつ人だかりができ始めていた。市場の商人や買い物客たちが、遠巻きに何事かと様子を窺っている。
「……ちっ」
リーダー格の男は、公衆の面前で他の大手商会と揉め事を起こすのは得策ではないと判断したのだろう。
忌々しげに舌打ちをすると、部下たちに目配せした。
「おい、親父。今日のところは見逃してやる。だが、次はないと思え」
捨て台詞を残し、男たちが去ろうとした、その時。
「待て! 何事だ!」
騒ぎを聞きつけた街の衛兵が、数人駆けつけてきた。
サドネット商会の男たちは、ばつが悪そうに顔を見合わせると、衛兵の追及を逃れるように、足早に人混みの中へと消えていった。
「ふぅ……危ないところでしたな」
バルカスは、静かに息をついた。
ユートたちの計画は、着実に成果を上げていた。
買い取った商品は、人目を忍んで手押し車などで宿へと運び込まれる。
そして、宿の裏手にある馬小屋で、ユートはメンバーだけが見守る中、その膨大な量の商品を、次々とインベントリへと収納していった。
数日間で、宿の馬小屋は、ドループ中の小規模商店から集められた、多種多様な商品で埋め尽くされては消えていった。
計画の第一段階を終え、ユートは次の手を打つことにした。
「セーラさん、三つ子の3人。次の仕事です」
ユートは、宿の一室で四人を集め、指示を出した。
「これから、俺と皆で、この買い取った商品を他の街へ売りに行きます。行き先は、ハーネット商会の支店がある、一番近い街だ」
ユートはセーラと、今回の任務では待機が多かった三つ子を指名した。
彼らに、実動部隊としての活躍の機会を与えたいという思いもあった。
「セーラさんは、支店での販売交渉をお願いします。リック、ロイ、レックスは、道中の護衛を頼む。いいな?」
「はい、ユート様!」
「任せとけって!」
セーラと三つ子は、力強く頷いた。
新たな任務に向けて、彼らの目に、再び闘志の光が灯る。




