137話
ユートの宣言から一夜明け、特別調査部の面々は静かな闘志を胸に、サドネット商会への対抗策に向けた下準備を開始した。
「俺とユージーンの顔は、昨日の一件でサドネット商会に割れてしまった。俺たちが表立って動けば、すぐに警戒されるだろう」
宿の一室で作戦を練りながら、ユートは指示を出した。
「なので、今日のところは二人で別行動をとり、街の外れや裏通りの様子を探ります。その間に、他の皆さんで、昨日俺が話した計画に協力してくれる商店を探してほしい」
メンバーたちは頷き、それぞれがチームを組んで動き出した。
バルカスとカインは、比較的大きな個人商店や職人街へ。
エルザとセーラは、女性店主が営む店や、家族経営の小さな店を中心に。
ドランとレナータは、情報が集まりやすそうな市場周辺の露店を回る。
彼らはハーネット商会の名を伏せ、あくまで個人として、あるいは小さな行商を装い、サドネット商会に苦しめられている店主たちに、慎重に接触を試みていった。
その数日後、スイがもたらした情報通り、アルテナ本店からの人員がドループへ到着した。
夜、イナホのメンバーであるハンの手引きで、ユートはバルカスとカインを伴い、ドループ郊外の廃墟となった教会で、本店の者たちと合流した。
そこに待っていたのは、護衛部の腕利きと呼ばれるベテランと、商業部に所属するという若い女性社員の二人だった。
「ユート部長、ご苦労様です。護衛部のグレゴールと申します」
「商業部のクララです。会長の指示により、参りました」
二人の態度は実直で、無駄がない。彼らがダリウス会長の信頼する人員であることが窺えた。
ユートは早速、ドループの街が完全にサドネット商会の支配下にあり、ハーネット商会が大っぴらに動けば即座に妨害が入るであろう厳しい現状を、詳細に報告した。
「なるほど、状況は我々の想定以上に深刻ですな」
グレゴールは腕を組み、厳しい表情で頷いた。
クララは、ユートが差し出した資料に素早く目を通しながら、冷静に分析する。
「会長からの伝言です」
グレゴールは、ダリウス会長からの親書をユートに手渡した。
そこには「武力での解決は避け、引き続き現地での情報収集を継続せよ」との指示が記されていた。
「会長のお考えは理解できます。ですが、この街の小規模商店は、もはや限界です。早く手を打たねば、彼らはサドネット商会に完全に飲み込まれてしまう。先日より進めている作戦を、実施に移したいと考えています」
ユートは、自身の計画――小規模商店の不良在庫を買い取り、新たな商品を還元する作戦――を、二人に伝えた。
「ユート部長のその作戦、会長も想定の範囲内でした」
クララが、きっぱりとした口調で言った。
「会長からは、現地の状況に応じ、部長の裁量で動いて構わないとの許可も得ています。作戦の実施を承認します」
彼女は懐からずしりと重い革袋を取り出し、ユートに差し出した。
「こちらは、会長からの追加の活動資金です。手持ちの路銀から、最大限の額を用意されたとのことです」
「会長が……!」
ユートは革袋を受け取り、ダリウス会長の信頼と期待に、身が引き締まる思いだった。
ユートは、グレゴールに自身がまとめた詳細な報告書と、一つの伝言を託した。
「グレゴールさん、これを会長に。それと、エレナ様から預かった通信用の魔道具が、おそらく砂漠の砂塵の影響で故障し、使えないこともお伝えください」
ユートの言葉に、グレゴールとクララの表情が険しくなる。
「通信手段がないと……!? この件は緊急を要する。クララ、我々は直ちに本店へ戻るぞ」
グレゴールは即座に決断した。
「ダリウス会長に現状を直接報告し、支援も含め、次の一手を仰ぐ必要がある。ユート部長、後事は頼んだぞ」
「はい。お任せください」
グレゴールとクララは、ユートたちに深く一礼すると、夜の闇の中へと姿を消した。
ユートたちは、再びこのドループの街で、サドネット商会との静かな戦いを続けることになった。
だが、その手には、反撃の切り札となる資金と、確かな許可が握られていた。




