14話
「ダリウスさん……! 俺は……どうしたら……。どうか、力を貸してください……!」
悠斗の切実な訴えに、ダリウスは力強く頷いた。
「もちろんだ、ユート殿。君は我が家の恩人であり、そして今や、ハーネット商会にとっても極めて重要な存在になった。君の身の安全は、私が責任を持って守る。できる限りのことはすると誓おう」
その言葉には、確かな覚悟が感じられた。
「一先ず、君の身柄は、このエレナの研究室で預かるのが最善だろう。ここは屋敷の中でも特に人の出入りが少なく、エレナがいれば万が一の際にも対応できる」
ダリウスはエレナに視線を送る。エレナも心得たように頷いた。
「そして、君の身の回りの世話は、引き続きセーラに専属で担当させる。この件を知る者は、可能な限り少なくしておく必要があるからな」
「分かったな、エレナ。ユート殿のことを頼むぞ」
「ああ、任せとけ」
ダリウスはエレナに後を託すと、厳しい表情で部屋を出て行った。緊急会議へと向かうのだろう。
部屋には、悠斗とエレナの二人が残された。先ほどの緊迫感は少し和らいだが、まだ重い空気が漂っている。
「ま、そういうわけだ、ユート」
エレナは椅子に再び腰を下ろし、腕を組んだ。
「あんまり心配しなさんな。ダリウスが守ると言ったからには、悪いようにはされないさ。……まあ、失礼な言い方になるが、あんたのその稀有な才能は、ハーネット商会にとって計り知れない利益をもたらす可能性も秘めているからね。損得勘定にも長けた男だよ、あいつは」
エレナはニヤリと笑った。
「現状、あんたが火と回復の二属性持ちだと知っているのは、あたしとあんた、ダリウス、そしてセーラの4人だけだ。まあ、これからダリウスが開く会議次第では、もう少し増えるだろうがね。商会のトップ連中には、ある程度の情報を共有する必要があるだろうから」
エレナの言葉は、悠斗を少しだけ安心させた。同時に、自分が商品のように扱われる可能性も示唆しているようで、複雑な気持ちにもなった。
しばらくすると、ノックと共にセーラが部屋に戻ってきた。その顔にはまだ緊張の色が残っている。
「エレナ様、旦那様がお呼びです。会議にご出席くださいとのことです」
「あいよ。じゃ、ユート、あとはセーラに任せる。何かあったら、この娘に言いな」
エレナは軽く手を振ると、セーラと入れ替わるように部屋を出て行った。
部屋には再び静寂が訪れた。悠斗は大きく息をつき、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「ユート様、お疲れでしょう。少し休憩なさいますか?」
セーラが気遣わしげに声をかけてきた。
「あの、セーラさん。さっきダリウス様が言っていた、各部門のこと、少し教えてもらえませんか?」
少しでも状況を把握しておきたい、と悠斗は思った。
「はい、もちろんです」
セーラは頷き、ハーネット商会の組織について説明を始めた。商品を仕入れ、販売戦略を立てる商業部。商品の輸送や在庫管理を行う輸送部。そして、エレナが所属し、魔道具開発などを行う制作部。屋敷や従業員の安全を守る護衛部。そして、経理や人事など、全体の運営を支える総務部。それぞれの部門が連携して、大きな商会を動かしているのだという。
「ちなみに、護衛部の幹部の一人が、ライオスさんです」
セーラが付け加えた。
「えっ、ライオスさんが!?」
悠斗は驚いた。あの厳つい髭面の護衛が、幹部だったとは。
「それと、エレナ様は制作部の、実質的なトップでいらっしゃいます。魔道具に関する知識と技術は、この街でも随一ですから」
ライオスとエレナという、既によく知る二人が商会の重要なポジションにいることに、悠斗は驚きつつも、少しだけ心強さを感じた。
「さて、ユート様。当面の間、ユート様にはこちらでお過ごしいただくことになります。この研究室のお隣が空き部屋になっておりますので、そちらをお使いください。少し散らかっておりますので、一緒にお掃除いたしましょうか」
セーラは微笑んで提案した。
「エレナ様は、この研究室の奥にご自身の部屋をお持ちです。私も、母屋に使用人用の共同部屋がありますが、旦那様のご指示で、当面はこちらでユート様のお世話をさせていただきます」
セーラの言葉に、悠斗は頷いた。二人で隣の空き部屋へ行き、埃を払い、床を拭き、簡単な寝具を運び込んだ。協力して作業するうちに、悠斗の心も少しずつ落ち着いてきた。掃除を終える頃には、部屋は見違えるようにきれいになり、最低限生活できる空間になった。
「では、ユート様。私は食事の用意をしてまいりますので、少しお待ちください」
掃除を終え、セーラは一礼して部屋を離れた。
一人になり、がらんとした部屋の質素なベッドに腰掛ける。窓の外からは、活気のある街の喧騒が微かに聞こえてくる。
(これから、どうなるんだろう……)
自分の持つ力が、この世界でどれほどの意味を持つのか。ダリウスやエレナは、自分をどうするつもりなのか。危険な存在に狙われる可能性。そして、まだ見ぬ魔法の力への好奇心。
不安と期待が入り混じった複雑な感情を抱えながら、悠斗は窓の外を眺め、これからの異世界での日々に思いを馳せるのだった。




