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132話


久しぶりに、特別調査部の全員が揃っての出発となった。


ネトルシップ商会の重役護衛や、リリアのポートベストルへの護衛、そして嘆きの湿原を越える輸送任務。


ここ最近は、部隊が二手に分かれての行動が続いていたからだ。



アルテナの街門をくぐり抜ける二台の幌馬車。


先頭の馬車の御者台には輸送部のミアが、そして後続の馬車にはユートが、それぞれ手綱を握っている。


長旅で馬車の扱いにもすっかり慣れた。


皆、真新しい商会の制服に身を包んでいる。



別行動が多かった三つ子たちは、久しぶりに全員と行動できるのが嬉しいのか、あるいは姉のエルザ以外もいるからか、いつも以上に張り切っているようだった。



「いやー、やっぱり全員揃うと壮観っすね!」

「だな! これぞ特別調査部って感じ!」

リックとロイが、荷台で楽しそうに声を上げる。


無口なレックスも、どこか嬉しそうな表情で頷いていた。



「あんたたち、少しは静かにできないのかい」

近くを歩いていたエルザが呆れたように言うが、その声色も普段よりは少しだけ柔らかい。



今回の任務の目的地は、まだ誰も訪れたことのない街『ドループ』。


サドネット商会に関する情報収集が主な目的だが、道中の雰囲気は、これまでの任務に比べると幾分か和やかなものだった。


もちろん、道中の警戒を怠る者は一人もいない。

馬車の周囲を固めるバルカスやドラン、レナータ、ユージーンの視線は常に鋭く、馬車の中のカインやエマも、いつでも動けるように準備を整えている。


セーラも、ユートの隣で時折周囲を見渡し、補佐役に徹していた。


数日が過ぎ、一行はアルテナ近郊ののどかな田園風景を抜け、徐々に森深い地域へと入っていった。



夜営の準備にも、皆すっかり手慣れたものだ。ユートやエルザが指示を出すまでもなく、手の空いている者が自発的に動き、あっという間に拠点が設営されていく。

 

その夜、ユートは一つの実験を試みることにした。


先日、成功した感知式の魔法陣だ。

これを夜間の警備に応用できないかと考えたのだ。

「よし、これで……」

ユートは魔力水を染み込ませた紙を、野営地の外周、獣道になりそうな場所に数枚設置した。



何者かが近づけば、弱い光を発して知らせてくれるはずだ。

「ユート部長、これは便利ですね。これなら見張りも少しは楽になります」

最初の見張りを担当するバルカスが、感心したように言った。


しかし、その実験は、思わぬ形で裏目に出ることになる。




深夜、交代で見張りをしていたドランとリックが、持ち場を離れてユートたちのテントに駆け込んできた。

「ユート部長! 大変です! 魔法陣が!」

その声に、皆が飛び起きる。



外に出てみると、設置した魔法陣の一つが、チカチカと弱い光を点滅させていた。

「敵襲か!?」

エルザが緊張した声を上げる。全員が武器を手に取り、臨戦態勢に入る。

 


しかし、いくら待っても敵が姿を現す気配はない。


ユートが慎重に光る魔法陣に近づいてみると、そのすぐそばの茂みから、ぴょこんと長い耳が覗いた。


「……野ウサギ?」

 

茂みから現れたのは、一匹の丸々と太った野ウサギだった。

 

どうやら、魔法陣の感知範囲に入ってしまったらしい。

 

ウサギは、物々しい雰囲気の人間たちに驚いたのか、一目散に森の奥へと逃げていった。

 


張り詰めていた緊張が一気に緩み、皆の顔から力が抜ける。

「いやー、ユート部長の魔法は優秀すぎて、ウサギ一匹も見逃さないってことっすね!」

 

ドランがおどけて言うと、皆からどっと笑いが起こった。

「リック、ロイ、レックス! あんたたちが見張りの時は、この魔法陣は使わないように。無駄に騒ぎを起こすだけだから」

 

エルザは呆れたように三つ子に釘を刺した。

(改良が必要だな……対象を絞り込むとか、もう少し工夫しないと実戦では使えないか)

 


ユートは、少し気恥ずかしさを感じながら、魔法陣の課題を反省するのだった。

 


旅は続く。

 


道中、他の商隊と一緒になることもあり、休憩時間には情報交換をすることもあった。

 

街道の状況や、目的地の街の噂話など、生の情報は貴重だ。

 


アルテナを出発して一週間ほどが過ぎる頃には、北へ向かっていた時とは逆に、日中の日差しが強くなり、汗ばむほどの陽気になってきた。

 


木々の種類も変わり、南国らしい鮮やかな色の花を見かけることも増えてくる。

 


そして、出発から十日ほどが経った日の午後、一行はようやく目的の街『ドループ』に到着した。

 


白い石で築かれた城壁は、アルテナとは違う、どこか異国情緒を感じさせるデザインだ。

 

ユートはダリウス会長から預かっていたハーネット商会の会員証を衛兵に提示し、一行はスムーズに街の中へと入ることができた。


「わぁ……アルテナとは全然違いますね」

ミアが感嘆の声を上げる。

  

ドループの街並みは、白い漆喰の壁と、オレンジ色の瓦屋根の建物が多く、道行く人々の服装も、薄手で風通しの良さそうなものが目立つ。強い日差しを避けるためか、アーケードのようになっている通りも多い。


「まずは宿を探しましょう。馬車二台と、これだけの人数が泊まれる場所となると、少し探す必要があるかもしれませんね」

 

エマの言う通り、宿探しは少し難航した。

 


何軒かの宿に断られ、ようやく街の中心から少し離れた場所で、三部屋ならなんとか用意できるという宿を見つけることができた。


「助かります!」

 

カインが宿の主人に礼を言い、手続きを済ませる。



部屋割りは、事前に決めていた通り、女性陣の部屋を男性陣の部屋で挟む形になった。



 ユート、バルカス、ドラン、ユージーン。

 セーラ、エマ、ミア、エルザ。

 そして、カインと三つ子たち。


「えー、またカインと一緒の部屋かよー」

「まあ、仕方ないだろ」

 

リックの文句をロイが宥める。

 

長い旅の疲れを癒すため、一行はそれぞれの部屋で荷物を解き、久しぶりのベッドの感触を確かめるのだった。


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