13話
「火と……回復……。嘘でしょ……」
エレナは、まだ二色の光を放ち続ける水晶玉と悠斗の顔を交互に見比べ、信じられないといった表情で呟いた。
隣でセーラが慌てて部屋を飛び出していく足音が遠ざかる。
「おい、ユート……あんた、自分が何をしでかしたか分かってるのか?」
エレナは悠斗の肩を掴み、真剣な眼差しで問い詰めた。その目には、先ほどの好奇心とは違う、強い警戒の色が浮かんでいる。
「え……? いや、俺はただ……」
悠斗は戸惑うばかりだ。
エレナは深く息を吸い込み、落ち着きを取り戻そうと努めながら説明を始めた。
「いいか、よく聞け。攻撃魔法の属性を複数持っている人間は、まあ、珍しいがたまにいる。火と水を両方使えるとか、風と土を扱えるとかね。そういうのは、才能があれば訓練次第でどうにかなることもある」
彼女は一度言葉を切り、強い口調で続けた。
「だが、回復魔法は別だ! 回復魔法の適性を持つこと自体が稀な上に、その性質が他の攻撃魔法とは根本的に異なると考えられてきた。マナの流れとか、作用する領域とか……とにかく、今までの常識では、回復魔法の適性を持つ者が、同時に他の攻撃魔法属性を持つことは、ありえないとされてきたんだ。互いの力が競合して、打ち消し合ってしまうとね」
エレナは悠斗の目を見据えた。
「しかし、ユート。あんたは火属性と回復魔法、その二つの適性を同時に、しかもかなり高いレベルで持っている。これは……文字通り、ありえないことなんだよ」
エレナの言葉の重みに、悠斗は息をのんだ。自分がとんでもない存在であるらしいことは理解できたが、それが何を意味するのか、まだ実感は湧かない。
「もし、このことが世に知れ渡ったら……どうなると思う?」
エレナの声が低くなる。
「まず、教会が黙っていないだろうな。喉から手が出るほど欲しい人材だ。神の奇跡だのなんだの言って、何としてでもあんたを囲い込もうとするだろう。それだけじゃない。冒険者組合だって、回復魔法と攻撃魔法が両方使えるなんて、夢のような存在だ。高額な報酬で勧誘してくるだろうし、場合によっては強引な手段に出るかもしれない。さらに言えば、国家騎士団……軍隊だ。回復魔法を使える兵士がどれだけ戦略的に有利か……。国によっては、あんたを国家の管理下に置こうと、あらゆる手段を使ってくるだろう」
エレナの説明を聞くうちに、悠斗の顔から血の気が引いていく。
ただ魔法が使えるようになりたい、と思っていただけなのに、気づけばとんでもない厄介事に巻き込まれる可能性が出てきたのだ。自由を奪われ、どこかに利用されるだけの存在になるかもしれない。これからどうすれば良いのか、強い不安が悠斗を襲った。
「そんな……俺は、ただ……」
悠斗が言いかけた、その時だった。
「エレナ! ユート殿!」
息を切らしたダリウスが、セーラに先導されるようにして部屋に駆け込んできた。その表情は、普段の落ち着きを失い、驚きと焦りで歪んでいる。
「ダリウス! 来たか!」
エレナはダリウスを見ると、簡潔に、しかし強い口調で状況を説明した。
「こいつ、ユートは、火と回復、二つの適性持ちだ。それも、かなり高いレベルでな」
エレナから改めて説明を受けたダリウスは、目を見開き、言葉を失った。ゴクリと喉を鳴らし、信じられないといった様子で悠斗を見つめる。
「火と……回復……。まさか、そんなことが……」
しばしの沈黙の後、ダリウスとエレナは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「ユート殿」ダリウスが厳しい表情で口を開いた。「エレナ」
「「ひとまず、この件は絶対に内密にする」」
二人の声が重なった。
「この情報が外部に漏れれば、君の身にどれほどの危険が及ぶか、計り知れない。我々ハーネット商会としても、計り知れない混乱に巻き込まれることになるだろう」
ダリウスは傍らに立つセーラに向き直り、矢継ぎ早に指示を出した。
「セーラ! 至急、会議を行う! 商業部、輸送部、制作部、護衛部、総務部、各部門のトップを全員、私の執務室に集めろ! 緊急事態だと伝えろ!」
「は、はい! かしこまりました!」
セーラは緊張した面持ちで一礼し、再び部屋を飛び出していった。
屋敷全体が、にわかに緊迫した空気に包まれ始めているのが感じられた。
ダリウスは再び悠斗に向き直った。その目には、先ほどの驚きに加えて、商人としての打算と、そして恩人に対する責任感が複雑に混じり合っているように見えた。
圧倒的な状況の変化と、迫りくるであろう危険。一人ではどうすることもできない無力感。悠斗は、目の前の有力な商会の主に、すがるような思いで声を絞り出した。
「ダリウスさん……! 俺は……どうしたら……。どうか、力を貸してください……!」




