114話
思わぬ見学者たちの前で、魔法陣の実験は大成功を収めた。
特にエレナの食いつきは凄まじく、そのまま彼女に腕を掴まれるようにして、一緒に制作部の工房へと向かうことになった。
ダリウス会長も、何か言いたげな様子だったが、エレナの勢いに押されたのか、ただ苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
護衛部員たちも、連行されていくユートを見ながら、とんでもないことをしでかしたらしいと理解したようで、ヒソヒソと話をしながら訓練に戻っていった。
エレナの工房に着くと、彼女は興奮冷めやらぬ様子で、ユートを促して作業台へと向かった。
他の制作部員たちも、ユートがエレナと共にやってきたことに興味津々といった様子で集まってきた。
「さあ!ユート!さっきの魔法陣、詳しく聞かせてもらうぞ!」
エレナは目を輝かせながら、ユートに質問攻めを開始した。
「魔法陣に攻撃魔法を組み込むこと自体は、理論的には不可能ではないんだ。古文書には記述がある。でも、それを実用化レベルで、しかも紙に、連射式で書き込むなんて、技術的な精度がものすごく必要になる。並の魔法使いや魔法陣研究者には、まず無理なんだ」
エレナは、何故そんなことができたのか、信じられないといった様子でユートを見た。
「特に、お前、複数の魔法を発動させるのを魔法陣に書いてたろ? あれ、魔力の同期を取って連動させながら書き込むのって、とてつもなく難しいんだぞ!?どうやったんだ?!」
エレナは、ユートが自身で魔法を発動させた魔力の流れを、そのまま魔法陣として再現したのではないかと推測しているようだ。
それは、魔力の繊細なコントロールと、魔法の構造に対する深い理解がなければ不可能だ。
ユートは、エレナの問いに、正直に答えるしかなかった。
原理や理論に基づいてやったわけではない。
自身の感覚に従って行ったことだ。
「すみません、エレナさん…原理的にどう、とか、うまく説明はできないんです。ただ、自分が魔法を発動させる時の感覚というか…魔力の流れみたいなものを感じて、それをそのまま紙に書き写すように、ペンを動かしました」
ユートは、自身の魔力制御と、そしてをある程度把握している自身の魔力の感覚に頼った、ということを伝えた。
自分にしかできない、特殊なやり方なのかもしれない。
ユートの言葉を聞き、エレナはしばらく沈黙した。
そして、再びユートを見つめ、ため息のような、諦めのような声を漏らした。
「…なんだよ、それ…感覚って…結局、ユートにしかできないってことじゃないか!」
長年の研究で、理論的に様々な魔法陣の可能性を探求してきたエレナにとって、「感覚的にやった」というユートの言葉は、研究者としての彼女のプライドを少し傷つけたのかもしれない。
だが、すぐにエレナは、悔しさ半分、感心半分といった表情になった。
「まあいい。まあいいさ。お前が天才だってことは分かったよ…それに、お前のやり方を解析すれば、新しい方法が見つかるかもしれない…!」
そして、彼女は真剣な顔になり、ユートに忠告した。
「ユート、今回お前が作り出したような、攻撃魔法を簡易に発動できる魔法陣は…悪用されやすい物だ。誰でも魔法陣を扱えるわけではないが、これを応用した魔法具は、かなり危険なものになるだろう。取り扱いには、くれぐれも注意するように」
「はい、エレナさん。分かっていいるつもりです」
ユートは、自身の作り出したものが持つ可能性と危険性を理解していた。
エレナとの打ち合わせを終え、ユートは工房を後にした。
エレナは早速、ユートの魔法陣の原理について考え始めているようだ。
きっと近いうちに、何か面白い魔道具のアイデアを持ってくるだろう。
『ホーム』に戻ると、まだ拠点探しに出ている六人は帰還していない。
ユートは、彼らが戻るのを待ちながら、執務室で再び魔法陣の作成に取り掛かることにした。
エレナに教えてもらった魔蓄石や魔力水の応用法について考えながら、様々な効果を持つ魔法陣を試してみたい。
これは、今後レーアンのために用意する拠点や、『ホーム』にも役立つはずだ。
詠唱式の簡易トラップ。
感知式の侵入者撃退用の魔法陣。
あるいは、特定の場所に魔法を定着させるような魔法陣など、アイデアは尽きない。
紙の上に次々と魔力水を染み込ませながら
魔法陣を描きこんでいく。
実験はまだ始まったばかりだが、単に魔力制御の練習という方便を超えて、ユートの力を大きく広げる可能性を秘めていた。
 




