12話
「えっと、俺はユートと言います。昨夜、この街に……」
悠斗は改めて自己紹介を始めたが、エレナは「ああ、聞いた聞いた」と手をひらひらさせて遮った。
「で、魔法について知りたい、と。具体的には何だ? 魔法の成り立ちか? 使い方か? それとも、あんた自身が使えるようになりたい、って話か?」
エレナは椅子にどっかりと腰を下ろし、足を組んで悠斗を見上げた。
「そうですね……まずは、魔法全般について教えていただけますか? 特に、回復魔法について興味があります」
悠斗は切り出した。介護士としての経験からか、やはり「癒やし」の力には強く惹かれるものがあった。
「回復魔法ねぇ……」
エレナは少し表情を曇らせた。
「まあ、順を追って話すか。そもそも魔法ってのは、世界の根源にあるマナを利用して、様々な現象を引き起こす技術のことさ。で、人間ってのは昔から、魔物と戦う必要があったわけだ。だから、必然的に攻撃魔法はどんどん発展してきた。火を操ったり、水を操ったり、風を操ったり……分かりやすい力だからね」
彼女は机の上の、焦げ跡がついた金属片をつついた。
「それに比べて、回復魔法ってのは、どういうわけか使える人間が極端に少ないんだ。理由はよく分かってない。才能なのか、血筋なのか……。まあ、比較的、神殿に仕える聖職者には発現しやすいって言われてる。そうでなければ、よほどの才能を持った冒険者くらいのもんだね」
エレナの声に、わずかに苛立ちが混じった。
「だから、回復魔法を使える人間は非常に貴重なんだよ。ちょっとした怪我なら薬草や回復薬でなんとかなるが、重傷や病気となると、回復魔法に頼るしかない場面も多い。それなのに……」
彼女は吐き捨てるように言った。
「教会の連中ときたら、回復魔法の才能がある子供を見つけると、すぐに囲い込もうとするんだ。『神の御業』だのなんだの言ってな。実際は、回復魔法を独占して、自分たちの権威と利益を守りたいだけさ。おかげで、街の治療院なんかはいつも人手不足だし、本当に治療が必要な人が適切な処置を受けられないこともある。まったく、腹立たしいったらありゃしない!」
エレナは拳を握りしめ、教会への憤慨を隠そうともしない。
ライオスから聞いた話よりも、さらに踏み込んだ事情を知ることができた。
「……そんな事情があったんですね」
悠斗は驚きと共に、回復魔法を取り巻く複雑な状況を理解した。
「それで、ユート」
エレナは気を取り直したように悠斗を見た。
「あんたも、魔法が使えるようになりたいんだろ? どうすればいいかって話だ」
「はい。もし可能なら……」
「可能かどうかは、あんた次第さ。魔法を使うには、まず『適性』ってのが必要になる。どの属性の魔法に向いているか、そもそも魔法を扱えるだけの素質があるか、ってことだね。それがないと、いくら努力しても無駄骨になることが多い」
エレナは立ち上がり、部屋の隅にある棚から、手のひらサイズの、模様が刻まれた水晶玉のようなものを取り出した。
「まあ、簡単な適性くらいなら、これで見れるよ。ちょっと手を貸してみな」
悠斗は言われるままに、右手を差し出した。エレナはその手に、ひんやりとした水晶玉を乗せた。
「いいかい? 何も考えなくていい。ただ、この玉に意識を集中させてみな」
言われた通りに、悠斗は水晶玉に意識を集中する。すると、水晶玉がぼんやりと光り始めた。最初は淡い光だったが、次第にその色を濃くしていく。そして、鮮やかな赤色に輝き始めた。
「ほう……火属性か。なかなか強いじゃないか。攻撃魔法の才能があるねぇ」
エレナは感心したように呟いた。
だが、変化はそれだけでは終わらなかった。
赤色の光の中に、今度は温かい緑色の光が混じり始めたのだ。緑色の光は徐々に強さを増し、やがて水晶玉全体を、赤と緑の二色の光が満たした。
「なっ……!?」
エレナが目を見開いた。隣で見ていたセーラも、信じられないといった表情で口元を押さえている。
「二属性持ち……しかも、火と……回復魔法だと!?」
エレナの声が上ずる。
「嘘だろ……回復魔法の適性なんて、何十年も見てないぞ……しかも、攻撃魔法の火属性と同時に持つなんて……!」
部屋の中に、驚愕の沈黙が流れた。悠斗自身も、自分の手に乗った水晶玉が放つ二色の光を、呆然と見つめていた。
「……セーラ!」
最初に我に返ったのはエレナだった。
「すぐにダリウスに報告だ! これは、とんでもないことになったぞ!」
「は、はいっ!」
セーラは弾かれたように頷くと、慌てた様子で部屋を飛び出していった。残された悠斗とエレナは、まだ光り続ける水晶玉を前に、ただただ呆然とするしかなかった。
予期せぬ形で判明した自分の才能に、悠斗の心臓は激しく高鳴っていた。




