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112話


特別調査部の皆への説明を終え、ユートは一人、制作部の工房へと向かった。



改築の打ち合わせに続き、今回は自身の魔力に関する相談だ。


先日の昏睡は、魔力制御の甘さではなく、魔力枯渇が原因だ。

全力を出し切らない為の工夫と対策が必要だ。



工房に到着すると、エレナはちょうど一段落ついたところだったようで、設計図らしきものを眺めていた。


「エレナさん、すみません。また相談させてください」

ユートが声をかける。


「お、ユートじゃないか。今度はなんだ? もう倒れるのはごめんだぞ?」

エレナは笑いながら言った。

先日の昏睡状態については、彼女の中でもちょっとした事件だったようだ。


「いえ、今度は倒れないための相談なんです。実は…」

ユートは切り出した。

「自分が持つ魔力を、どこかに貯めておけないかと考えているんです。非常用と言いますか…魔力が足りなくなった時に、使えるように」


ユートの回復魔法は、自身の魔力に依存する。


だが、無限に使えるわけではないし、限界を超えて使うと、先日二度も経験したように倒れてしまう。

もし魔力を貯めておける手段があれば、緊急時に対応できる。


エレナはユートの相談を聞いて、ニヤリと笑った。

「魔力を貯める、ねぇ。なるほど、良い考えだ。当然、そういう技術はあるよ」


エレナは立ち上がり、工房の奥にある棚から、いくつかの石を取り出してきた。ユートが小手に使っているような、魔力を帯びた色付きの魔石ではない。それらは、鈍い光沢を放っている、全く異なる外見をしていた。


「魔力を貯蔵するのに使うのは、この『魔蓄石まちくせき』という魔石だ。お前が小手に使っている、魔石とは別の種類だよ」


エレナは説明した。

「この魔蓄石に、自分の魔力を注ぎ込むことで、エネルギーとして貯めておくことができる。そこから、魔力が必要な物に引き出すんだ」


魔蓄石への魔力貯蔵は、この世界の魔法技術の基礎的な応用らしい。エレナは続けた。

「この魔蓄石は、色々なことに応用されてるんだぜ?ほら、あの時計」

エレナが指差した、壁にかけられた時計は、正確に時を刻んでいる。

「あれも、中に魔蓄石が入っていて、そこに貯められた魔力で動いてるんだ。あとは、街や、部屋の灯り。食堂の調理器具…オーブンとかね。あと、贅沢だけど、空調に使うところもある」


エレナは笑いながら付け加えた。

「普通の家じゃ、みんな蝋燭とかランプとか使ってるけどな。大商会や金持ちの家じゃ、照明なんかも魔法でまかなってる」


ユートは、エレナの話を聞いて、意外と身近なところに、自身の魔法と似た原理が応用されていることに驚いた。


(言われてみれば…この街に来てから、見たことのない便利なものがたくさんあった。あれは、全部魔法の力…魔蓄石で動いていたのか…)


これまで、街の生活雑貨や、商会の設備など、何となく魔法で動いているのだろうという漠然とした認識しかなかったが、それが自身の扱う魔力と同じものが、魔蓄石という形で貯蔵され、動力源として利用されていると知って、その応用の広さに感心した。


エレナは魔蓄石のさらに発展的な応用についても説明してくれた。


「魔蓄石に貯めた魔力は、動力源にする以外にも、色々な使い道があるんだ。例えば…」

エレナは一つの小さな石を手に取った。

「これを砕いて、粉末状にしたもの…『魔力粉』って言うんだが、これを水に混ぜ込むと、『魔力水』になる」


「魔力粉と魔力水、ですか?」


「ああ。ただの水なんだけど、そこに魔力が溶け込んでるんだ。これにインクを混ぜて、筆なんかで地面とか床なんかに絵や文字…魔法陣を描くことができる」


それは、紙に描く魔法陣とは違うのだろうか?


「紙に描く魔法陣は、一度発動すると消える使い捨てだけど、この魔力水を使って、地面や床に描いた魔法陣は、魔力が供給され続ければ、繰り返し使えるんだ。描かれた魔法陣の傍に魔蓄石を置いたりすれば、そこから魔力が供給されて、常時発動するトラップみたいにもできるし、スイッチでオンオフを切り替えたりもできる。まあ、すっごく高価だけど、この応用で建物自体に魔法をかけたりもするんだよ」


魔力水を使った魔法陣…それは、まさにユートが今回の『ホーム』の改築でお願いしていた、感知式の警報魔法陣の原理に他ならない。


「もちろん、他の材料に練り込んで、建材そのものに魔法的な特性を持たせることもできるけど…これはものすっごく高価だ。よほどの重要施設じゃないとやらないね」

エレナは笑いながら言った。壁全体に魔力を込めた建材を使うとなると、天文学的な費用になるだろう。


「他には、糸に魔蓄粉を混ぜ込んで、魔力を帯びた糸を作ることもできるけど…これで洋服なんかを作るのは、今の技術だとかなり難しいんだ。実用的なものは、まだ研究段階かな」


ユートは、魔蓄石と魔力水を使った応用技術について、目を輝かせながら聞いた。

特に、魔力水を使った魔法陣は、自身の計画にまさに合致する技術だ。


「エレナさん、その…インク代わりに使う方法、魔力粉と魔力水の作り方を、もう少し詳しく教えていただけませんか?」


ユートが頼み込むと、エレナは心得た、といった様子で頷いた。

「いいぜ! ユートのことだから、きっと何か面白いことを考えてるんだろうね!」


エレナは、魔蓄石を砕いて粉末にして魔力粉にする方法、それを水と混ぜ合わせる割合、そして、描く魔法陣の原理や、魔力水に魔力を流し込んで活性化させる方法など、基本的な知識と技術を丁寧に教えてくれた。


「魔力水を使った魔法陣は、描く時の魔力の注ぎ方や、描く魔法陣そのものの構造で、発動条件や効果が変わるんだ。例えば、特定の言葉に反応して発動するようにしたり、人が近くに寄ると発動するようにしたり、触れたら発動するようにしたり…工夫次第で色々できる」


「まあ、自分が使える魔法じゃなければ駄目だし、発動させながら魔法陣を書かないといけないから大変だけどな!」


そして、エレナは最後に、釘を刺すのを忘れなかった。

「ただし! 魔力水を使った魔法陣は、強力なものも作れるけど、使い方を誤ると危険だからな! あまり悪さはしないように! あと…実験に夢中になって、また魔力を使いすぎて倒れたりしないように! 少しでも疲れたら休むんだぞ!」


「はい!肝に銘じます!」

ユートは感謝の言葉と共に、魔蓄石をいくつかと、魔力水の作り方を教えてもらった情報を手に、制作部を後にした。


これで、魔法陣の実験ができる。


執務室に戻ると、ユートは早速、教えてもらった魔力水の作り方を試してみることにした。


まずは、エレナからもらった魔蓄石の一つに、自身の魔力を込める。


ユートの膨大な魔力が注ぎ込まれると、魔蓄石は仄かに光を放った。


次に、その魔石を硬い床に置いて、別の硬い石で砕く。


硬い石だったはずの魔石は、簡単に砕け散り、細かな粉末となって魔力粉になっていった。


その粉を、清潔な器に入れた水に混ぜる。

何の変哲もない普通の水だ。


しかし、そこに魔蓄石の粉末が溶け込むと、不思議なことに、ユートが自身の魔力を少しだけ流し込むと、水が微かにキラキラと輝いて見えた。


これが、魔力水か。


魔力水を作れたことに、ユートは少しだけ喜びを感じた。

これで、様々な実験ができる。


ユートは、紙に魔法陣を書いてみることにした。

今後の実験は訓練場で行うが、練習としてだ。ペンに、先ほど作った魔力水を混ぜたインクを浸し、紙の上に魔法陣を描き始めた。


円を描き、その中に自分なりにそれっぽい、見た目で魔法陣だと分かるような図形や文字を書き込んでいく。


そして、同時に、ユートの手の中では、《ファイアーボール》の魔法を微弱ながら発動させ、その魔法を魔法陣を描く筆先に連動させるようなイメージで、描いていく。


魔法陣と実際の魔法をリンクさせるような感覚だ。


(これを、近くに人が寄ってきたら発動するように…あるいは、特定の言葉に反応するようにするには…どうすれば良いんだ?)


エレナに教わった原理を思い出しながら、魔法陣の形状や、魔力の流し方を変えて、いくつかの魔法陣を複数枚書き上げた。


一つは、言葉に反応するタイプ。

例えば、「火」という言葉に反応するように描いてみた。


もう一つは、人が近くに寄ると発動するタイプ。

魔法陣の周囲に、警戒領域を設定するようなイメージで描く。


紙の上に描いた魔法陣は、一度きりの使い捨てだが、これで魔力水を使った魔法陣の基本的な描画練習と、発動条件の設計を試すことができる。


実験場所には、護衛部が使っている訓練所が良いだろう。

広さも十分にあるし、他のメンバーに危険が及ぶ心配も少ない。


ユートは書き上げた魔法陣の紙を眺めながら、実験内容を頭の中で組み立てていた。

自身の魔力コントロールや新しい使い方を兼ねた、実用的な魔法陣の応用実験。

新しい事に対する興奮を覚えながら足早に訓練所に向かった。

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