102話
総務部で改築許可の書類を受け取ったユートは、早速制作部の工房へと向かった。
エレナのことだから、新しい魔道具の開発でもしていない限り、暇にしているだろう。
工房の扉を開けると、相変わらずの散らかり具合だった。
しかし、部屋の奥では、いくつかの作業台が動き、数人の制作部員が黙々と作業をしている。エレナは作業台の一つに覆いかぶさるようにして、何かを組み立てていた。
「エレナさん!失礼します!」
ユートが声をかけると、エレナは工具を持ったままユートの方へ振り返った。
「お、ユート。どうした?何かトラブったか?」
エレナは相変わらずマイペースだ。
「いえ、トラブルではないのですが…会長から、特別調査部の執務室の改築の許可をいただきまして。それで、具体的な相談に参りました」
ユートは手に持っていた書類をエレナに見せた。
「ん? 改築ぅ? あら、ダリウスがよく許可出したねぇ」
エレナは書類を受け取り、軽く目を通した。そして、ユートの顔を見てニヤリと笑った。
「ふーん、セキュリティと隠密性を高めるため、か。随分と物々しいじゃない。何か特別な理由でもあるの?」
ユートはハガマたち情報屋のことを直接話すことはできないが、今後の活動で情報を取り扱う上での必要性を説明した。
「ええ。今後、我々特別調査部が扱うことになる情報の中には、非常に秘匿性の高いものも含まれる可能性があります。また、そういった情報を扱う上では、訪れる相手も…多少、特殊な方々になるかもしれませんので」
エレナはユートの説明を聞き、ピンときたようだ。目を輝かせ、身を乗り出してきた。
「へぇ! 面白そうじゃない! 特殊な客人、秘匿性の高い情報! 聞いただけでワクワクするねぇ!」
エレナは新しい研究対象を見つけた子供のように目をキラキラさせている。彼女は魔法や魔道具の研究だけでなく、その応用先、特に「特殊な何か」には目がなかった。
「では、どのような改築をお考えで?許可が出たんなら、やれることは色々あるよ。予算は?」
ユートは予算については心配ないことを伝え、考えられる改築の案をいくつか提案した。
「まず、『ホーム』…特別調査部の建物全体、あるいは屋敷周辺に、外部からの不要な接近を感知できるような魔法陣や魔法具を設置したいんです。事前に怪しい人間が近づいてきたことを察知できれば、安全を確保できます」
「感知式の魔法陣ねぇ、お安い御用だ。ただ、対象を選ぶのは難しいから、人でも動物でも、近づいてきたら反応する簡易なものになるけど。それとも特定の相手だけ感知させたいとか?」
「いえ、まずは簡単な感知で構いません。いざとなれば、屋敷の護衛部にも協力を仰げますから」
ユートは、完璧な魔法システムでなくとも、早期に警戒できる仕組みが欲しい、と伝えた。
「あと…現在、執務室は二階にありますが、機密性の高い来客や、深夜の来客があった場合、屋敷の奥深くまで招き入れるのはあまり好ましくありません。そこで、一階に、執務室と同等程度の設備を備えた部屋を増築できないでしょうか?そこを、秘匿性の高い来客との応接室として使いたいと考えています」
一階に新たな応接室兼執務室を増築することで、二階のメンバーを気にすることなく、秘密裏に客人と会うことができる。そして、そこを情報の受け渡しや、活動拠点の一つとすることも考えられる。
エレナはユートの提案を聞き、なるほど、と考え込んだ。
「一階に増築か…執務室並みの設備というと、そこそこ手間がかかるな。セキュリティも考慮するなら、単純に部屋を作るだけじゃダメだし」
しかし、彼女の表情は難色を示すものではなく、むしろ、新たな挑戦に対するワクワク感でいっぱいだった。
「分かった。任せてよ!せっかく許可が出たんだ、張り切ってやらせてもらおうじゃないの!ねぇ、そこの君!ちょっとこっち手伝って!」
エレナは近くで作業していた制作部員に声をかけ、自身の作業台へと呼び寄せた。
ここからは、専門的な話になる。
ユートは自分の提案を具体的に伝えるため、改築の目的や、必要と思われる機能、そして自分が描く完成図について説明を始めた。
エレナも、自身の知識と経験を基に、可能な魔法的なアプローチや、建築上の工夫など、様々なアイデアを提示してくる。
ユートの改築相談は、エレナだけでなく、何人かの制作部員も巻き込んで、長めの打ち合わせとなった。増築する部屋の構造、魔法的な防御壁の設置、隠し扉や隠し収納の可能性、光や音を遮断する魔法陣の応用など、話は尽きない。
「感知式の魔法陣は、この場所に設置すると効果的でしょう。壁には、外部からの物理的な衝撃にも耐えられるような加工を施して…」
「この部屋は、完全に密室にできるように、換気システムにも魔法的な工夫が必要ですね。空気の流れも遮断する…」
「床下や壁の中に、秘密の通路や収納スペースを作るのも面白いかも!」
「正面意外からも入れる場所を作らないと」
エレナと制作部員たちの目が輝いている。
彼らにとっても、これほど明確な目的を持った、魔法技術をふんだんに応用できる建物の改築依頼は、やりがいのある仕事だろう。
改築には、当然のことながら少し時間がかかるだろう。すぐに完成するわけではない。しかし、彼らの熱意を見ていると、きっと素晴らしい「ホーム」の一部が作り上げられるだろうと感じられた。
「よし、分かった。大体の構想は固まったよ!具体的な設計に入ったら、改めてユートに確認を取りに行くから」
エレナは満足げに言った。
「ありがとうございます、エレナさん!よろしくお願いします」
ユートは改めて感謝を伝え、制作部を後にした。これで、『ホーム』の改築という、レーアンを迎えるための準備が進められることになる。あとは、彼らが本当に協力してくれるかどうか。その返事を待つだけだ。




