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101話


ハガマたちレーアンの一団が去った後、ユートは応接室の灯りを消し、ユージーンと共に執務室へと戻った。


緊張から解放されたユージーンは、どこか興奮しているようだった。しかし、ユートはこの一件の事は知る人を少なくしなくてはと考えていた。


「ユージーン。今夜のことは、誰にも話さないでくれ。セーラにもだ」

ユートは、彼の直属の部下であり、信頼を置いているユージーンに、内密にするよう改めて念を押した。情報の性質上、一部の人間しか知らない方が良いこともある。


ユージーンは少し驚いたような顔をしたが、理解しすぐに真剣な顔で頷いた。

「承知いたしました、ユート様。誰にも話しません」


ユートはその返事を聞いて安心した。ユージーンは口が固く、忠実だ。


その後、ユートは自分の私室へと戻り、ベッドに入った。セーラが寝室のドアの前まで来てくれたのだろうか。部屋の外から微かに気配がしたが、声をかけることはせず、そのまま静かに戻ったようだった。


翌朝。朝食は皆で賑やかに食べた後、セーラが一人で朝食の片付けをしているタイミングを見計らい、ユートはセーラに話しかけた。


他のメンバーが近くにいない、二人きりの時を選んで。


「セーラ。お願いがあるんだ」


セーラはユートの真剣な顔を見て、何かを察したのだろう。

昨夜遅くに呼び出され、応接室で誰かと会っていたらしいユートの様子を思い出しているのかもしれない。

しかし、何も問いたださず、ただユートの言葉を待っている。


「昨日会っていた客人のことで、少し内密なんだが。彼らに、日持ちのする食料品…保存食のようなものを、なるべく多く用意してほしい。今日中の、夕方までに準備を終えてもらえるか?」


ユートは、詳しい説明は省き、具体的な依頼内容だけを伝えた。

レーアンが物資不足に困っているとハガマは言っていた。


彼らへの手土産、そして、自分が助けようとしていることの具体的な証として、保存食を届けたい。

彼らがすぐに行動できる状態ではないなら、食料はいくらあっても困らないだろう。


セーラは、依頼内容を聞いて、やはり昨夜の客人と関係があるのだと確信したようだった。


顔色を少し曇らせ、心配そうな視線をユートに向けたが、ユートに頼まれたことに対して、詳しく聞こうとはしなかった。そ

れがユートの望むことだと理解しているのだろう。


だが、一つだけ、どうしても確認しておきたいことがある、といった様子で、セーラは静かに質問した。


「ユート様…その、何か危険なことに…巻き込まれては、いらっしゃいませんか?」

その質問には、ユートの身を案じるセーラの気持ちが込められていた。


ユートはセーラの優しさと気遣いに心が温かくなった。

確かに、情報屋との接触は危険を伴うこともある。だが、ユートは彼女を安心させるように


「大丈夫だよ、セーラ。危険なことはしていない。ただ、少し特殊な状況で困っている人がいてね…彼らを助けようとしているだけだ。心配しないでくれ」


ユートの言葉を聞いて、セーラは完全ではないにしても、いくらか安心したようだった。


彼女は小さく頷き、穏やかな声で応じた。

「…分かりました、ユート様。承知いたしました。客人のために、美味しい保存食を準備いたします。夕方までには」


ユートはセーラの心遣いに感謝し、彼女に準備を任せた。セーラはテキパキと、頼まれた保存食の準備に取り掛かった。


セーラへの依頼を終えたユートは、ダリウス会長との面会をするべく会長室へ向かう。


まだ少し時間があることを確認し、向かう前に『ホーム』の玄関で待機している護衛に挨拶をした。


「お疲れ様。何か変わりはないか?」

ユートは護衛部員に声をかけた。護衛部員は「異常ありません」と変わりなさげに答えた。


ユートはダリウス会長の執務室へと向かった。


先日提出した報告書の件など、改めて話し合うことがあるだろう。


しかし、今回ユートがダリウス会長に会う最大の理由は、個人的な…いや、特別調査部として、しかし表向きにはしにくい…新たな計画について、許可と協力を得るためだ。


会長室に入り、挨拶を終えると、ユートは今回の訪問目的を率直に述べた。


「会長。今日は、一つ、私個人の判断で、進め始めようとしている計画についてご相談がありまして」

少し緊張しながら、ユートは話し始めた。


「実は…私専属の情報収集専門の部下、あるいは契約組織を雇おうと考えております」


ダリウス会長は、ユートの言葉に目を丸くした。


ユートは続けた。自分が個人的な人脈として情報収集のパイプを持つことの重要性、商会の情報を別の方向から補完できる人材が必要であること、そして、今回のポートベストルやミストヴェイルへの任務で、情報収集能力の不足を痛感したことを説明した。


「そして…昨日、接触することができました。まだ決定ではありませんが、彼らと契約を結ぶことができれば…私や商会、特別調査部が必要とする、様々な情報を得られるようになります」


ユートは、これが自分の判断で、すでに相手と接触していることを正直に伝えた。そして、この新たな試みに理解と許可を得たい、と願い出た。


ダリウス会長は腕組みをし、難しい顔でユートの話を聞いていた。


ユートが、自分に許可を取る前にすでに動き始めていることに、多少の驚きと、そして彼の行動力の速さに感心している様子だ。


「情報収集専門の部下、か。それは、商会全体の利益にも繋がるだろう」

ダリウス会長は呟いた。


しかし、懸念もある。


情報屋というものは信用しきれない者も多いし、彼らとの繋がりが商会に危険を及ぼす可能性もゼロではない。


「…もし、その情報屋たちと契約を結ぶことができたら…得られた情報は、定期的に私にも共有するように。商会にとって有用な情報は、独占せず提供すること。それが条件だ」

ダリウス会長は、情報の共有を条件として提示した。


「承知いたしました。得られた情報は、必ず会長に共有させていただきます」

ユートはすぐに頷いた。


「ありがたとうございます。そして…もし彼らとの協力関係が築けたなら…彼らが活動するため、そして機密を守るため、いくつかの手立てが必要になるだろう。そこで、一つ提案があるのですが」


ユートは、今回の情報収集組織を自身の直属とする前提で、次のステップについて提案した。

「現在、我々の活動拠点である『ホーム』…特別調査部の建物ですが、ここの増改築、特にセキュリティと隠密性を高めるためにも改築の許可をいただきたい」


昨夜、エレナに頼んで防音にしたように、より専門的な改築を行い、レーアンのような情報屋と安全に接触できる場所にする。


「そして…彼らがもし拠点を必要とするのであれば、アルテナの町中に、彼らが活動するための隠密な拠点…アジトのような場所を確保するための資金も、商会から提供していただけないでしょうか」


ダリウス会長は、ユートの壮大な…しかし、特別調査部の役割を考えると非常に合理的な提案に、改めて目を丸くした。


情報屋を抱え込むだけでなく、彼らが活動するための資金や拠点まで準備するというのか。

だが、確かに、情報戦の時代において、確かな情報網を持つことは商会の大きな強みとなる。そして、隠密な活動のためには、商会の屋敷内に常に滞在させるわけにもいかないだろう。


「…分かった」

しばらくの沈黙の後、ダリウス会長は頷いた。

「そこまで見越して計画を立てているとはな。その行動力と構想力は認めてやろう。ただし、私が懸念している危険性も忘れるなよ。彼らとの繋がりが、商会全体に累を及ぼすことだけは避けろ」


ダリウス会長は、ユートの計画を承認し、必要な資金と改築の許可を与えた。その場で、二枚の書類を書き、自身のサインを入れた。


「この書類を持って、総務部長のところに顔を出しなさい。書類にサインを貰えば、正式な許可となる」

ダリウス会長は二枚の書類をユートに手渡しながら言った。


「ありがとうございます、会長!」

ユートは書類を受け取り、深々と頭を下げた。


自身の独断専行に近い形で進めようとした計画に、会長が理解を示し、許可を与えてくれたことは、今後の活動の大きな推進力となる。


ダリウス会長室を後にしたユートは、すぐに総務部長のアルバンにサインを貰うために総務部へ向かった。


総務部員に声をかけると、アルバン部長は在席していて、ユートは会長から受け取った書類を渡し、サインをお願いする。


アルバン部長は書類に目を通し、すぐに内容を理解したようだ。書類にサインをしながら、補足説明をしてくれた。


「特別調査部執務室の改築許可…エレナ殿にこの書類を渡せば、正式に工事に取りかかれます」

アルバン部長は改築許可の書類を指さした。

「そしてこちらは…特別調査部の活動資金に、別途、会長からの指示でまとまった金額を上乗せする書類です。用途は書かれていないがな……」


アルバン部長はそう言いながら、もう一枚の書類にサインを終え、ユートに返した。


「資金は後ほど、執務室へ運ばせる」


これで、『ホーム』の改築と、情報収集組織を雇うための資金の目処が立った。

ユートはアルバン部長に礼を言い、総務部を後にした。


次に目指すは、制作部の工房だ。

エレナに改築許可の書類を渡し、具体的な改築の相談を始めるためだ。

エレナのことだから、喜んで協力してくれるだろう。


特別調査部の『ホーム』を、より安全で機能的な、情報収集の拠点として作り替える。

ユートの計画は、着実に次の段階へと進んでいく。


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