楠本美香 十六歳
どんより曇った空。
もうすぐ雨が降りそうな雰囲気だけど、今朝の天気予報だと、今日は一日曇りだ。
ふと空を見てそんなことを思う、”いつも通り”の帰り道だった。
帰宅部の子たちと教室に残って駄弁ったり、
同じ部活の友達と、日常の些細なことを愚痴りながら帰る事もない。
いつも通り、一人で帰路につく。
最初は寂しく感じたこの帰り道も、半月続けば、日常の一部と化した。人間の感覚は都合の良いように出来ているなと、昨日の帰り道に思った事を、今日もまた思う。
曇った空から雨が一粒、頬に落ちた。
まさか、と私は立ち止まって上を見る。
曇り空は相変わらず曇ったままだ。
ここからだと、家に着くまで、まだ十五分程度時間がかかってしまう。
走るのは嫌だし、ちょっと早歩きで帰ろうかな。そう思って一歩目を踏み出そうとした瞬間だった。
「わ!」
誰かに驚かされた?
最初はそう思ったけど、私に声をかけてくるような人なんて、誰一人として心当たりがない。でも、この距離で私以外に声をかけることってある?
声はすぐ後ろから聞こえた。多分、振り向いて手を伸ばせば届くくらいの距離だと思う。
どうしようかと、さっき踏み出しかけていた足がまた止まった。
「えと、美香、久しぶり」
さっきよりも長い言葉。
昔によく聞いていたからだろうか、声自体は低くなっていたが、私の脳裏には一人の男の子が浮かんだ。
「蓮、くん?」
振り返って彼の顔を確認する。
小学生の頃と比べると、ほんの少し大人びたように感じるが、ほとんどあの時と変わらない蓮がそこにいた。
一瞬見つめ合った後、蓮が気恥ずかしそうに目を逸らす。
「家おんなじ方向だし、一緒に帰らない?」
返事が遅れた。
久しぶりに話す幼馴染のその一言が、ただ嬉しかった。一緒に帰りたい、でも。
蓮は何も知らないんだろうな。
私がいじめられてることも、その原因も。
少し離れたところで歩く、同じ学年の子たちが目に入る。一緒に帰る訳にはいかない。私のせいで、蓮に迷惑はかけたくない。
断らなきゃ。
答えはすぐに出たけど、声には出せなかった。
自分の本音と本音がぶつかり合って、断りたいのに断れない。蓮と目を合わせていられなくて、俯いてしまった。涙が溢れそうになる。
「美香?」
心配そうに顔を覗き込もうとする蓮。
流石に涙を見られる訳にはいかない。
「ごめん、一人で帰る」
私は体の向きを変え、早足で歩き出した。
蓮が追ってくる様子もない。
これでいい。これでいいんだ。
ポツポツと降り出した雨は、強まることはなかったが、その日の夜まで降り続いた。




