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異形  作者: 坂田
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天谷蓮 十五歳

きょうは、四月二十八日。

俺が高校生になってから、もうすぐ一ヶ月。

最近、気になる人が出来た。

いや、恋愛とかそういうのじゃなくて、彼女の動向がどうしても気になってしまう。

彼女の名前は楠本美香。

俺の家の近所に住む、一つ年上の女の子だ。

人見知りのしない性格と、持ち前の明るさが取り柄の彼女だが、自分の思った事はズバッと言う、気の強い女の子だった。

やや色が抜け、ほんの少し茶色がかった髪の毛を肩甲骨の下辺りまで伸ばした彼女は、これといった特徴はないが、バランスの良い整った顔立ちをしている。

高校に入ったら、すぐに彼氏なんか作っちゃうんじゃないかと思っていた。

だけど美香は、彼氏を作るどころか…

「また、一人か…」

俺の通う高校は、三つの校舎がある。

上から見ると川の字に並んでいる校舎は、右から順に一棟、二棟、三棟と呼ばれており、一年生と二年生の教室は、別々の棟にある。

一年生の教室は三棟にかためられており、二年生を見る機会といえば、移動教室か、棟に隣接したグランドで体育をしている時くらいだ。

そして今、2時限目の始まる数分前、ぽつぽつと集まりだした二年生を俺は眺めていた。いくつかグループらしきものに分かれているが、美香はそのいずれにも属していない。

最初に気付いたのは、一週間前の月曜日。

体験入部が始まってから、ちょうど一週間が経っていた。

それまでも美香を何度か見かけてはいたが、入学したてで友達作りに励んでいた俺は、自分と一緒に歩いているクラスメイトとの会話を中断してまで、声をかける事はなかった。

入学してから、ある程度固まってきていた仲の良いグループと一緒に運動部をあらかた回り終わった俺は、この日、一人で美術部に行く予定だった。

美術室は二棟の三階にある。

SHRを終えた俺は、教室を出て美術室へと向かっていた。

美術室に向かう道中、特に意味もなく窓の外を眺めた。

俺の目に留まったのは、若干、足取りの重そうな美香が、校門に向かって歩いている姿だった。

一応行くつもりではあったが、美術部にそこまで興味のなかった俺は、進路を変更し、校門の方へと向かう事にした。

美香と最後に喋ったのはいつだろう。

記憶の限りでは、小学五年生の時に一緒に遊んだ以来か。

美香が小学生の頃まで、俺たちは他の近所の子らも集めて、よく遊んでいた。

美香が中学校に入学してからは、家の前ですれ違う時に挨拶を交わすくらいで、美香の高校入学と同時に関わる事はほとんどなくなっていた。

俺が校舎から出ると、美香はちょうど校門をくぐったところだった。

つい追ってきちゃったけど、何を話そう。

ユーモアと、見た目と、性格の良さを持ち合わせている美香は、小学生の頃、男女問わずかなりの人気者だった。

美香には、ちょっと話しただけで相手を惹きつけてしまうような魅力がある。その一例が俺だ。実を言うと、美香とよく遊んでいた頃、俺は美香の事が好きだった。でも、今はもう、好きではない。そう思っていたけれど、美術部を放り出して、美香を優先したのは、その時の気持ちが少なからず、残っているからかもしれない。

上手く頭が回らず、心臓の鼓動も少し速まっているのが分かる。緊張してるみたいだ。

話す内容もまとまらないまま、美香との距離を縮めた俺は、美香から十歩ほど離れた距離をキープして歩く。

他の生徒は皆クラブ活動に勤しんでいるはずだ。人通りの少ない通学路を歩きながら、いっその事、美香の方から振り向いてくれたらなと思う。

やはり、美術部に行くべきだったかと思案していると、一つの疑問が浮かんだ。

そういえば、部活には入ってないのか。

これだ。めちゃくちゃ良い会話のネタじゃないか、と一瞬思ったが、やっぱりダメだ。

俺はあんまり何とも思わないけど、帰宅部って、本人からすれば、ちょっと言いづらいかもしれない。

この会話がきっかけで気まずくなっても嫌だし、一度不安に思ってしまうとなかなか行動に移せない俺は、再び思考に耽りながら歩く。

考え事をしている時というのは、自分が思っているよりも周りが見えなくなる。

そもそも下を向きながら歩いてしまう、俺の下向きな性格が原因かもしれない。

「わ、」

俺は立ち止まった美香に気付かず、ほんの五十センチ後ろまで近付いていた。

いきなり目の前に現れた美香に、俺はつい声を出してしまう。

ええいままよ、俺はそのままの流れで、美香の名前を呼ぶ。

「えと、美香、久しぶり」

美香は、ゆっくりと、俺の方を振り返った。

「蓮…くん?」

こんなに近くで美香の顔を見るのは久しぶりだ。遠くからでは分かりにくかったが、最後に喋った時より、大人びた顔付きになっている気がする。

俺は、心の中で深呼吸、一拍置いて、声を出す。

「家おんなじ方向だし、一緒に帰らない?」

我ながら、よくやったと思う。

幼馴染とはいえ、女子にこの台詞を言うのはなかなかハードルが高い。

俺は少しだけ緊張して美香の返事を待つ。

だが、美香は返事どころか、下を向いてしまった。

「美香?」

「ごめん、一人で帰る」

そう言って早足で立ち去る美香に、俺は何も言わず、ただ立ち尽くしていた。

俺は、急な出来事に足が動かなかった訳でもなく、元々俺の事を呼び捨てにしていた美香が、君付けで呼んできた事にショックを受けて動けなかった訳でもない。

俺は見た。一人で帰ると言った後、美香の目元が涙で濡れているのを。

それ以来、美香と話す事は、一度も無かった。

ただ以前よりも美香の事を目で追うようになった俺は、すぐに彼女の孤立に気が付いた。

だからといって、行動より思考ばかりが先走ってしまう俺に、美香の為に出来た事は何一つない。ましてや一つ上の学年の事なんて、俺にもし行動力があったとしても、出来る事は、やはりないのだろう。

二時限目のチャイムが鳴り、日直が号令をかける。

「起立!気をつけ!礼」

俺は苦手な数学の授業に意識を切り替えた。

その後も何度か美香を見かけたが、彼女はやはり、一人だった。

いつから一人なんだろう、時間と共に解決したりするのかな、なんて考えていたこの時の俺はまだ、美香の抱え込む事情について、何一つ分かっていなかった。

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