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三つの願い。その後

作者: 雉白書屋

「こんなことあるんだなぁ……」


 その男はわざと間抜けな声でそう言った。天井を見つめて口を開け、さものんびり屋のように。しかし、心臓の鼓動は速まったままだ。見開いた目はやや血走っていて、鼻はぷっくりと膨らみ、呼吸もまた荒くなった。

 彼は腕をつねり、太ももをバンバンと叩き、夢ではないことを何度も確かめた。


「落ち着け、落ち着け……いや、おおぉぉぉ!」


 先ほどまでボロアパートの一室にいたのが信じられない。見上げていたその天井は高く、そして広かった。とうとう堪えきれずに上げた雄叫びは、広々とした室内に木霊し、それが彼をさらに興奮させた。

 魔法のランプ。ある夜、まさにお伽噺に出てくるような古びたランプをゴミ捨て場で見つけた彼はそれを持ち帰り、そして朝になってから磨いた。職に就いておらず、暇を持て余していた彼は、現実逃避のために何かに没頭したかったのだ。

 人生大逆転の妄想は毎日のようにしていたが、まさか本物の魔法のランプを拾い、そこから出てきた精霊に三つの願いを叶えてもらうなどというお伽噺は思いつきもしなかった。

 だが、実際にそれが起きたのだから彼は大笑いした。

 彼が願った三つの願いとは、まず大金持ちになること。次に美人の妻。そして、不老不死。

 不老不死になった実感は湧かないが、おそらく叶えられたのだろう。この豪邸と、そして――


「はぁい。あなた、愛してるわ」


 靴音を鳴らして近づいてきて、彼を抱きしめた美女がその証拠だ。

 彼には対人恐怖症の傾向があった。それはランプの精霊に対しても同じであり、落ち着きなく、彼は願いを三つ早々に使い果たしてしまった。だが、特に後悔することはなかった。

 彼が今いる場所は国外の、それほど大きくない島のようだった。どこから湧くのか冷蔵庫の中は常に彩り豊かであり、使用人もいたので、屋敷の掃除など、彼は何一つする必要はなかった。妻もその使用人たちも、どことなく屋敷同様に造られたもので、ゲームでいうところのNPCのような雰囲気がしていた。しかし、前述の通り、対人恐怖症の傾向がみられる彼にとっては、むしろそのほうが気楽でよかった。

 日付を気にすることなく、彼はのんびりと暮らしていた。しかし、ある日……。

 

「あ、精霊……様」


 ランプの精霊が彼の目の前に現れた。


「どうも。その後はいかがですか? 何かご不便な点はありましたか?」


「いや、本当に感謝していますよ。おかげさまで毎日のんびりと過ごしています。テレビやパソコンも使えますし、それに書庫には読みたい本があったりして、それも魔法なんですかね? いやぁ、すごいですね」


 再び目の前に現れた精霊に対して、彼は少し媚を売りつつ感謝の言葉を述べた。


「それで、どうされたんですか? 急に現れて。ああ、もちろん、こちらは構いませんけど」


「ええ、実は次のランプの所有者様が見つかりまして」


「次の……ああ、そういうシステムですもんね。願いを叶え終わったらまたどこかへ行き、拾われて磨かれたら出てきて、どうもご主人様って、はははは。精霊様も大変ですねぇ」


「ええ、それでその所有者様が豪邸、美人の妻、そして不老不死を望まれました」


「へぇ、その人って男でしょ? はははっ、考えることはみんな同じだなぁ」


「ええ、ですので明け渡していただきたいと思います」


「ええ、はい……え!? は!? え、それはどういうこと、え、そういうこと? 使い回し!?」


「そうです」


「いやいやいや、えぇ……じゃあ、おれはどうなるんですか。まさか、またあのアパートに逆戻り……。でも、結構日が経っている気がするし、帰れるのかな。行方不明扱いになっていたりして……あの、どうにかここに残れないですかね? それか、ここにある何か高そうな壺とか絵とか持ち帰れたり……」


「その心配はありませんよ。ほら、三つ目のお願いは何でしたか?」


「え、不老不死だけど……いや、でもお金はやっぱり必要ですよ……腹は減るし……」


「いえ、その願いも回収させていただきたいと」


「え? 不老不死を?」


「あなたの寿命をすべて、ね。あなたの若さと命を次の所有者様に足させていただくのです。それが不老不死です。そして」


 ――そういうシステムなので。


 そう言った精霊の声には微かに怒気が込められていた。この精霊がこのように、人の願いを叶えることは何かの罰、咎なのかもしれない。だが、男にはそれを気にする猶予もなかった。

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