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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

犯人はここにいる

作者: 西山景山

 

 十ヶ月の間に同じ街で三度起こった爆破事件。使用された爆弾が同じものである事から、同一犯の犯行と見られた。爆弾の殺傷能力は低く、三度全て人が周りにいない時間や場所で起こった為、幸いにも人的被害は確認されていない。

 しかし、()()()もそうであるという確証は誰にも持てなかった。


 人的被害は無くても多少の物的被害は生じている。そして何より、この街のどこかに爆弾魔が潜んでいるという事実が人々の不安を煽っていた。


 そんな矢先の事だ。三度目の爆破事件から一週間ほど経った、2月下旬。ようやく連続爆破事件の犯人の正体が明かされる事となった。


 一人の死人として、だが。


「遺体の身元は熊中秋仁(くまなかあきひと)、28歳男性。9年間勤めていた会社を昨年退社、現在まで無職。

 隣の部屋の住人から変な匂いがすると通報を受け、数分後に警察官が到着。その後、部屋の中で首を吊って死んでいる熊中を発見。現場の状況から自殺であることは間違いなく、死後一週間は経っていると見られます」


 警察署内のとある一室にて。

 連続爆破事件を担当していた刑事の一人、淀川(よどがわ)は部下の神林(かんばやし)の淡々とした報告を黙って聞いていた。

 淀川が神林の指導係になってもうすぐ一年が経つが、40手前のおっさんと20代前半の女子では実る話題もなく、未だ正しい接し方が分からずにいる。


「熊中の部屋には、連続爆破事件で使われたものと全く同じ爆弾の設計図があったようです。また、三度目の爆破事件の現場である映画館近辺の監視カメラ映像に、事件が起こった2月3日当日に熊中らしき人物が映っていた事から、熊中が連続爆破事件の犯人である事は間違い無いかと思われます」


(上層部)は何だって?」


「熊中が作った爆弾は3つで、既に使用済み。また、爆弾は時限式では無く遠隔式。既にどこかに設置してある爆弾が時間経過とともに爆発する可能性は限りなく低い。

 そのことを踏まえ、本事件の捜査本部はすみやかに解散、との事です」


 捜査本部の解散。それはつまり事件の解決を意味すると同時に、本事件からは即刻手を引けとの上からのお達しでもある。

 だが、淀川はその判断に納得がいっていないようだった。


「熊中の遺体の近くにあったメッセージについては?」


「これの事ですね」


 淀川は神林がポケットから取り出した一枚の写真を受け取り、改めてその文章を確認する。


『生姜、2/3本。ビール、1缶。卵、1パック。人参、2/3本。思い出して、ひな祭りが来る前に』


 丁寧に二つ折りされたコピー用紙に書かれた、買い物メモのような謎のメッセージ。


「......何度見ても訳が分からん」


「上は、このメッセージは本事件とは関係の無いものとしたようです。死ぬ前に熊中が書いた買い物メモだろう、と」


「上の人たちは随分と変わった買い方をするんだな。熊中の部屋に、これらを買った形跡は無かったんだろ?」


「買う前に自殺したのだろう、と」


「わざわざ買い物メモを書いた後に、か?」


「......衝動的に死にたくなったのかもしれません」


 無理がある、それは神林も分かっているのだろう。だが、上が言っているのだから従うしかない。それが()の役目だ。


「......仮に神林が言う通りだとして、この『思い出して、ひな祭りが来る前に』ってなんだ? こんなの買い物メモには必要ないだろ?」


「それは......」


 それ以上の反論が、神林から出てくる事は無かった。


「神林、俺はこのメッセージにはとんでもない秘密が隠されてるような気がするんだよ。ひな祭りは、ちょうど一週間後。その日に何かが起こる。

 このメッセージがそう言っているように聞こえて、しょうがないんだ」


「淀川さんは、()の爆破事件が起こるとでも言うんですか?」


「それは分からん」


「爆弾は遠隔式。ここ半年間、熊中が誰かと長時間会っていた形跡は無く、共犯者の可能性も無し。熊中が新たな事件を引き起こせるはずがありません。

 これ以上世間を不安にさせる必要は無いとの判断だからこそ、上は捜査本部を解散させるんだと思いますよ」


 連続爆破事件の影響で街の人々の不安は計り知れないものとなった。犯人死亡のニュースは、納得はいかないものの安心の材料にはなったのだ。

 その"安心"を不確定な要素で崩す必要は無い。それが上の人間が下した判断だった。


「そんな事は、分かってるよ」


「だったら、もうこの事件からは手を引いて」


「神林」


 淀川の目が、真っ直ぐと神林を捉える。


「......」


「上にとっちゃ、俺がいてもいなくても変わんねえんだ。だから俺が何しようと、俺の勝手で俺の責任だ。まあでも、お前は将来有望な若手だからな。大人しく手を引いてりゃ良い」


 淀川はそう言い残し、立ち上がる。


「ちょっと待ってくださいよ、淀川さん」


 神林の声に振り向く事なく、淀川は部屋から出て行った。


「犯人は、もういないんですよ」


 去る間際に聞こえた神林の言葉が、淀川の耳にはっきりと残っていた。





 淀川が警察署を出てすぐに訪れたのは、増川(ますかわ)耳鼻科医院。最初の爆破事件の現場だった。


「いやあ、見ましたよニュース。生きてる内に捕まえられなかったのは残念ですが、これでいつ来るかも分からない災害に怯えなくて良くなりましたねえ。ここ最近、病院の者も患者さんもどこかピリピリしておりましたから」


 突然やって来た淀川を快く迎え入れてくれたのは、この病院の院長である増川忠彦(ますかわただひこ)、40後半くらいの小太りな男性だ。


「力不足で申し訳ないです」


「いえいえ。刑事さんは、何も悪く無い。悪いのは、身勝手に事件を引き起こして身勝手に死んでいった犯人ただ一人ですよ。

 それで、刑事さんはどうしてここに? まさか、まだ何かあるんですかね? 実は、犯人は別にいたとか」


「いえ、決してそんな事は。犯人は熊中で間違いありません。ただ個人的にちょっと気になることがあって」


「気になること、ですか?」


「はい。もう少し今回のことについて質問させていただきたいんです」


「ええ、構いませんよ。刑事さんに協力できるというのは、私としても光栄な話ですからね」


「そう言ってもらえると、助かります。早速ですが、事件の確認をさせて下さい。爆破が起こったのは、昨年の5月7日の21時頃。被害は、病院の外壁が10平方メートルほど削られた。これには間違いないですか?」


「ええ。私が残ってた仕事を済ませて病院を閉めて帰ろうとしてたくらいの時間ですからね。幸い人的被害は出ませんでしたけど壁を直すのにそれなりにお金を使わされましたよ」


「今回の犯人、ニュースでお見かけされたと思いますが、面識はございましたか?」


「それが、ニュースで犯人の顔も名前も見たんですけど全く見覚えが無くてですねえ。病院の通院履歴も確認したんですが、熊中秋仁、なんていう名前は一つも無かったんですよ」


「では、この病院には一度も来たことがないと?」


「ええ、そのようです。全く迷惑なモンですよ。今は収まりましたけどね、爆破があった直後なんかは爆破されるくらい酷い病院なんじゃないか、なんて言われてましたから。一度も来た事がないのに、うちの病院を爆破するなんて意味が分かりませんよ。

 犯人に見覚えは無いですけどね、奴に対するこの恨みは一生忘れません。死んだからって許されると思ったら大間違いです」


 それから30分ほど質問を続けたが、メッセージの謎につながるような手がかりは得られなかった。


 淀川は、残り2つの爆破現場である"映画館"と"ショッピングモール"にも向かった。しかし、どちらも多くの人が毎日のように来る場所の為、めぼしい情報は得られなかった。


 ショッピングモールからの帰り道。何の手がかりも掴めず途方に暮れていた淀川の元に、一本の電話が掛かって来た。


『淀川さん!! メッセージの謎、分かりましたよ!!』


 電話の向こうから耳が裂けそうな程の声量で喋り出したのは、警察署に置いて来た部下の神林だった。


「神林、お前はこの事件から手を引けと言ったはずだ。若いうちから上に逆らってたって良いこと無えぞ」


『それを淀川さんが言っちゃうと全く説得力無いですね』


「うるせえよ」


『そんな事より!! メッセージの暗号解けたんですよ!!』


「......暗号? どういう事だ?」


『淀川さんの言ってた通り、あれはただの買い物メモなんかじゃ無かったんです。近くに置いてあったカレンダーにも意味があったんですよ!!』


「ちょ、ちょっと待て。電話じゃ訳が分からんから、一旦署に戻る。そこで詳しく聞かせてくれ」





「遅いですよ、神林さん!! 早く聞いてください、私の謎解きを!!」


 署に戻ると、そこには興奮した様子の神林がいた。


「......お前、そんなキャラだったか?」


 困惑しながらも淀川は用意されていた椅子に座り、神林の話を聞く体勢になった。


「良いですか? まずは熊中が残したメッセージを良く読んでください。何か気になる事がありませんか?」


『生姜、2/3本。ビール、1缶。卵、1パック。人参、2/3本。思い出して、ひな祭りが来る前に』


「気になるとこなら結構あるな。3分の2本で売ってる訳ないだろとか、ビール一缶じゃ足りんとか」


「もう歳なんですから酒は控えた方がいいんじゃないですか?」


「余計なお世話だ」


「まあとにかく。そうです、明らかにそれぞれの単語の後に書かれた数字がおかしいんです。これには何か意図があると思いませんか?」


「意図?」


「はい。この文章には一つの法則があります。それは、『単語』『(読点)』『数字』『(句点)』の並びが繰り返されている事です」


「買い物メモに似ていると思った原因はそれか」


「ここまで気付ければ、後は簡単です。それぞれの単語を平仮名にして、数字の順番に該当する文字を読んでいけば良いんです」


「『しょうが』だと、2文字目と3文字目って事か?」


「はい。あとは、『びいる』の1文字目、『たまご』の1文字目、『にんじん』の2文字目と3文字目」


 神林は導き出された文字をホワイトボードに書き起こす。


  ょ、う、び、た、ん、じ。


 そこで、淀川も神林が導き出した謎の答えに辿り着いた。


「あ」


 淀川の何かに気づいたような反応に、神林はニヤリと笑みを浮かべる。


「これらを並べ替えると」


 乱雑に並べられた文字を、意味が通じるようにそれらの文字の下に並べ直す。

 神林によって書かれたその単語を、淀川は無意識のうちに読み上げていた。

 

「「たんじょうび(誕生日)」」


 淀川と神林、二人の声が重なる。


「と、なるわけです」


 上司に向かってドヤ顔を披露する神林に少しイラっとしつつも、淀川は後輩の有能さに感心していた。

 だが、肝心の"熊中が伝えたい事"が分からないままだ。


「謎の答えが分かったのは良いんだが、この"誕生日"が何を意味するのかは分かってるのか?」


「ふっふっふ。舐めないで下さい淀川さん。抜け目ありません」


 淀川の問いに、神林はふふんと鼻を鳴らし胸を張った。


「......やっぱりお前そんなキャラだったか?」


「メッセージが書かれた紙の近くにはカレンダーが置いてありました。そこには妹さんの結婚式やら高校の同窓会やら色々スケジュールが書いてあったんですが、誕生日に関するスケジュールは一つでした」


 神林は一枚の写真をホワイトボードに貼り付ける。そこには大きく『5月』と書かれたカレンダーが写っていて、『7』という数字が黄色い丸で囲まれていた。


「5月7日、熊中秋仁自身の誕生日。そして、最初の爆破事件が起こった日でもあります」


「......どういう事だ?」


 メッセージが指し示す『誕生日』と『最初の爆破の日』が同じ。一体これにどんな意味があり、ひな祭りの日に何が起こると言うのか。

 淀川は、神林の次の言葉を待った。


「......そういう事です」


「......」


 淀川は、神林の次の言葉を待った。


「......そういう事です」


「......それがどういう意味を表すのか聞いてるんだが?」


「最初の爆破事件が起こったのが熊中の誕生日で、それを示したのがこのメッセージ!! ということです」


 それでは、さっきと言っている事が何も変わっていない。


「......じゃあなんだ、この意味深なメッセージは誕生日に連続爆破事件を始めたんですよって事を教えてくれてたってのか? わざわざ回りくどく暗号にして?」


「......でも、このメッセージの謎の答えが誕生日なのは間違い無いと思うんですけど」


「その事に異論は無い。よく解けたと思う。でも、()の誕生日かは分かんねえだろ。それに、まだ違和感が拭いきれねえ」


「違和感、ですか?」


「"思い出して、ひな祭りが来る前に"。この部分は何だ? 前の部分が誕生日を指し示しているとして、ここに込められた意図はなんだ?」


「うーん、"ひな祭りが来る前に"っていうのは、ひな祭りの日に何かが起こるぞって言う事ですかね。"思い出して"ってのは、何でしょう? 私達に熊中との思い出がある訳ないですし、特定の誰かに向けてのメッセージとか」


 確かに、そのメッセージは熊中が親しい人にだけ伝わるように書いた遺書の可能性もある。


「熊中が親しくしてた人物は?」


「前にも言いましたけど、ここ半年間熊中が誰かと深く関わっていた形跡がないんですよ。家族と会ってる様子も無いですし、辞めた会社の人達と連絡を取ってる様子も無い。まるで死ぬために人間関係を全て切ったようにも感じますね」


「カレンダーには同窓会やら結婚式やら書いてたんだろ? 出席するつもりで書いてたんじゃ無いのか?」


「妹さんの結婚式には行ってないみたいですね。同窓会は今週の土曜なんで行けるはずもないですし」


 今週の土曜日。期限である3月3日までは残された時間は少ないが、賭けてみる価値はある。


「......行ってみるか」


「はい?」


「同窓会。行ってみるか」


「......はい?」




 土曜日。淀川はどうしても付いて来たがる神林を拒否しきれず、熊中の母校である高校の同窓会に2人で来ていた。同窓会の幹事である生徒に事情を説明すると、場の雰囲気を壊さないように、という注意を受けつつ参加の許可を貰えた。

 会場に人がぎっしり詰まり始めた頃に、淀川達は手分けして熊中についての聞き取りを始めた。


「熊中秋仁? あ、爆破事件の犯人ですよね! いや、まさか同級生から爆弾魔が現れるなんてびっくりですよ。どんな人だったか? うーん、あんまり覚えてないなあ。あ、図書委員でしたよ。あれ、保健委員だっけ?」


「あー、熊中君の事ですよね。ニュースでやってました。同じ学校から、しかも同級生から犯罪者が出るなんて不名誉な事ですよ。高校の頃はそんなヤバい人の印象は無かったんですけどね。何と言うか、人畜無害な人って感じで。親しかった人? うーん、知らないですね」


「熊中? あー、熊中ね。熊中太郎だっけ? え、違う? 熊中秋仁? あ、聞いたことありますよ!! なんか最近聞いた気が、あ、そう、ニュースで」


 一通り聞き終わった後、淀川と神林は得た情報を共有するため会場の外で合流した。


「淀川さんの方は何か掴めました? 私の方は、熊中という名前は知ってるけどそれはニュースを見たからで高校の頃の彼を知る人はほとんどいませんでした。知っている人もクラスメイトではあったけど喋った事は無い、みたいなもので」


「こっちも一緒だ。ほんとに熊中はここの学校に通ってたのか? まるで熊中秋仁という人間は存在してなかったみたいだぞ」


「まあ卒業者名簿には載ってましたし、卒業アルバム持ってた子に見せて貰いましたけど、ちゃんと写真ありましたよ」


「カレンダーに書いてたくらいだから同窓会には来るつもりだったんだよな、熊中のやつは。自分を覚えてない同級生と会ってどうするつもりだったんだ?」


「熊中は自分が影薄い事に気づいてなかった、なんて可能性もありますよ」


「いやそれは......可哀想だろ」


 淀川達が何故か熊中の人間関係を心配し始めたちょうどその時、二人に近づく人影があった。


「あの、すいません。刑事さん、ですよね」


「あ、はい。私が神林で、横にいるのが淀川って言います。えっと、名前を伺っても?」


 突然話しかけてきたのは、眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の青年だった。


伊井直孝(いいなおたか)って言います。秋仁の事聞き回ってる刑事さんがいるって聞いて。僕、秋仁とは小学校の頃からの幼馴染で」


「本当ですか!? 良かったー、熊中さんと親しかった人を聞いてもみんな知らないって言うので困ってたんですよ」


 諦めかけていた所に差した光明に、思わず神林は喜びの声を上げた。


「あー、僕も中学の頃は仲良かったんですけど、高校になってからはあんまり話さなくなったんで」


「それは、どうして?」


 熊中の人間性が垣間見えるような気がして、淀川は食い入るように質問をする。


「えーっと、何となく、ですかね。3年間クラスが違うのもあるし、他に仲の良い友達が出来たってのもあります。会う機会がだんだんと減っていって結局ばったり連絡も取らなくなったって感じです」


 だが、淀川が期待したような答えは返ってこなかった。静かに肩を落とす淀川を尻目に、神林は伊井の話に共感を覚えたようだった。


「あ、それ私もありますよ。ちょっとでもタイミングを逃しちゃうといつの間にか関係って切れちゃうんですよね。友達っていう曖昧な関係ならなおさら」


「そういうもんなのか?」


「そういうもんなんです」


「そういもんなのか」


 どうも淀川には若い感性というものが分からないらしい。


「秋仁も、僕とは別に新しい友達がを作ってると思ってたんですけど。卒業式の時一人でいるの見かけて、あーやっちゃったなって思ったのを覚えてます。結局その時話しかける勇気も無かったんですけどね」


「あーすごく分かります」


「......では、中学の時は仲が良かったという事ですかね? 中学の話で良いので、彼のこと少し聞いてもいいですか?」


「ええ、大丈夫です。そのつもりでお二人に話しかけたので。とは言っても話せる事なんて限られてるんですけど」


「構いませんよ、少しでも手がかりが欲しいので。お二人の友達としての馴れ初めとか聞いても良いですか?」


「秋仁とは、趣味が一緒で仲良くなったんです」


「趣味?」


「はい。謎解き、なんですけど」


「「謎解き!!」」


 予想外の、それもちょうどタイムリーな答えに、思わず淀川達の驚きの声が重なる。


「えっと」


「......すみません、続けてください」


「あ、はい。小学校の時に、僕がクラスで謎解き係っていうのを作ったんですよ。その時に真っ先に入ってくれたのが、秋仁でした。その時からよくお互いに作った謎解きを出し合ったりして仲良くなったんです」


「なるほど。じゃあ伊井さんも熊中さんも小学校の時から謎解きがお好きだったんですね」


「ええ。僕なんかは大学でも謎解きサークルに入ったりして。仕事は普通に会社員ですけど、今でも脱出ゲームとかには行ったりするんですよ」


「あ、じゃあこの謎解き問題解けたりします?」


 神林は何かを思いついたのか、例のメッセージを書いたメモ帳を伊井に見せようとする。だが、咄嗟に淀川がそれを止める。


「おい神林、事件の資料を無関係の人間に見せるのはまずいだろ」


「でも淀川さん、こういうのは私達みたいな素人より慣れている専門家の方に任せた方がいいですよ」


「......そうは言ってもだな」


「あの、専門家では無いですけど、謎解きなら力を貸せると思いますよ。良ければ見せて貰えませんか? 謎解き好きは常に謎に飢えていまして」


 淀川は、ここでメッセージを見せるメリットとデメリットを天秤にかけた。そして。


「......くれぐれも口外禁止でお願いします」


 僅かにメリットの方が上回った。それほどまでにメッセージの謎を解くのに手詰まりだったのだ。


「『生姜、2/3本。ビール、1缶。卵、1パック。人参、2/3本。思い出して、ひな祭りが来る前に。』ですか」


 神林のメモ帳を手にした伊井はしばらく考えるそぶりを見せた後、「あ」と小さく声を上げた。


「なるほど、これはそれぞれの言葉の後ろの数字が示した文字を繋げて一つの言葉にする感じですね」


「「おお」」


 淀川達がかなり時間をかけて導き出した答えに、伊井はものの数分で辿り着いたようだった。


「そのまま読んでも単語にならないな、並び替えか。すみません、紙とペンってありますか?」


「こちらをどうぞ」


「ありがとうございます。えっと、あ、『たんじょうび』か」


「「おお」」


 そして、伊井の謎解き力はそれだけでは収まらなかった。


「でも、そしたら『思い出して、ひな祭りが来る前に。』ってのがもったいないですよね。必ずここにも意味があるはずなんですよね。

 謎解きでは、出来るだけ"もったいない"が少ない方が美しいとされてるので」


「"もったいない"が少ない方が美しい、ですか」


「......あ、そうか。ひな祭りって3月3日ですよね」


 何か閃いた様子の伊井は神林にそんな質問をする。


「え? そうですけど」


 意味不明な質問に頭を傾ける神林だったが、淀川はそうでは無いようだった。


「......そういう事か」


「え、淀川さんも何か分かったんですか? 教えてくださいよ!!」


「自分で考えろ」


「えー、淀川さんのケチー」


「あはは。えっと、この謎解きにおいて『、』と『。』がポイントとなるのは分かりますよね」


 まだ考え込んでいる様子の淀川に代わって、伊井が神林に対して謎解きの解説を始めてくれるようだ。


「単語と数字を分けてるんですよね」


「ええ。そして、これは『思い出して、ひな祭りが来る前に。』にも使われてるんですよ」


「あれ、ほんとですね。でも、後ろは数字じゃ無いですよ?」


「そこで気になるのが『生姜』と『人参』の後ろです。2と3の両方を入れたかったんでしょうけど、それならスラッシュではなく点を入れて2・3本とか、2or3本とかにした方が自然だと思いませんか? 3分の2本なんて違和感しかありませんし」


「言われてみれば確かに」


 何故気づかなかったのかと思えるほどの違和感だが、元から意味不明なメッセージだということもあって全く気にしていなかった。


「でもわざわざこういう書き方をするのには何か理由があるはずなんです。2つの数字の間にスラッシュを入れるものと言えば、分数の他にもありますよね?」


 数字、/(スラッシュ)、数字。この並びで思いつくものといえば。


「......あ、"日にち"ですね。そっか、それでひな祭りの日を聞いたんですね」


「ええ、そうです。『思い出して、ひな祭りが来る前に。』これを書き換えると」


 伊井はメモ帳に何かを書き、神林に見せた。


『おもいだして、3/3が来る前に』


「おー、単語と数字の組み合わせになりましたね! 3と3って事は、『おもいだして』の3番目を二回読むって事か。えっと、『い』『い』。なんだろ、『いい』って」


「うーん、それが僕にも分からないんですよね。アルファベットのEですかね。でも誕生日と合わせて考えれるもののはずなんですが」


 出てきた答えは、神林にも伊井にも心当たりのないもののようだった。


「淀川さん、分かります?」


「......何でそこまで行って分からないんだよ」


 だが、淀川には何を意味するか分かっているようだった。


「え、分かるんですか?」


「事情を知らない伊井さんはまだしも、神林は分かれよ」


「え、何ですか? 『いい』『いい』......あ」


 神林は伊井の方を見て、その答えに辿り着く。


「え、僕ですか? 確かに僕は『伊井』ですけど、なんで僕の名前が答えに」


「すみません。ここまで協力してくださった以上、詳しく話させてください。実は、この謎解きを考えたのは熊中さんでして」


「......秋仁が、ですか。なるほど、それで答えは『伊井』の『誕生日』って事になるんですね。でも僕は秋仁とはしばらく会ってませんし、わざわざ僕の誕生日を答えにしますかね。覚えてるかも怪しいですよ。実際、僕は秋仁の誕生日を覚えてないですし」


「良かったら誕生日、聞いてもいいですか?」


「ええ、もちろん。僕の誕生日は、9月2日です。もう半年も前になりますね」


「9月2日......」


「うーん、何かの手掛かりになりますかね? 淀川さん? もしかして何か分かりました?」


 何か思い詰めた表情をする淀川に、神林は声をかける。


「いや、何でもない。伊井さん、せっかくの同窓会なのにお時間をお取りしてすみません。ご協力ありがとうございました」


「いえ、お役に立てたなら良かったです」


「とても助かりました。あ、最後に一つだけ良いですか?」


「ええ、何でしょう?」


「熊中さんの誕生日は5月7日です。良かったら覚えておいてあげてください。図々しいお願いかもしれませんが」


「......いえ、ありがとうございます。絶対に忘れません」






 同窓会での聞き取りを終えた淀川と神林は署に戻って来た。


「で。淀川さん、何か分かったんじゃないですか?」


 伊井の誕生日を聞いてから様子がおかしかった淀川に、神林は問い詰めた。


「......俺たちは、熊中に遊ばれているのかもしれないな」


「え? どういう事です?」


「5月7日。熊中秋仁の誕生日、そして最初の爆破事件が起こった日。9月2日、熊中の友人である伊井直孝さんの誕生日、そして」


 淀川は少し間をおいて、次の言葉を口にした。


「二回目の爆破事件が起こった日だ」


「......え、ほんとですか」


「資料は暗記できるくらいまで読み込んどけっていつも言ってるだろ」


「一回見ただけで全部覚えられる、記憶力お化けの淀川さんと一緒にしないでくださいよ。

 じゃあ、あの謎メッセージはニ回目の爆破事件の日付を示してたって事ですか?」


 伊井が解いた謎の答えはとても納得のいくものだった。これ以上の答えは存在しない、淀川もそう思うのだが。


「最初に謎が解けたと思った時の答えが、一回目の爆破事件の日付。次に解けた答えが二回目の爆破事件の日付。

 ここまで来りゃ、三回目の爆破事件の日である2月3日にも何かあるって考えるのが自然だとは思わないか?」


「淀川さんは、まだあのメッセージの謎には一捻りあるって言うんです?」


「その可能性が高い。もう一つの答えに辿り着けば、熊中が伝えたい事も分かるかもしれない」


「だったら、もう少し伊井さんに協力して貰った方が良かったんじゃないですか?」


「お前は言えるのか? あなたの誕生日を狙って爆破事件が起こされました、なんて」


「そ、その事は隠した上で協力して貰えば」


「さらに解いた謎がもっと直接的に伊井さんを示すものだったらどうする? はっきりそうだと言われるより、違うかもしれないって逃げ道があった方がずっと楽だ」


「そうかもしれませんけど、私達だけで解けるんですか?」


 2つ目の謎の答えに辿り着いたのは淀川達ではなく、伊井だ。そして、淀川自身が自力で謎を解いた事はない。


「それでも、俺が自分で解いてみたいんだよ。伊井さんも言ってただろ? 謎解き好きは常に謎に飢えてるって。

 刑事だって、常に事件()に飢えてんだよ」


「......そういう事なら、私が協力するのもやぶさかではありませんね」


「なんでお前が偉そうなんだよ」


「それにしても、この謎をもう一捻りと言ったって『思い出して、ひな祭りの日に』という部分も解いてしまいましたけど。これ以上どう捻れば良いんですかね?」


 謎解きをすると言っても、もうこれ以上解ける場所が存在しない。それは謎解きにおいて致命的な事だった。


「今までの答えは全部爆破事件の日付だったよな」


「そうですね。じゃあ流れ的に次は三度目の爆破事件が起こった日、ですかね? でもそれだと、何を伝えたいのかさっぱりですよね」


「......だったら逆から行ってみるか」


「逆?」





 保管室。そこは、事件現場にあった証拠品等を保管する部屋だ。証拠品の取り扱いはとても慎重に行われ、証拠品を取り出したりする時には必ず申請手続きが必要となる。


「既に事件が解決した証拠品はね、遺族に送り返すか必要無いなら別の担当機関に送る必要があるんだよ。だから、こういう勝手な事は本当に困るんだけどね」


 同窓会に参加した翌日、淀川たちは保管室にやって来ていた。そんな彼らに小言をぶつけるのは、証拠品の管理責任者で淀川とは古くからの知人の男だった。


「分かってるよ。ほんの10分だけ目瞑ってくれりゃそれで良い」


「本当に大丈夫なんですよね? 怒られるだけならまだしも、首が飛ぶのだけは嫌ですからね!!」


「来なくても良いって言ったのについて来たのはお前だろうが」


「だって仲間外れにされるのは嫌じゃ無いですか」


「じゃあ手止めてないでさっさと手がかり探せ。2月3日に関するものなら何でも良い。誕生日関係なら最高だ」


 淀川たちが管理室に来たのは三つ目の謎の答えであるはずの2月3日、最後の爆破事件が起こった日に関する手がかりを掴むためだった。カレンダーを確認したものの、目的の日付には何も書いていなかった。諦めきれず他の証拠品も調べ始めたのが、ほんの五分前の出来事である。


「なんだこれ」


「それは熊の木彫りですね。中が空洞になってて入れ物になるみたいなんですけど、何も入ってなかったみたいです」


「じゃあ良いや」

 

「ちょっと、淀川君!! 証拠品は大切に扱ってくれよ!!」


 証拠品を雑に扱う淀川に、管理責任者の胃はキリキリと痛めつけられていた。


「にしても、見つかりませんね。爆弾の設計図とか爆破した場所がマッピングされた地図とかはあるのに、それ以外の爆破事件に関わるものが全く無いってのも不思議な話ですよね」


「意図的に処分する物としない物を分けた感じだな。熊の木彫りやらプラモデルやら地球儀やらごちゃごちゃした物はあるのに、文字が書いてるような本とかノートとかが無い。メッセージが書かれたコピー用紙と、そばに置かれたカレンダーが重要な物ですよと言わんばかりだ」


「やっぱりちゃんと謎解かないといけないんじゃないですか? 答えから導き出すなんて邪道な方法じゃダメなんですよきっと」


「......仕方ないだろ、分かんねえもんは分かんねえんだから」


「開き直りましたね」


 淀川はカレンダーをめくり3月のページを開いた。3月3日、ひな祭りの日。その日付は何重もの赤い丸で囲まれていた。

 神林が淀川の後ろから覗き込み、「うわあ」と声をあげる。


「すごくひな祭りの日を強調してますね。まるでこの日に絶対ヤバいことが起きるぞ、みたいに。でも結局、ひな祭りの日は謎解きのピースでしか無かったですよね? 本当にこの日に何か起きるんですか? まるで他の事を隠すために強調してるような気がしません? ほら、赤い線太くし過ぎて周りの日付隠れちゃってますし」


 神林が言う通り、3月3日を囲む大きな円は周りの日付を漏れなく隠してしまっていた。そんな中、淀川の目はとある隠れた日付に惹きつけられた。


「......神林、昨日伊井さんに渡した手帳のページ見せてくれ」


「え? 別に良いですけど」


 神林から受け取った手帳のページに書かれていたのは次の2つの文。


『思い出して、ひな祭りが来る前に』


『おもいだして、3/3が来る前に』


「伊井さんが言ってたよな、謎解きは"もったいない"が少ない方が美しいって。

 だったら、この"来る前に"って言う部分も"もったいない"と思わないか?」


「まあ確かに、"ひな祭りの日に"でも良かった気はしますけど。タイムリミットがあるっていう緊迫感を出したかったとか、ですかね?」


「それだったら普通"来るまでに"じゃないか? わざわざ"来る前に"って書いてるって事はそこに必ず意味があるんだよ。3月3日の前日、3月2日。この一文が本当はこの日を指し示しているんだとしたらどうだ?」


 2つの分の下に、淀川は次の文を書き加えた。


『おもいだして、3/2に』


「これだと、出てくる答えが違ってくるんじゃないか?」


「......3文字目は『い』、2文字目は『も』。『いも』になりますね。ポテトの『芋』ですかね?」


 『いも』で連想されるもの。確かに『芋』もその一つだが、淀川にはこれだと言える確かなものがあった。


(いもうと)の『いも』だ。出席しなかったのに妹の結婚式をカレンダーに書いたのは、この謎のヒントにする為だったんだよ」


「......じゃあ熊中の妹の誕生日が、最後に爆破が起きた日の2月3日って事なんですかね。でも一体それになんの意味が」


「......確かめに行くか」


「ですよねー」





「うわあ、高そうな家ですねえ」


 高級住宅街の一角に立つ大きな家を見上げ、神林はそんな感想を口に出す。

 『植畑』と書かれた表札の下にあったインターホンを淀川が押すと、しばらくして女性の声が聞こえて来た。


「はい」


「昼過ぎに伺うと連絡させて頂いた、淀川です」


『ああ、刑事さんですね。少々お待ちください』


 しばらく待っていると玄関の扉が開き、若い女性が淀川達を出迎えた。


 立ち話もなんですから、とリビングに通された淀川達は、上品なカップに入った良い匂いのするお茶を出され、丁寧な歓迎を受ける事となった。

 しばらくお茶の味を堪能してから、今回の訪問の本題へと入った。


植畑睦美(うえはたむつみ)さん、旧姓は熊中。お間違い無いですかね?」


「ええ。......正直もうその名前は思い出したくもありませんが」


「どうしてですか?」


 神林のその問いに、植畑は少しムッとした表情を見せる。


「わざわざ聞く必要がありますか? 誰が好き好んで犯罪者と同じ名前を使いたがると思います?」


「......失礼しました」


 不躾な質問をした、そう理解した神林はすぐに謝罪の言葉を返した。


「いえ、こちらこそすいません。別に刑事さんを責めてるわけじゃ無いんです。

 でもね、刑事さん。私は兄とはもう何年も会っていないんです。兄のことについて何か聞きたい事があったんでしょうけど、私では何も力になれませんよ」


「でも、お兄さんのカレンダーにはあなたの結婚式の予定が書いてありましたよ?」


 淀川のその言葉に、植畑は初めて言葉に詰まる様子を見せた。


「......兄の事は、結婚式に招待していないはずなんですけどね」


「え? でも確かにカレンダーには」


「多分、私が結婚することについては母から聞いたんだと思います。母は普段から私達の仲が悪い事を気にしてましたから」


「お二人は、仲が悪かったんですか?」


「仲が悪い、と言う表現は正しく無いかも知れませんね。お互いに無関心だったんですよ。家族とはいえ、私と兄は他人。お互いそれぞれの人生を歩んでそれぞれの死に方をすれば良い。お互いに、いえ、少なくとも私はそう思ってました。変だと、思いますか?」


「......それは、まあ」


「......小さい頃はそうでは無かったんですよ。近所でも噂になる程仲の良い兄妹でした。兄は小さい頃から謎解きが好きで、よく私に問題を出してきました。そして私が悩んでいるのを見る度に意地悪く笑うんです」


「じゃあどうして」


「最初に離れて行ったのは兄の方です。思春期、というやつでしょうね。段々と兄は私の事をうざがるようになりました。その後、私の方も兄の事を鬱陶しく感じるようになって、そのまま」


「仲直りしようとは思わなかったんですか? 血の繋がった家族なのに」


「......全く思わなかった訳ではありませんよ。でもね、時間が経つにつれて兄の事を考える時間が少なくなるんです。最終的に全く思い出さなくなるほどに。

 随分と久しぶりに兄の名前を聞いたかと思ったら、まさか犯罪者になってたなんて。驚きましたよ。......でもきっと、その事もいつか気にしなくなる。家族なんて所詮はそんなものです」


 その言葉は悲観から出るものなのか諦観から出るものなのか、淀川には判断がつかなかった。

 これ以上話を聞く気も起きなかった為、淀川は最後に確かめなければならない事を聞くことにした。


「最後に、あなたの誕生日を聞いても良いですか?」


「突然ですね。兄ではなく私の、でよろしいのですか?」


「ええ、お願いします」


 三度目の爆破事件が起こった日、2月3日。そして、3つ目の謎の答えである『妹の誕生日』。淀川の予想通りならば。


「10月11日ですけど」


 それらは、一致するはずだった。





 その後、署に戻ってきた淀川達は頭を抱える事となった。


「......どう言う事だ? 俺の解き方は間違ってたのか?」


「『いも』は妹さんのことでは無かったのかもしれませんよ?」


 淀川が導き出した『いも』という言葉が、他の言葉を意味しているかもしれない。本当にそうか?


「......何か俺達は重要な部分を見落としてるんじゃ無いのか?」


「重要な部分、ですか?」


「ああ。伊井さんの言葉を借りるなら"もったいない"部分だ。熊中が残したメッセージで何か"もったいない"部分はなかったか?」


 淀川は必死に頭を働かせるが、何も思い浮かばない。今まで導き出した答えが全てミスリードだった。そんな気さえしてくる。


「あ」


「なんだ、何か分かったか?」


「いえ、大した事じゃないんですけど。"もったいない"と言えば、メッセージが書いてある紙。なんであんな大きいのに書いたんですかね? わざわざ半分に折って書いてましたけど」


「"もったいない"って、そういう事じゃないだろ」


「いやまあそうなんですけど、ちょっと気になっちゃって」


「......他に無かったんじゃないか。メッセージ以外に紙のような物は全部捨てられてたろ」


「でもそれってメッセージを強調するため、ですよね? 最初から書けるものがA4サイズのコピー用紙だけしか無かったってのも不自然な話じゃないですか?」


「大きい紙に書いて見つけやすくしたとかか? ......というか、あの紙のサイズがA4なのか?」


「ええ。一般的なコピー用紙のサイズがそれくらいなので。ちなみに、A4半分のサイズがA5ですね。私の持ってる手帳なんかはA5サイズですよ」


 その瞬間、淀川の中で何かが引っかかった。


「......確かメッセージの書いてあった紙は半分に折られてたんだよな」


「はい。それはもう丁寧に折られてましたね。熊中は案外器用だったのかも」


「A4の半分がA5、ね。......なるほど、意地の悪い問題だ」


「え、どういうことですか?」


A5(英語)だよ。『生姜、2/3本。ビール、1缶。卵、1パック。人参、2/3本。思い出して、ひな祭りが来る前に。』、今まで俺たちは日本語のまま文字を抜き取ってた。でも、本当は英語にしなきゃいけなかったんだ。

 生姜はginger、ビールはbeer、卵はegg、人参はcarrot。ここから後ろの数字の順番通り文字を抜き出す。そしたら」


「えっと、待ってください」


 神林は整理するために、英語と数字の組み合わせをホワイトボードに書いていく。


 ginger、2/3

 beer、1

 egg、1

 carrot、2/3


「i、n、b、e、a、r。繋げると、"in bear"。"熊の中"になりますね。熊、中。自分の名前を答えにしたって事ですか?」


「それだけじゃない。もう一文残ってるだろ」


「あ、そっか。えっと」


「......なあ、神林。確か、熊中の部屋にあった物の中に熊の木彫りがあったよな?」


「ありましたけど、あの中には何も入ってませんでしたよ? ちょ、淀川さん、どこ行くんですか!?」




 場所は変わって保管室。そこからは悲痛な叫びが聞こえていた。


「困るよ、淀川君!! この前は見逃してあげたけど、2回目はダメだよ!! もうここの物は明日には全部撤去しちゃうんだから!!」


「何も無いわけないんだよ!! 熊中は絶対何かを残してるはずなんだ!!」


 神林の言う通り、木彫りの熊の中に何かが入っている様子は無かった。だが、淀川に諦める気は無かった。


「おい、明かりになるもん持ってねえか!!」


「え、スマホのライトならあるけども。ちょ、勝手に僕のスマホを取らないでくれよ!! あ、淀川君、証拠品は大事に扱ってくれたまえ!!」


 奪い取ったスマホの光で熊の中を照らし出す。だがやはり、何かが入っている様子は無い。


「"思い出して、ひな祭りが来る前に"。この部分も英語にして文字を抜き出すとしたら、"思い出して"は英語で、"remember"。そして、"ひな祭りが来る前に"が指す3番目と2番目の文字を繋げると、"me"になる」


 満遍なく熊の中を光で照らしていると、 底の部分に何か引っ掻かれたような跡を見つけた。それは明らかに人為的なもので、何か文字を書いているようで。


「"in bear me"、"熊の中に私はいる"。いるんだろ熊中!! そこに、いるんだろ!!」


 違う。それは文字ではなく、数字だった。


「......2?」


 淀川はそれが意味する事を考えようとするが、そんな時間は与えられなかった。


「おい淀川!! 何やってんだ!!」


 騒ぎを聞きつけた数人の刑事が保管室へと入ってきた。そこで証拠品を漁る淀川と近くで涙目になっている管理責任者を目にすると、状況を瞬時に察した彼らは淀川を取り押さえようと飛びかかる。


「どう言う事だよ熊中!! そこにいたんじゃ無かったのか!! 熊中!! お前は、どこにいるんだ!!」


 淀川の叫びに答える者は、もうそこにはいなかった。







「......いでっ!? もうちょい優しくしてくれ」


「我慢してください、自業自得なんですから」


 保管室での騒動の後、淀川は「今回の処分は免れないと思え」と上司の叱りを受けた。その後、怪我を負った淀川を見た神林が、拒否したところを無理やりに手当てをする事となった。


「......どうしてこんな事したんですか?」


「......」


「淀川さん、同窓会に行ったあたりから何だか変でしたよね。いつもより必死になってた気がしました」


「......」


「私には余計な事をするなって言う割に、淀川さんって結構余計な事しますよね。それも何も言わずに」


「......悪かったよ。ちょっと感情的になってた。似てた気がしたんだよ、熊中と俺が」


「......似てないですよ。淀川さんは爆弾なんか作らないですよ」


「そういうことじゃねえよ。熊中は多分、この世に居場所がないと思ってたんだろうな。仲の良かった妹や友達とは疎遠になって、あげく何年も働いた会社もクビになって、寂しかったんじゃねえかな」


「そんな事で、爆破事件なんか起こしたっていうんですか? そんなのおかしいですよ。それが本当だとして、なおさら淀川さんとは似てません」


「似てるよ。俺にも居場所がない。夢だったはずの刑事やってんのに、心が満たされねえ。勝手な事ばっかやってきたせいで周りには誰もいなくなったし。こんなんじゃ無かったのに、って思う事ばっかだ。人との関わりがなくなっていくと、段々と自分が本当にそこに存在してるのかさえ分からなくなっていくんだよ。

 俺も熊中も同じだ。生きているうちに死んでたんだよ」


「......何言ってるんですか、ふざけないでください」


「ふざけてねえよ。いいか神林。俺はもう刑事やめるけど、こうはなるなよ。出来るだけ上の言う事は聞いとけ。そんで周りの人間とは良い関係を築け、くれぐれも俺みたいには」


「......だから!! ふざけないでください!!」


「......おい、なんだよ急に叫んで」


「生きてます!! 淀川さんは、生きてます!! ちゃんとここにいます。淀川さんは、ここにいまず!! いるじゃないでずがぁ!!」


「......なんで、お前が泣くんだよ」


「泣いてまぜん!! 泣いて、泣いてないですよぉ」


「悪かったよ、泣くなよ」


「だから、泣いてないです。でも、淀川さんの事は許しません。辞めないでください。私が一人前になるまで面倒見てください。じゃないと、私が嫌です」


「......別に俺じゃなくても良いだろ」


「淀川さんが良いです。淀川さんじゃなきゃ、嫌です」


「......そういうのは我儘って言うんだよ」


「我儘でも良いです、それでも私は」


「ったく、お前も上に謝りに行くの手伝えよ? 辞める気でいたんだから結構殴り合っちゃったんだから。怪我させちゃだた人にも謝んねえと」


「......淀川さん、それって」


「いいか神林。俺が指導係である以上、厳しく指導していくからな」


「......はいっ!!」


 こうして、連続爆破事件は幕を下ろした。






「でも結局新たな爆破事件は起きませんでしたね。あ、でも淀川さんは爆発してましたけど。まさに4つ目の爆破事件でしたね」


「不謹慎な事を言うんじゃねえよ」


「すみません」


「......第4の爆破事件、ね。......4番目」


 淀川の頭に残っていたのは、木彫りの熊の底に書かれた"2"という数字。今までの法則通りなら、何かの単語の2番目を指すのだろうが。その単語が分からないし、一つ文字が出て来たところで何かが分かるとも思えなかった。


 だが。


 もし、あの文字が4()()()なんだとしたら?


「一度目の爆破事件が起こった日は、5月7日。場所は増川耳鼻科医院、病院だった」


「淀川さん? どうしたんですか?」


「二度目は、9月2日、場所はショッピングモール。三度目は、2月3日、映画館」


「淀川さん?」


「熊中が爆破した日付、場所。そして木彫りの熊の底に書いてあった数字。全部意味があったんだ。まだ謎解きは終わってなかったんだよ」


「......どう言う事ですか?」


「病院は英語でhospital。ショッピングモールはshopping mall。映画館はtheater。そして、爆破事件の日付の数字をそれぞれ当てはまると」


 hospital、5/7。

 shopping mall、9/2。

 theater、2/3。


「そして、最後は、(bear)の中に、2」


 bear、2。


「i、a、m、h、e、r、e。"I am here"、"私はここにいる"」


「淀川さん」


「ああ、いたよ。ちゃんとここに、熊中も」


 熊中秋仁。


「犯人、確保だ」


 街を騒がせた爆破事件の犯人は、こうして一人の刑事の手によって無事捕えられることとなった。




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