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街街  作者: 物雪恵人
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四章《街》は少女から生まれる 一話

 《街》は少女から生まれる。生命をその身中で育む肉体を持ち、なおかつ、分別を弁えぬ愚かな望み――言い換えれば、純粋な願いを抱くことができる年の頃であるからだ。それゆえ《街》は少女のみより生まれいずる。


 ロベリアが起こした《街荒し》事件から半年の月日が流れました。カサトトは相変わらず《街》の支配下にあり、マグも変わらず《マチビト》のままです。


「おーいミハエルー! うっかり裏時間に出歩いた挙句、裏時間に取り残されたショタ顔神父様ー! どこだー? いるなら返事をしろー!」


 その日は、裏時間に取り残された教会の若き神父――ミハエルの捜索のため《街》の内部へ来ていました。

 暗くて見通しが悪いことだけを除けば、《街》の内部も、表面の街並みと同様、日によって様相を変えます。

 今日の内部は迷路のような地下都市を形成していました。


「ジョルジュん時みたいにだだっ広い空間になってりゃまだしも、こう入り組んでちゃなぁ……」

 思わずぼやいたマグでしたが、「それでも虱潰しに探すっきゃないよな!」と気合を入れ直しました。

「んな? ねーちゃん!」


 同意を求められたハイドランジアは、しばし勘案した後、こう提案しました。


《ま、ぐ。よく見えな、い? 明るくす、る?》

「明るくって、そんなことできんの?」


 ハイドランジアは《少、し》と頷きました。

 マグは大歓迎と両手を上げ、そして顔の前で合わせました。


「頼む、やってくれねーちゃん!」

《ん》


 ハイドランジアは無機質な表情をややお姉さんっぽくすると、両手を広げました。赤い水晶クラスターのようなドレスがにわかに光だし、ハイドランジアの手から放出されるように、《街》の内部へと広がりました。

 ちょうど、祝福を受けた時のマグのように、線状の光が幾重にも走っています。

 光が隅々まで行き渡ると、呼応するように無数の小さな光が灯り始めました。イルミネーションのようなそれは、蛍光たんぱく質を有するサンゴ――ウミシダを彷彿とさせる景色でした。

 想像を絶する美しい光景に、マグは息を飲みました。


「すごい……」

《ま、ぐ。ミハエ、ル。い、た》


 ハイドランジアが彼方を指さしました。


「見つけてくれたのか? よし、すぐ行こう!」


 言うが早いかマグはチャクラムを発射し、矢のように飛び出しました。背中にはハイドランジアを乗せています。ハイドランジアは浮遊移動ができるので、本来背負う必要がないことをマグもハイドランジアもわかっています。

 ミハエルは教会に似た建物の中で、すすり泣いているところを発見されました。


「遅くなってすまなかった、ミハエル。心細い思いをさせたな」

「べっ、別に……ボクは暗いところがちょっと得意じゃないだけで……心細いなんてこと全然なかったですから!」

「見得張るなよ、ミハエル」

《みはえ、る。みえは、る?》

「なっ⁉ み、見得なんて張ってないです! 変なことを言わないでください!」


 意地っ張りなミハエルは、すぐに顔を真っ赤にしてムキになるので、誰からもよくからかわれてしまいます。


「悪かったよ。そんなことより、さっさと撤退しよう。ねーちゃんがいるとはいえ、長居は無用だ」


 マグはミハエルを抱き上げました。


「うわわ⁉ ちょっちょっちょっ、ちょっと⁉」

「口閉じてろよー? じゃないと下噛む――ぞっと!」


 マグが走り出し、その後をハイドランジアが宙を滑るように続きます。マグの背中を見つめる無機質な表情が、ほんのり残念そうに見えます。


「――すみませんでした、マグさん」

「んあ? いいってことよ、これも《マチビト》の勤めだ」

「裏時間になることはわかっていました。でも、野良猫の声が聞こえてきて……心配でつい」

「そうだったのか」

「野良猫は何とか教会の寄宿舎へ避難させることができました。放り投げたりして、手荒でしたけど。あの、でも偉いんですよ、きちんと着地できてたし。……ボクはこの有様ですけど」

「ミハエルも偉いよ」

「そんなことありません。情けないです。迷惑かけて、心配かけて……」

「《街》では助け合い、守り合うことが基本だ。野良猫はミハエルが助けなきゃ、助けられなかった。オレには守れなかった。ありがとう、ミハエル。オマエは優しくて勇敢だよ」

「――っ⁉ ぁ、う……うぅ~っ」


 ミハエルは、ゆでだこのように真っ赤のふにゃふにゃになってしまいました。


「……ミハエルって褒められるとめちゃくちゃ照れるんだよな。純情っていうか、チョロイっていうか、将来がちょこっと心配」


 マグが親心を見せると、後ろを飛んでいたハイドランジアから頭突きを食らいました。


「デフッ⁉ ちょっとおねーちゃん? ツノみたいなお団子が地味に痛いんですけど?」


 ハイドランジアはプイッとそっぽを向いたまま、マグを残して先に行ってしまいました。


「……姉の反抗期が遅ればせながらやって来た?」


 ロベリアが起こした《街荒し》事件から半年の月日が流れました。カサトトは相変わらず《街》の支配下にあり、マグも変わらず《マチビト》のままです。

 しかし変わったこともあります。


「おーい、ねーちゃーん! 待てよー!」


 ハイドランジアは依然、分身体であるキンギョハナダイの姿ではなく、《少女》の姿のまま顕現し続けていました。そして、


「……こんなんで何度もカサトトを離れて大丈夫なのかな、オレ達」


 カサトトが《街》化して以来、マグとハイドランジアは初めて、カサトトを離れる経験をしていました。


      +++


 前述した通り、ハイドランジアは分身ではなく、自身の姿で顕現できるようになりました。

 《街荒し》後、駆けつけた《街医者》――ロジー・リリーや、フキのかつての相棒であったポーリア――が出した見解は、おそらくは《街荒し》がもたらした一種の副作用ということでした。

 これによりハイドランジアは、仮解放状態となったのでした。仮解放とは、本来の解放とは趣が異なります。


 仮解放とは、ハイドランジアがカサトトを支配する《街》の《少女》として、《街》化状態を維持したまま、カサトトの内外を自由に行動できる状態(それも、《少女》の姿として)を指します。

 仮解放には前例がなく、報告を受けたロプロが定義づけをしました。また、大変興味深い現象であるため、この半年の間、様々な検証が行われてきました。


「――次の検証地はキッカだとよ。一足飛びに遠方になりやがったな。内容はここへ来た時と同じだ。《少女》と《マチビト》が、《街》から一定以上の距離、ならびに時間を不在にした際、カサトトで起こる加害行動に変化が見られるかを試す。わかったか、粗忽ガキ」


 先達て、ブルテミドに滞在した際、マグはフキからそう託けられました。

 ブルテミドでは、フキが説明した検証①に加えてもう一つ、検証②、《街》の支配下(つまりは《少女》の支配下)にある《街》に、ハイドランジア(他の《街》の《少女》)が、足を踏み入れることで及ぼす影響の検証も行っていました。


 検証①の結果としては、ブルテミド滞在時も、カサトトでは依然として加害行動が起こっていますが、その程度は普段よりも軽微であることが確認されています。もちろん、マグ不在のため、ロプロに派遣された《マチビト》が対処にあたっています。

 検証②の結果は、《少女》の性格にもよりますが、意思疎通が可能であることと、それからカサトトにいる時ほどではないものの、マグへの祝福が行えることがわかりました。


「そんなことよりお師匠! どうしてロベリアの後任についたことを黙ってたんですか? 水くさい!」

「あぁ? 知るか。テメーにいちいち断る義理なんざねーだろうよ」

「……お師匠のヴァーカ。性格ブース――ぅギュ⁉ ちょっ、く、首、マントで首絞めるのやめてくださいってば!」

「テメーはさっさとキッカとやらへ行け。俺は、小悪党どもの子守で忙しんだよ、ドチクショーめ」

「小悪党……だけですか? 大悪党は?」

「さぁな。狩られ尽くしたか、改心したか、もしくは機を窺ってるか。ともかく、今んところ俺が助けてんのは、小悪党ぶったチンピラと、威勢のいい花街の譲さんぐれーなもんだ」

「……そうですか」


 というような出来事を経て、現在、マグとハイドランジアはキッカを訪れていました。

 キッカは、白いレンガで統一された爽やかな街並みをしています。

 《街》化したことにより、キサンゴというサンゴを彷彿とさせられる景観が加わり、まるで常時夕日を浴びているような、それはそれは眩しい街並みになりました。

 《街》化する以前のキッカは、ランドマークの風車塔を中心に、その周囲を住宅街、更にその周囲を商店街が取り囲んでいました。《街》化したことにより、住宅街と商店街は入り乱れてしまいましたが、風車塔だけは移動することなく街の中心に腰を据えています。


「……それでマグさん。ロベリアさんはその後、どうなったんですか?」


 人の良さそうな顔をした青年が、アイスキャンディーを差し出しながら、おっかなびっくりと訊ねました。

 髪の色は濃いオレンジ。前髪を上げた短髪。

 目はやや垂目。瞳の色はマルベリー。

 海と太陽が似合う褐色の肌。向かって右の頬に十字傷。

 服装は、ひざ下まで裾をまくり上げたジーンズに、ハイネックのノースリーブシャツ。《マチビト》のゴーグルを首から下げ、マントは腰に巻きつけています。

 堂々たる体躯をしていますが、居ずまいや態度に本人の謙虚さがにじみ出ています。

 当然とばかりにアイスキャンディーを受け取ったマグの、幼い体躯には似つかわしくない、太々しい女王様のような態度とは大違いでした。


 青年の名前はユリオプス。キッカを担当する《マチビト》です。

 キッカへ入るなり、マグとハイドランジアはユリオプスと、《少女》の分身たる魚――オオフエヤッコダイに出迎えられました。

 マグは礼儀正しく穏やかなユリオプスとすぐに打ち解けました。

 ハイドランジアも、ストローのように細長く伸びた口と、鮮やかなイエローの体を持つオオフエヤッコダイを気に入り、仲良く散歩に出かけていきました。

 マグとユリオプスは、ランドマークである風車塔に移動しました。キッカの眩耀とした眺望を眼下に見おろしながら、《マチビト》同士の情報交換をしているところです。


「フキお師匠がロプロ組織長に引き渡した。今は《マチビト》組織が管理してる《マチビト》用の監獄にいるよ」

「そんなものがあるんですか?」

「ある。必要になったからな。《少女》になった縁者を生き長らえさせたくて、人を死なせる行為に走った《マチビト》は少なくないんだよ」

「……気持ちは理解できますが、肯定はできませんね」

「ああ。《少女》であることは、当人達にとって決して幸せなことなんかじゃないからな」


 痛ましい表情を浮かべたまま押し黙ったユリオプスに、マグが気を取り直すように言います。


「ロベリアが担当していた《街》は、オレのお師匠が担当している。お師匠はもう自分が担当した《少女》の解放を見送ったベテラン《マチビト》だ。ブルテミドの一筋縄じゃいかない住民達とも十分渡り合えてるどころか、逆に舎弟にしてたよ。心配はいらない。ネリネからの祝福も受けてるらしくて、もう無敵も無敵」


 祝福と聞いたユリオプスは、一瞬だけ意外そうな顔になりましたが、すぐに腑に落ちたように頷きました。


「なるほど……。ブルテミドの《少女》は、命を奪うことに積極的ではなかったんですね。本当はずっとお母さんを止めたかった……」

「翼にもなれば枷にもなる。薬にもなれば猛毒にもなる。祝福にもなれば呪いにもなる。光にもなれば闇にもなる。愛情ってヤツは難しいよ。……さすがは人間の永遠のテーマなだけあるよな!」


 おどけたように、そして他人事のように話すマグが、ユリオプスの目にはどこか繕った様子に映りました。

 ユリオプスは奥ゆかしく優しい心の持ち主なので、相手が繕い隠そうとすることを、わざわざ追及しようとは思いません。ですが、得も言われぬ不安が胸を掠めました。マグによくないことが起きるような気がするのです。

 ユリオプスは思い切って口を開きました。


「マグさん――」

「んあ?」


 マグと面と向かい合ったユリオプスの次の言葉は、しかし、発せられることはありませんでした。二人を目がけ、流星のごとく飛び込んできた影があったからです。

「おわおっ!」「うわああ!」それぞれに驚きの声を上げるマグとユリオプス。

 飛び込んできた影は大小二つありました。


《まぐ。ただい、ま》


 大きい方はハイドランジアです。


「……おかえり、おねーちゃん。ずいぶんとお転婆なご帰還だこって」


 《少女》の姿のまま胸に飛び込まれたマグは、呆気なく組み敷かれていました。あまつさえ、死守したアイスキャンディーをつまみ食いされています。

 もう一方の小さい影は、《少女》の分身たるオオフエヤッコダイでした。


《愛しの弟、シャガが帰ってきたぜ! ユリ兄ー》


 オオフエヤッコダイ――シャガは、ユリオプスの膝の上でピチピチと跳ねています。


「うん。おかえりー、シャガ。ハイドランジアさんとの散歩は楽しかったかい?」

《おう!》


 ユリオプスとシャガは兄弟です。聞いての通り、ユリオプスが兄で、シャガが弟です。

 マグとハイドランジアがキッカへ向かわされた理由は、そこにありました。

 ハイドランジアほどではありませんが、特殊な《少女》が支配する《街》。弟――つまり男性であるシャガが、《街》を生み出した《少女》であるということでした。


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