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街街  作者: 物雪恵人
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三章《街》の中心部たる核には《少女》が存在する 二話


 ハイドランジアの漆黒のドレスが解け消えた頃、時を同じくして、カサトトに蔓延っていた《街蝶》も消滅していました。

 《街蝶》を駆除する必要のなくなったフキは、マグの元へと急ぎました。毒舌極まりないフキですが、本当はマグのことが心配で気が気でならない――


「……とんだくたびれもうけだったぜ、ドチクショー。あの粗忽ガキにゃ、生身の人間なら十回は死んでいるだろう罰を与えてやろう」


  毒舌極まりないフキは、本当はマグのことが心配で気が気でならない、などということは全然関係のないことで道を急いでいました。

 間もなく広場が見えてきました。《少女》の暴走を止めたにもかかわらず、もたもたとその場に留まり、住民の安否確認を怠っているマグの姿も確認できました。

 フキは無言のまま、槍をマグに向かって構えました。


「投擲してドタマをぶち抜く。モズの速贄みてーにしてやるよ」


 あくどい笑みを口元に湛え、槍を放とうとするフキ。そこへ思わぬ横槍が入ることがわかりました。


「……なに? チッ……おい、粗忽ガキ! そこを絶対に動くんじゃねえ!」


 経験上マグは、フキから絶対に動くなと言われたら、問答無用で従いませんでした。フキの発言もそれを見越した上でのものです。

 ハイドランジアとサイラスを左右の腕に抱え、マグは回避行動を取りました。

 そこへ入れ替わって現れたのが、鎖分銅付きの大鎌でした。落雷と見まがうような鮮烈さと轟音、破壊力を持って、その場にいる者を驚愕させました。

 マグ達はまさに間一髪、命からがら危機から脱したのでした。

 とはいえ、今のは挨拶に過ぎません。


「――なんでぇ?」


 その声は、大鎌の後を追って、広場に降り立った人物のものでした。声音自体は瑠璃色に咲く花のごとく麗しいのに対し、物言いは稚拙を帯びています。


「ねえ、なぁんでぇぇ? なぁぁんでぇぇえ、邪魔をしますのよぉぉぉおおおおおーーーーーーーーー!!!!!」


 激昂のままに轟かせた詰問が、ビリビリとぶつかってくるのをマグは肌で感じていました。しかし、恐れはありません。


「それはオレが《マチビト》だからだ」


 マグにあるのは落胆と哀切でした。

 ハイドランジアとサイラスをフキに託し、マグは彼女の元へ進み出ました。

 女性は、気品ある貞淑な夫人然とした佇まいをしています。浮かべている笑みは柔和ですが、どことなく不安感を植えつけられました。

 髪型はハーフアップ。たっぷりとした艶のある黒髪を丁寧に編んでいます。

 ブラウスの色は蘇芳。コルセット付きの踝丈スカートは赤褐色。ウエストにつけた《マチビト》のゴーグルとマントが、オーバースカートの様相を呈していました。


「アンタもオレと同じ《マチビト》だろう。なんでこんなことをしたんだ?」


 問いかけられた《マチビト》はオリーブ色の瞳に狂気を宿し、嗤いました。


「娘の、ネリネのためですわ――うふふっ!」


      +++


 《マチビト》の名前はロベリアといいました。

 ロベリアは、婦人用のドレスやブラウスなどを手がける仕立屋の娘でした。年頃になると、父に弟子入りしていた青年と結婚し、後を継ぎました。夫婦ともに腕がよく、また隠居した両親の勧めもあって町から都会へ移り、出店。評判を博します。

 経営が軌道にのり、使用人を雇う余裕が出てきた頃、待望の第一子を妊娠し、可愛らしい女の子――ネリネが生まれました。ロベリアは幸せの絶頂期にありました。


 ところが、ネリネが六歳になる頃、不幸が起こりました。最愛の夫が荷馬車に跳ねられ逝去。途方に暮れるロベリアでしたが、懇意にしていた客や近所からの支援もあり、親一人子一人でも何とか生活してこられました。ロベリアは温かい人々の感謝を胸に、愛娘と日々真面目に生きてきました。

 二度目の不幸は、ネリネが十一歳を迎えた冬のことでした。同じ年の少女達より成長が早く、女性として成熟していたネリネは、評判の悪い金持の息子に目をつけられてしまいました。そして攫われ、乱暴を受けてしまいます。あまつさえ、右目に怪我を負わされ失明。


 怒り狂ったロベリアが金持の屋敷へ乗り込みますが、盗人に仕立て上げられてしまいます。証拠不十分で解放されたものの、翌日から街の人々は手のひらを反すよそよそしさとなりました。この街であの金持ちに逆らっては生きていかれないからでした。

 絶望したロベリアに追い打ちをかけるように、金持の息子がやって来て、母娘揃って自分の情婦になることを強要してきたのです。絶望の淵にあったロベリアは、娘のネリネだけは見逃してほしいと縋りつきました。しかし、それを鬱陶しがった金持の息子によって、その場で斬殺されてしまいます。偶然居合わせたネリネは、母の命を救うことを願い《街》化。


 ロベリアが目を覚ますと、《少女》となったネリネが街の人々の命を食らい尽くしていました。娘の凶行を目の当たりにしたロベリアは、しかし暗い歓喜に湧きました。そんな自分に気がつき、酷く戸惑いました。

 やがてネリネが姿を消すと、血相を変えて取り乱しましたが、やって来た《マチビト》から《街》について教授され、一も二もなく《マチビト》になる決意を固めました。


 仕立屋稼業では生かされませんでしたが、ロベリアは生来より腕っぷしが強く、度胸もあり、また体も丈夫なため、難なく《マチビト》として順応しました。金持の放蕩息子を見かけると反射的に顔面をぶん殴ろうとする悪癖はありましたが、概ね優秀な《マチビト》でした。

 そしてそれは、娘のネリネが《街》として顕現した街、ブルテミドへ行っても変わりませんでした。


 ブルテミドは、朝昼晩とネオンが輝く繁華街。カジノと花街で成り立っているそこは、《街》を抜きにしても、一筋縄ではいかない街です。しかし、そんなことは歯牙にもかけず、ロベリアは人の欲望が渦巻く街で、淡々と《マチビト》の責務をこなしていました。

 けれどそれも、三度目の不幸で一変しました。


 カジノと花街で色めき立つブルテミドは、表面上は華やかで楽しげです。しかしその裏で、数えきれない弱者が日々搾取されていることを、ロベリアは知っていました。とはいえ、《マチビト》はあくまで《街》のスペシャリスト。《街》のこと以外には関われません。


 弱者を平然と虐げておきながら、素知らぬ顔で粋人を気取る。ブルテミドという街に、ロベリアは辟易し、軽蔑していました。ともすれば気が振れそうになるために、深く関わってきませんでした。――その日までは。


 ブルテミドでは、《街》が加害行動を起こす際、甘い匂いを漂わせます。バニラによく似た匂いを感知したロベリアは、早朝から加害行動に見舞われるだろう住民を助けるべく、行動を起こしました。

 無事、《街八分》に遭っていた三人を救出したロベリアが、改めて彼らを見てみると、そこには明らかに性暴力を受けている十代半ばほどの少年と、二十代ほどの男女がいました。


(ああ、また……この街は、いったい何度こんなことを繰り返すのですか……)


 深い絶望がロベリアを蝕んでいきました。

 脳裏では、この後取るべき行動が挙げられていました。加害者を昏倒し、駐在所へ連行。同時に、被害者の保護も求める。それがいつも通りの行動でした。

 ところが、ロベリアを蝕んでいた絶望が脳裏にまで及び、彼女からいつも通りの行動を取り上げていました。


(こんなことがまかり通っている街で、《マチビト》に何ができるというのですか?)


 ロベリアは知っていました。警察へ突き出したところで、弱者から搾取する側の男女は大した罪にはならないことを。保護されたところで、搾取される側の弱者である少年はこれからも搾取され続けることを。


(私は、《街》から何を守っているの? 私が守るべきなのはダレ?)


 自問するロベリアに少年の声が届きました。


「たすけて……おかあ、さん……」


 ロベリアは少年の瞳の奥に、娘のネリネを見ました。幼気で純粋な愛らしさを覚える眼差しです。

 娘と同じその眼差しが悲嘆に暮れぬようにする。


(それが私にできること――)


 自答した時、ロベリアの中で均衡が崩れました。


(《街》に害されようとする命は、等しく《マチビト》に守られなければならない……なんてことは、間違いが横行するこの街では適用しない!)


 ロベリアは昏倒した男女を担ぎ、《街》の内部へ置き去りにしました。内部は、表面の街並みよりも危険が増し、そんなところへ無防備な状態で捨て置かれれば、その末路は決まっています。死あるのみです。

 少年の元に戻ったロベリアは彼に言いました。


「ネリネが、あなたが、もう誰からも傷つけられないように私は強くなります。間違いがまかり通るこの街から、間違いを排除するために。だって私は、お母さんなんですもの――!」


 こうしてロベリアは、《街》から人々を守る《マチビト》である一方で、故意に人を死なせる《マチビト》となりました。

 ロベリアは巧妙に、そして慎重に表と裏の《マチビト》を遂行してきました。また、ブルテミドという街のお国柄ならぬ街柄もあって、《街》の犠牲者が多少増加しても、素行不良者の多い街だからと見過ごされてきました。ロベリアのそれまでの真面目な仕事ぶりも彼女に味方しました。

 違和感を唱えたのは、《マチビト》組織の発足人にして最初の《マチビト》、ロプロでした。ブルテミドでは犠牲者が増加の一途をたどっている。これは不自然だ。優秀なロベリアらしくない。そう思ったロプロは、フキのような《少女》が解放された後も、《マチビト》として従事しているフリーの《マチビト》をブルテミドに派遣を決めました。

 ところが、ロベリアに先手を打たれたのです。それが――


      +++


「それが、《街荒し》」


 ロベリアの回顧に黙って耳をかたむけていたマグが、久しぶりに言葉を発しました。

 ロベリアが肯定の笑みを浮かべます。


「ブルテミドへ来るはずだった《マチビト》は、荒れ狂う《少女》と《街》の対応に追われててんやわんや。お陰で監視の目を逃れることが適いました」

「日が沈めば《街》の加害行動は内部はともかく、表面は沈静化する。だから、夜を待って他の《街》に出向き、《少女》に《街異物》を使った?」

「ええ。他の《街》への侵入も、《街》内部への潜入も、《少女》との接触も私にかかれば朝飯前ですのよ」


 こともなげに言いましたが、やれと言われてもマグにはできません。時間が足りないのです。どう頑張っても三日は要するでしょう。おそらくはフキも。

 マグはようよう理解してきました。ロベリアが非常に優秀な《マチビト》であることを。そしてそれは同時に、非常に厄介な《マチビト》であるということです。

 戦闘はもちろんのこと大捕物も避けたいところです。なにせ太刀打ちできません。よってマグは、話を続けようと思いました。


「今日は? まだ日中なのに、自分の《街》をほっぽってきたの?」

「ええ、まあ。支援者が現れましたので」

「支援者が現れた?」おうむ返しに訊ねましたが、返ってきたのは微笑でした。マグは仕方なく、次の質問をぶつけます。

「ねーちゃ……《少女》が着ていたあの黒いドレスが、《街異物》? まき散らされた《街蝶》……黒い蝶々は《少女》と《街異物》の副産物なんだよね?」


 ロベリアは感心した表情になって「《街蝶》? いい名前ね」とつぶやいてから、


「黒いドレスは《街蝶》が集まってできたものですよ。あの《街異物》には本体、さしずめ《女王街蝶》かしらね――が、いて、左肩にとまらせることで対象者の精神的外傷を呼び起こし、増幅させるのですわ。《少女》の場合は、精神的外傷の増幅に伴って、子供……《子街蝶》を生み出すという嬉しい誤算もありました」


 ロベリアは饒舌になっていました。

 人は語らすにはいられないものです。それは《マチビト》とて例外ではありません。語る内容が重く、口を閉ざさなければならいことほど、誰かに聞いてもらえる機会を待ち望んでいるのです。

 マグは《街異物》の入手方法について話の水を向けました。


「ブルテミドに住まう下卑助どもの中でも、一等の下卑助が所持していたものですわ。心をえぐり、砕くことに快楽を覚える。何人が壊され、何人が死んだかもわかりません。ですから取り上げました。私の手に渡った経緯をお聞きになりたいですか?」


 マグは首肯しました。


「私は《街医者》でもありますの。ブルテミドには正道な医者がいませんでしたから、とても重宝がられました。私はネリネのような非道にあった子達を集め、治療の名の下に端から保護していきました。するとどうなるでしょう?」

「……飢えた獣が獲物を求めて活発に動き出す?」


 ロベリアは両手の前で手を合わせ、ニッコリと笑みを深めました。


「はい、その通りですわ。飢餓感が多少のリスク取ることも止む無しとさせ、まんまと私が仕掛けた罠に引っかかってくれました。安全が確証されている《街》の内部で、ロマンチックで煽情的なひと時を過ごしましょう。幼気な天使達を怯えさせぬよう、ぜひ素敵に着飾ってご参加ください。――そんな陳腐な誘い文句に乗って、老いも若いも男も女も群がってきました。それはもう大漁大漁ですわ!」


 その時のことを思い出しているのか、ロベリアは鈴が鳴るような声で笑いました。


「どいつもこいつも自分が死ぬとも知らず間抜けに着飾って、本当見ものでした!」


 マグは取り合わず、結論を導き出していました。


(とどのつまり、死後回収したわけね。まあ予想通りではあるけど……元の持ち主といい、この人といい、ヤバイものに限ってヤバイ人んところに行くのはどうしてかなぁ~。それぞれが持つ業が引き合わせるのかな~?)


 聞き手が相づちを打たなかったので、語り手の熱がサッと冷めてしまいました。


「おしゃべりはおしまいのようですわね」


(……んあ、やっべ!)


 後悔しても後の祭りです。


「では、あなたには滅んでもらいます。見たところあなたはこの《街》の《少女》に祝福されていますわね。であるならば、あなたを消せば《少女》は再び暴走状態に陥る。《女王街蝶》を失ったのは残念ですが、考えてみれば初めからこうしていればよかったのですわ」


 ロベリアが大鎌を引き抜き、構えました。


「たんまたんま待って! 《街荒し》もブルテミドでのことも、アナタのやったことは全部露見したんだから、もう年貢の納め時なんじゃないの?」


 両手のひらを見せて、マグは言いました。


「いいえ。これからが始まりですわ。私は《街》という《街》の《マチビト》を滅ぼして回ります。祝福されてようとなかろうと、《マチビト》がいなくなれば《街》は人を食らい尽くす。そうなれば、間違いが横行するこの人間社会も滅びゆくというものですわ」


 マグが反論を挟むより先に、ロベリアがこう主張しました。


「ブルテミドの間違いを正そうとして私は気がつきました。枝葉を剪定したところで効果はない。根幹から覆さなければ、人間の世界は変えられないのです」


 到底受け入れられない思想に、マグはいきり立ちます。


「あなたが保護している、あなたが守りたいと思った人達が犠牲になってもいいのか!」

「理を変えようとするのであれば、むべなるかなですわ。それに、今まではあの子達ばかりが搾取を受けていましたが、これで全員が等しく搾取されるのです。大丈夫ですわよ。新しい理の中できっと幸せになれますわ」


 ロベリアの考えには一つも頷けないマグですが、その動機が無垢であることに気づき、切なさで胸が絞めつけられました。

 ロベリアはただ一途に願っているだけなのです。大切なものが、愛すべきものが、罪のない誰かが、傷つかぬよう、泣かぬよう、二度とではなく、一度すら起こさせない。そう願っているだけなのです。そしてそれはきっと――。


「どうしてそこまでするんだ?」


 マグはわかり切った質問をしました。


「私が母親だからですわよ」


 ロベリアは胸に手を当てて答えました。


「私は、娘を守れなかった駄目な母親。母親失格。だからあの子の、ネリネの母でいられるように、母でいるために、……私は、子供のためなら全人類を滅ぼしてでも世界を変えるわ! 人が滅んだ後に残るのは《少女》! つまりネリネよ! 大丈夫! あの子達も《少女》の中で生き続けられるわ!」


 力説のあまり、ロベリアはもろ手を挙げていました。しかしマグにはそれが、天に助けを求めている姿に見えました。

 マグはロベリアの一途な思いにほだされていました。どうにかして彼女を止めたいと必死で考えを巡らせていました。

 なぜならロベリアは――


《だめなおかあさんじゃない、よ》


 この場に居合わせた、マチビトが驚きました。

 とっくに分身体である魚の姿に戻っているだろうと思われていた《少女》が、ハイドランジアが、ロベリアを背後から抱きしめていたのです。母への信頼と愛を示す子供のように、ロベリアの首に腕を回して。


《もうじゅうぶんだ、よ。よくがんばった、よ。ろべり、あ。たったひとりの、たいせつなおかあさんだ、よ》


 ハイドランジアの言葉に、ロベリアは最初困惑したような笑いを漏らしていましたが、やがてそれは嗚咽へと変わりました。

 ロベリアは火がついたように泣きじゃくり続けました。


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