二章《マチビト》とは《街》に魅入られ、《街》を追ううちに人間をやめた者を指す 一話
《マチビト》とは、《街》に魅入られ、《街》を追ううちに人間をやめた者を指す。《マチビト》が〝《街》の人〟なのか、はたまた〝待ち人〟を意味するのかは定かではない。
今日も今日とて《街》は形を変えます。
ルービックキューブをシャッフルするように、民家もお店も学校も、毎日違う場所へ移動します。昨日のお向かいさんが、今日はお隣さん、そして明日は遠方さん――なんてことは日常茶飯事。
したがって、《マチビト》が朝一番に行う仕事は、シャッフルした《街》の把握と簡易地図の製作です。
マグは夜明けと同時に行動を開始し、街中を飛び回ります。行く先で時折、裏時間に取り残された住民の捜索を頼まれます。
裏時間とは、深夜零時の一秒前。《街》が形態を変える瞬間です。この時《街》の中では、《街》以外の全ての時間が止まり、その間に《街》は街並みを変化させます。この刹那にうっかり建物の外へ出ようものなら、一秒後と前では全く別の場所にいることになります。
そうしたうっかりさんは、おしなべて《街》の内部に迷い込むことになり、それを「裏時間に取り残された」と言い表しています。
「きょーおっの、うらじっかんー、の取り残しーは、ゼーロ、ゼーロ、ゼロゼロにーんっと」
デタラメな即興ソングを歌うマグが広場へ降り立ちました。
今し方書き上げた簡易地図を案内板に貼りつけて、朝のお務め完了です。
「さーて、大通りで朝ごはんでも見繕うか~」
両翼を広げたオオミミオオコウモリを模したゴーグルを押し上げ、駆け出そうとしましたが、ハタと足を止めます。
広場の一角に、新鮮な野菜を並べた屋台車が出ているのを見つけました。なおかつ、見知った顔までありました。
「やや? ジョルジュによく似た行商人がいるじゃないか」
マグが空とぼけて言えば、
「いや、まごうことなきジョルジュですって」
すかさずジョルジュがツッコミました。
「おはようございます、マグさん! 早速行商にやって来ましたよ!」
「早速があまりにも早速すぎるぞ、ジョルジュ。あれから一週間しか経ってないじゃないか。物語的にはもう少し時間を置いて、こうググッと成長した姿をだな――」
「何にしましょう? ニンジンにしますか? それともキャベツ? あ、ジャガイモですか? ついでにカブなんてどうでしょう? 今ならアスパラガスもお安くしておきますよ!」
「すんごい押し売りしてくるんだけど。んん? まさか今言ったヤツ全部買うことになってんの? ググッとと成長してるよこの子、とんぼ返りしてきただけなのに。――お会計、全部でいくら?」
ジョルジュは商人の顔でにっこりと笑いました。
「お買い上げありがとうございまーす!」
こうしてマグとジョルジュは、ある意味感動の再会を果たしました。
+++
お昼過ぎ。野菜を売り終えたジョルジュが一息ついていると、マグがロジーを伴って訪ねてきました。
「お疲れさん、ジョルジュ」
「マグさん! ロジーさん!」
「完売か? やるなぁ、行商初日にしちゃ上々じゃないの」
「はい、お陰様で!」
褒められたジョルジュは、素直に喜びました。
ただし、「そうはいっても、購入できなかったお客様もいたんで、もう少し用意してくればよかったです。これでも思い切った量を持ってきたつもりだったんですが、大胆さが足りませんでした」と、反省点を口早に付け足しました。
そして締めくくりに、苦笑して言いました。
「まだまだ小心者ですね……!」
「そんなことはないよ」
マグはしかつめらしく言いました。
「何かをやろうと思い立っても、実際に行動に移すヤツは案外少ない。大体が、手間やコストがかかることを考えて億劫になるんだ」
「わかるかもしれません。僕も父や母の説得には骨を折りました。野菜を持ち出すことも、この屋台車を借りることも、道中の護衛を僕をいじめていた人達に頼むのも……」
「だろう? 初動の成果は結果じゃない、動き出したこと自体だ! その点、動けただけでジョルジュは上出来! しかも、完売っていう成果まで出したんだ。胸を張れ」
「……っ、ありがとうございます!」
「よしよし」
ジョルジュの肩を叩いたマグは、更に言い募ります。
「行動の次に大事なのは継続だ。一回や二回や三回や四回、上手くいかなかったからって投げ出しちゃあもったいないぞ? 単純に四回連続で運が悪かったってこともありうる。何か原因があるなら、解決策を考えるんだ。コツはその一、分割して細かくする。その二、視点を変える。その三、似た事例を探す。これだ」
ジョルジュはメガネの奥の目を丸めました。
「すごい含蓄のある言葉ですね。マグさんはどこでその知識を得たんですか? あっ、やっぱり《マチビト》としての長いキャリアが導き出させたんですか?」
ジョルジュが楽しげに問いました。話しの成り行き上、至極自然な疑問と言えるのですが、マグは途端に言い淀むのでした。
「んえっ? え、えーっと、さぁて、ドコだったかなー?」
漫画のような焦りの汗を飛ばしています。
代わりに答えたのは、それまで黙っていたロジー・リリーでした。ロジーはぼそっとクールに告げました。
「師匠の受け売りでしょ」
「ロジー!」マグの咎める声と、「ははあ」ジョルジュの納得した声が、ほぼ同時に上がりました。
「挨拶が遅れたわね。こんにちは、ジョルジュ君。野菜とっても美味しかった」
マイペースなロジーに、ジョルジュが慌てて応じます。小麦色に焼けた頬に赤みが差していました。
「あ、はい! こんにちは、ロジーさん。早速食べていただけたんですね!」
「うん。マグがポトフを作ってくれてね」
「へぇー……」
ジョルジュは頭の中で、(一緒に生活してるのかな?)と考え、マグの超ド級のマイホームを思い出していました。
「言っておくが一緒に住んじゃいないぞ」
マグがすかさず釘を刺します。美しいロジーを巡る、いじらしくも面倒な色恋沙汰に、マグは厭き厭きするほどかかずらってきたのでした。
「偏食家なんだよ、ロジーのヤツ。放っておくと味気のない栄養食しか食べやがらない。だから、時々は温かいものを食べてもらおうと手を変え品を変え努力してるのに、つれないつれない」
「頼んでないもの。それに、私達には無用の長物よ」
「ロジー」
「し、知ってるでしょ? 《街医者》のこと以外でイレギュラーをされると戸惑うの。食べなかった今日の分の食糧だって、本当は今日食べないといけなくて……」
「わかった、オレが今日中に食べておくってば。でもさ、ロジー、ジョルジュの野菜美味しかったろ?」
「……それは、うん」
「ジョルジュが美味しくて新鮮な野菜を持ってきてくれるなら、食べない手はないだろ。――ジョルジュ、行商に来る日は決めてるのか?」
会話の応酬を傍観していたジョルジュは、不意に名前を呼ばれ、ワンテンポ遅れて反応しました。
「は、はい! えっと、ひとまず毎月三日と二十日を考えています、けど……」
「よし。毎月三日と二十日は一緒にジョルジュの野菜を食べよう」
マグの提案に、ロジーはコバルトブルーの瞳を左右に泳がせます。一度ジョルジュの顔を見てから、コックリと頷きました。
「……わかった」
「よかったよ」
マグは満足げな笑みを浮かべましたが、ロジーはプイっとそっぽを向いてしまいました。
「……私、戻る。失礼するわ」
ロジーは会釈もせず、スタスタと去っていきました。
マグは「悪かったな」と一言ジョルジュに謝りました。
「いえ、僕は別に……。それより、追わなくていいんですか?」
「ロジーは怒ったわけじゃないよ。予定外の行動を取らされて戸惑ってるんだ」
「はあ」
「ロジーの中には、自分で定めた常規的な行動ってのがあるんだ」
「ジョウキテキ?」
「ルーティンだな。日常の型にはまった、お決まりの手順。マイルールとか、ジンクスとか、ジョルジュにもないか?」
「ああ、ゲン担ぎみたいな」
「そんな感じかな。ロジーのゲン担ぎはとっても厳密で、そこから逸してしまうことを苦手とするんだ。担ぎ屋ってわけじゃないぞ。人一倍センシティブな自分の身を守ってるんだ」
言われてみれば、マグとのやり取りの最中、ロジーに不愉快な反応は見られず、純粋に戸惑い、困っているだけのようでした。
「よくわかりました。でもどうして僕にそんな話を?」
「知ってほしかったからだ。ジョルジュにロジーのことを。ロジーが食事のルーティンを変更してくれるのなんて、オレと出会ってから初めてよー?」
マグは手で作ったピストルの銃口をジョルジュへ向けました。
純情なジョルジュは顔を真っ赤にして照れていましたが、だからとって、自分がロジーから恋心を寄せられているとは露ほど思わない、奥ゆかしい少年です。
ただ、つい先日も、ロジーからマグのことを知っていてほしかったからと、マグの秘密を打ち明けられたばかりでした。
ジョルジュはふと、愉快な気持ちになりました。
(正反対のようで、実はけっこう似た者同士なんだなぁ)
同時に、二人にとって自分が、他の人とはちょっぴりでも異なった存在であるらしいことが、嬉しく思われました。
「どうするジョルジュ? 観光していくならつき添うぞ。ねーちゃんまだオマエのこと人見知ってるから、それなりに危ないし」
店仕舞いを済ませたジョルジュに、マグがそう声をかけました。ジョルジュは地味にショックを受けつつ答えます。
「あ、そうなんですね。えっと、どうしようかな。外で人を待たせてるんですよね」
「んあ? そういや、一緒に来た護衛はどうしたんだ?」
「あ~、いやぁ~、僕の体験を話したらすっかり怯えてしまいまして……あはははは」
ジョルジュの話を聞いたいじめっ子らは、中に入らないとごねにごね、門番から門の外で待機することを勧められました。
「まあ、よくあるこったな」
マグが何の感慨もなくつぶやきました。
「でもっ、一人は、《街》へ入らないのはお腹が痛いだけで治ったら絶対入るって言ってたので、もしかしたら――!」
「来ると思うか?」
「……いぇ~」
自分で口にしておきながら、まるで信じていなかったのでしょう。マグにじっと見つめられたジョルジュは、気まずそうに目を逸らしました。
その時でした。ジョルジュの目に、カサトトの門を潜り抜けてくる人影が一つ見えました。
(待ち人――でもないけれど来たる!)
ジョルジュは口を「あっ」の形に開けたものの、音を発するまでもなく閉じてしまいました。なぜなら、門を潜り抜けてきた人物が見知らぬ人だったからです。
取り繕うような笑みをマグに向けようとして、ジョルジュはぎょっとしました。
そこには、これほどまで下げられるのかと感心するくらい口角を下げたマグがいました。
「ゲッヘゥエ~~~」
「どっ、どうしたんですか、マグさん! そんな、そんな……ず、ずんべらぼうな顔して!」
ずんべらぼうな顔をしたマグの元に、その人物はやって来ました。
年齢は四十代半ばから後半といったところ。精悍な顔立ちと目つきをしていますが、その半分は眼帯で覆われています。
髪は緑がかった薄いグレーで、ソフトモヒカン風の短髪。
錆びた鉄のような褪せた肌が、相対する者に、長い年月の風雪を耐えてきたかのような重厚感を印象づけてきます。
「――久方ぶりだな、粗忽者。まだ生きてやがったか」
その声はしゃがれていました。
「おいーっす……! フキお師匠、お久しぶりーッス……!」
マグは、やるせなさとやけくそを相半ばさせたような返事をしました。
「――えっ⁉ お、お師匠って、マグさんの《マチビト》のお師匠さんですか!」
ボロボロになっていて気がつきませんでしたが、その人物――マグの《マチビト》の師匠であるフキは、きちんと《マチビト》共通のマントを羽織っていました。
「……あ? 師匠だ? 違うな。俺はこの粗忽なガキより先に人非人――人で無しになっただけの汚物だ。汚物に師匠も弟子もねーだろうよ」
刺しかない言い様に、ジョルジュの顔もずんべらぼうになっていました。
マグとジョルジュ、それからフキの三人はアルマーテの食堂へ場所を移しました。
道中、一切会話が弾まなかったのでしょう。揃いも揃って喪中のような空気を漂わせる三人でしたが、底抜けに明るいウエイトレスのロマナは通常通りの接客をしていました。
「マグさんはメロンソーダで、ジョルジュさんはオムライスですね。フキさんは、いつもの私のおススメでよろしいですか?」
「ああ。よろしく頼む」
「はぁーい!」
オーダーを承ったロマナが踵を返そうとしましたが、
「待て」
フキが呼び止めました。
「はい?」
「いや、いつも手間をかけさせてすまない」
「いえいえそんな、手間だなんてことありませんよ~」
ロマナが言い終えるのと同時に、すぐ近くのテーブルに座っていた男性客が誤って水差しを落っことしてしまいました。幸い、ほとんど空だったため、床がびしょびしょになることはありませんでした。
「ただいまモップをお持ちしまぁす! お洋服濡れませんでしたか?」
「すまねーなぁ、ロマナちゃん」
「あ、モップなら僕が取ってきますよ」
「え? ジョルジュさんそんな!」
なんてことはないアクシデント。飲食店ではよくある日常の一ページ。その裏で二人の《マチビト》はこんな会話を交わしていました。
「ロマナが転ぶところが見えたんですか、お師匠。優しいですねぇ」
「たりめーだろ。相手は一般町民。俺やテメーみたいな人非人とは違うんだからな」
「さもありなん」
モップをロマナに手渡したジョルジュが席へ戻ると、フキがマグのマントを使ってマグの首をギリギリと締め上げていました。
「テメー、誰にタメ口きいてやがんだ。あぁ?」
「〝さもありなん〟くらい許してくださいよぉ!」
「俺はそう感じたんだよ」
「――なっ、ちょっ、なにやってるんですか⁉」
ジョルジュがなんとかかんとかその場を丸く――否、三角程度には収めたものの、涙目のマグは、
「お師匠のバイオレンスにつき合ってたら体がいくつあっても足りないやい! ヴァーカ、ヴァーカ!」
と、言うなりメロンソーダを飲み干して、食堂を飛び出してしまいました。
(マグさぁぁーん! ちょっとぉ~! この状況で置いて行かないでくださいよぉぉ~!)
マグを追っていきたいのは山々でしたが、できたてほやほやのオムライスを置いてはいけません。
「マ、マグさんにも、ああいった幼稚っぽい一面があるんですね~。あははははは、は、ははっ……」
気づまりする間を置いてから、フキがボソッと答えました。
「あの粗忽なガキは、俺が助けて目を覚ましてから向こうずっと幼稚なままだ」
フキが会話に応じてくれたので、ジョルジュは元気がでました。
「あの――」
「俺や粗忽ガキの話が聞きたいならメシの後にしてくれ。メシがまずくなる」
「へっ? は、あっ、わかりました」
スプーンを口に運びながら、ジョルジュは不思議に思っていました。
(どうして僕が、フキさんやマグさんの話を聞きたがってるってわかったんだろう……)
しかし、よく考えてみれば合点がいきました。
(あ、そうか。今まで何度もせがまれてきたんだ。それこそ耳にタコができるくらいに)
空になったお皿が引き取られ、食後のお茶が運ばれてきます。
少し遅い昼食を求める客足も途絶え、空席が目立つようになりました。
「……頃合いか」
ティーカップを下ろしたフキが、ゴールドオーカーの目をジョルジュに向けました。
「ジョルジュとかいったか。なにが聞きたい?」
「あ、はい。あの……」
ジョルジュはふと、あることに気がつきました。言動こそ粗暴なフキですが、そのゴールドオーカーの瞳は少年のようにキラキラとしていることに。
「どうした?」
「いえ、すみません。申し遅れましたが、僕はジョルジュといいます。以前はカサトトへの移住を希望していましたが、夢破れまして、マグさんにはその時に色々とお世話になりました。今日は初めての行商で野菜を売りに来ていました」
フキは特に返事をせず、頷くことで先を促しました。
「マグさんから《街》のことは聞いています。それから、マグさん自身の事情も、ロジーさんから聞きました」
ジョルジュは太ももに置いた両手にぎゅっと力を込めました。
「《街》の寿命が尽きれば核となる《少女》、ハイドランジアさんが解放される。そのためにマグさんは《マチビト》になった。マグさんはそう言っていましたが、実際に解放された《少女》というのはいるんでしょうか?」
カサトトを発ってからジョルジュは、そのことばかりを考えていました。
「《街》は生みの親の少女の寿命に加えて、《街》が死なせた人々の命で生き長らえる。仮に百人を死なせたとして、一人当たりの寿命を五十年としたら……、それは途方もなく長い時間になりますよね」
マグは既に八十年は生きているという。
「マグさんは……、《マチビト》とは、いったいどれほどの年月を生きるものなんでしょう?」
沈痛な面持ちで自分を見つめてくるジョルジュに、フキはため息交じりに答えました。
「勘違いしてるようだが、《街》の寿命なそんな単純なもんじゃない。《街》の維持に、加害行動、これだけで想像を絶するエネルギーを要しやがる。想像できねーか? 《針の雨》を降らせたり、《街獣》なんて生物を生み出したり、度を越してふざけた現象を起こすのに、いったいどれほどの代償が伴うのか」
ジョルジュの背中を冷たいものが走りました。
「だいたい一日一人だ。一人が生きるはずだった時間、言い換えれば人生か。一人の命が持つそのエネルギーを、《街》は一日で使い切っちまう」
「……そんな……」
ジョルジュは様々な思いが胸でひしめいているのを感じました。
人の命が持つ力と可能性。それを一日で消費する《街》のおぞましさ。おぞましい一方で、かすかに安堵を覚えるのは、自分が想定していたよりも、マグ達の解放が早いかもしれないから。
しかし、マグ達のためとはいえ、かすかにさえ安堵を覚えたことへの罪悪感へ行きます。そして最終的には、一日で消費される誰かの命に対する悲しみと苦しみで、胸どころか頭もズキズキと痛みました。
「《マチビト》がどれほどの年月を生きるか聞いたな。俺が知る限り最長は《マチビト》組織を立ち上げた最初の《マチビト》と言われている男で、千年以上を生きてやがる」
「せ、せんねん⁉」
ジョルジュはメガネを吹っ飛ばさん勢いで驚きました。声もひっくり返ってしまっています。
「落ち着け。メガネも直せ。千年ってのは《マチビト》の中でもレアケースだろうよ」
「あのうぅ~、ちなみにフキさんはおいくつで……?」
「あぁ? 百を超えてることは確かだろうな。汚物の年齢なんざいちいち数えちゃいねーよ」
「そ、そういうものですか……」
百年以上を生きているとなれば、ジョルジュが出会った人の中でまず間違いなく最高齢に当たる。
ジョルジュはフキに対し、ワクワクを覚えている自分を見つけました。それは書物を前にした時と同様の高揚。貴重な歴史書と出会い、知らなかった新しい知識を得ることへの期待感によく似ていました。
「悪いが、《マチビト》と《街医者》は《街》のこと以外は語らねえ」
ジョルジュが何も言わないうちから、フキは機先を制してしまいました。
「人の形をしていても、《マチビト》と《街医者》は人の理から外れた外道であり異形。人の理の中にいる真っ当な人間が、そんな澄んだ目を向けちゃいけねーよ」
「で、でも、長く生きて蓄積した知識や経験はとても貴重なものじゃありませんか! 僕は今日も、そして初めて会った時も、マグさんから大切なことを学びましたよ!」
ジョルジュは先刻マグが語った含蓄のある言葉――本を正せばフキの言葉と聞いたはずですが、興奮のあまり忘れている――について説明しました。
それを聞いたフキは忌々しげに舌打ちしました。
「《街》に関する以外で、俺やあの粗忽ガキが真っ当な人間に教えられることがあるとすりゃあ一つ、《マチビト》にはなるなってことだけだ。他は全部戯言だ。聞き捨てろ」
「なぜです⁉」
「言ったはずだ。俺達は人じゃないってな。ジョルジュ、お前は豚からの助言を聞くか? 聞くはずがねーよな。それと同じ……いや、違うか。豚はお前と同じ生き物だ。だが俺達は違う。お前とは別の理の中にある異質の現象だ」
「僕には、よくわかりません。僕は豚からの助言は聞きたくても聞けません。言語が通じませんから。でも、マグさんやロジーさんやフキさんとは、こうして話すことができます。フキさんが仰るように、たとえ人じゃないとしても、かつては同じ人だった。であれば、マグさんの、フキさんの仰ることは決して戯言なんかじゃありませんよ」
束の間、ジョルジュとフキの視線が刃を交えました。つばぜり合いの末、先に目を逸らしたのはフキでした。
「故郷を飛び出して《街》に移住しようとしただけあって、なかなか強情なボーイだ」
呆れたような言葉に、ジョルジュはフキの中にマグのルーツを垣間見た思いでした。
「いいだろう。理想を語るお前を、俺がとことん打ちのめしてやろう。《マチビト》がいかに異形か、俺がいかに汚物か。とくと聞くがいい」
征服的な言葉とは裏腹に、フキの口調は淡々としていました。強い言葉を用いただけの気概が感じられないのは、それが脅し文句などではないことを意味しているのだろうと、ジョルジュには察せられました。
(話を聞けば気が変わる。フキさんには率直な確信があるんだ)
ジョルジュは気を引きしめました。
「――話を聞かせてください」