一章《街》は生きている 三話
《街》の内部へ呑み込まれたジョルジュは細い通路を歩いていました。
《街》の内部は、日の光の届かない水底のように暗く、不気味にひっそりとしています。
ジョルジュは最初こそ、一人でスリスを探して見せると息巻いていましたが、スリスどころか人っ子一人見かけない状況に段々と心細くなっていました。
「ダダダ、ダイジョーブさ! 少しくらい暗くたって村の夜と比べれば何てことないよ、うん……」
精いっぱいの虚勢を張るジョルジュの脳裏に、家を飛び出す前の父の言葉がよみがえりました。
『《街》に暮らす人々は、《街》に暮らしたくてそうしているんじゃない。それ以外の選択肢がないからだ。故郷以外の生活を知らないから必死で暮らしているんだ。お前のように浮ついた憧れを持った奴が暮らせるものか』
記憶の父の言葉にジョルジュは言い返します。
「うるさい、うるさい! 窮屈で単調で退屈なあの村にいたんじゃ、僕は一生退屈しのぎのオモチャのまま殴られて蹴られて、馬鹿にされる人生を送ることになる! 刺激のある《街》で暮らすんだ! 僕は変わるんだ!」
ジョルジュが叫べば、脳内に響く父の声も声量を増しました。
『自分を変えるために《街》へ行くと言うがな、ジョルジュ。お前の場合は場所を変えたところで同じことだ。お前自身が変わらなければならないんだ。なぜそれがわからない?』
「わかりたくもない。決めつけるな!」
『なぜ黙って暴力を受け入れている? なぜ自分を害する者の名前を私に言えない? なぜ助けてと一言声を上げることができないんだ?』
「報復が怖いからに決まっているだろう! いつだって助けてくれるわけでもないくせに! 助けてほしい時に助けてくれないくせに! だから《街》へ来た! だから村を出た! ここへ来れば変わる、変えられる……!」
ジョルジュは全身の力を振り絞って叫びました。
「僕は変わりたいんだぁぁぁーーーー!」
すると、叫び声が駆け抜けていくのに合わせて通路が拡張していきました。
壁がドミノ倒しのように次々と倒れ、倒れたそばから地面に吸収されています。
暗くてよく見えませんが、天井も同様のようです。重力を無視して、上へ向かってドミノ倒しをする物音がしていました。
通路はあっという間にドーム型の空間へと様変わりです。
ジョルジュはびっくりして腰を抜かしてしまいました。
悲鳴も上げられず、呼吸さえ忘れて固まっていました。
「……ぷっは! ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」
気絶する一歩手前まで来ましたが、どうにか呼吸を思い出せたようです。
しかし《街》はジョルジュの息が整うのを待ってはくれませんでした。
ジョルジが知っているわけもありませんが、《街》の内部は、表面の街並みよりも危険が増します。
つまりこれは《マチビト》たるマグの落ち度でした。
暗所に目が慣れたジョルジュは見ていました。自身を狙って宙に浮くナイフや鉈やのこぎりや鈍器を。
全身を巡る血が凍りついたかのように酷く寒く、また指の一本も動かせません。
唯一動かせるものと言えば顎だけで、ガチガチガチと歯を鳴らしていました。
(ちがう。そうじゃない)
ジョルジュは心の中で必死に否定しました。
(嫌だ。僕は変わりたいんであって、変わり果てた姿になりたいんじゃない)
必死の否定がジョルジュの首を左右に振らせました。
(嫌だ! いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!)
ジョルジュはずっと「助けて」の言葉を呑み込んできました。
それは報復を恐れる以上に、迷惑をかけることを恐れていたからでした。
ジョルジュは自分の小心さが嫌いでした。小心さゆえに、暴力に立ち向かえない自分が大嫌いでした。
そんな嫌いな自分を助けるために、尊敬する父の手を煩わせたくありませんでした。
どんな苦痛にも耐えて、父の前では何でもない顔をして笑っていれば、それでいいと思っていました。
しかしジョルジュは気づいていませんでした。ジョルジュを愛する父は、それでいいとは思わないことを。
父はジョルジュを助けようと手を伸ばし、ジョルジュからも救いを求めて手を伸ばし、手と手を結ぶことを望んでいました。
ところが、迷惑を恐れるジョルジュが手を伸ばすことはありませんでした。
ジョルジュはとうとう自分が許せなくなり、自分を変えるために村を出ました。
もっと言えば、迷惑をかける自分を父の元からいなくさせるのが目的でした。
自由な《街》であれば、叶えたいことが全て叶うと信じて。
そしてそれは、最悪の形をもってして叶えられようとしていました。
怯えるジョルジュをせせら笑うように、ギラギラと光る凶器の群れが編隊を組んで飛んできます。
ジョルジュは命を失う局面にきてよくやく、幾度も呑み込んできた言葉を吐き出しました。
「ぃ……ゃ……だ――嫌だ‼ たすけて……誰か! 父さん! たすけて、たすけてぇぇぇーーーー!!!!」
それはジョルジュの魂からの咆哮。
《街》に足を踏み入れた人々を《街》の脅威から守護するのが《マチビト》の――マグの役目です。
「――オレに任せろ!」
壁に風穴を開けたマグが、差し込む日の光と一緒にジョルジュの元へ降りてきました。
その際に二つのチャクラムを振るい、凶器の第一陣を跳ねのけます。
「マグさんっ!」
「探したぞ、ジョルジュ。よく声を上げてくれたな。偉いぞ」
マグの手がジョルジュの頭にポンと乗せられました。
その手は小さいはずなのにずっしりとした重みが感じられて、ジョルジュは無性に泣きたくて仕方がありませんでした。
マグはといえば凶器の第二陣と、続けて第三陣が動き出すのをのんびりと観察していました。
「あれはチャクラムじゃ落とせないな。うーん、さすがはクライマックス。メチャメチャ刺激的だ」
やれやれとマグは肩をすくめました。
打つ手がないことを意味する発言にジョルジュは顔を真っ青にします。
「えーっ⁉ どっ、どーするんですか⁉」
「ねーちゃんに助っけてもらう」
「ねーちゃんって、そんな人どこにいるんです?」
ジョルジュは辺りをキョロキョロしましたが人の姿はありません。
ただ、人ではなく一匹の赤い魚の姿ならありました。鮮やかな赤い鱗をしたキンギョハナダイです。
「魚っ⁉ ちょっ、水! いや、水? ていうか浮ている⁉」
キンギョハナダイの姿をしたその不思議な魚は、ジョルジュの視線から逃げるように宙を泳ぎ回っています。
「人見知ってなくていいから力貸してくれぃ、ねーちゃん」
マグがキンギョハナダイに向かって親しげに声をかけました。
ジョルジュは瞠目します。
「ねーちゃんって……、その魚がマグさんのお姉さんなんですか?」
マグは遠い目をして答えました。
「ああ、そうだよ。名前はハイドランジア。――オレにとってこの世界で一番大切な、トクベツな女の子……だよ。なあ、ねーちゃん」
キンギョハナダイは、頷く代わりにピョンと一跳ねると、マグの胸へ飛び込みました。
キンギョハナダイはマグの中に溶け込み、マグの全身に線状の光が幾重にも走りました。
光の色はキンギョハナダイと同じく鮮やかな赤い色です。
全身を巡った光は、次に下腹部へと集まりました。
するとマグの下腹部から膝にかけてのエリアから、何かが突き出てきました。
筒状のそれはレーザー砲の砲身です。
自身の体の一部を連想させるその武器に、ジョルジュは現在の危機的状況も忘れて素になりました。
「……ナンデスカソレ?」
「ボッキだ」
マグは親指を立てて答えました。
「まんまじゃないっすかっ! いや、そうではなくてですね!」
「高出力のレーザー砲だよ。全てを無に還す。通称、マグレーザーだ」
「……色々と怒られませんか?」
「何の話だか」
マグは可憐な少女の幼い顔ですっとぼけると、左手の人差し指と中指の指先を右眉に添えました。照準を凶器全体に合わせ、レーザー砲を放出します。
「マグレーザー、ヒ・ラ・メ・キ・イ・ズ・ル!」
閃光が流星のように駆け抜けていきます。
後を追うように、レーザーを浴びた凶器は火花を咲かせて燃え尽きていきました。
スペースオペラのようなその光景は、ジョルジュの理解と想像を超越していました。
ジョルジュは何か夢から覚めたような、妙にすっきりとした心境の自分に気がつきました。
「よっしゃ! 表面へ戻るぞ、ジョルジュ」
体を走る光の線も、レーザー砲も消え失せたマグが笑いかけ、手を差し出しました。
「はい――。助けてくれてありがとうございます、マグさん」
マグの手を取りながらジョルジュは思っていました。
(役者が違う。……ううん、僕とマグさんはきっと、立つ舞台が違うんだ)
+++
マグとジョルジュの二人は《街》の内部から表面の街並みへと脱出し、マグの案内でとある場所を訪れていました。
そこは病院と工房を併設した異様な建物で、薬品と機械油の臭いが入り混じっていました。
「コイツは《街医者》(まちいしゃ)のロジー・リリー。《マチビト》の体のメンテナンスが主な仕事だけど、ロジーは一般診療もやってくれてる。今いるこっちが工房で隣が病院な。だから、ここはまぁ一応病院ってことになるのかな」
処置椅子に腰かけたマグが、自身の股の間にしゃがむ金髪の女性を指してそう紹介しました。
「こんにちは」
紹介に預かったロジー・リリーが、ひょっこりと美しい顔を持ち上げて会釈しました。
金髪のポニーテールが揺れ、キラキラとしています。
ジョルジュは鼻の下を伸ばしながらペコペコと頭を下げました。
「あっ、どうも初めまして~。ジョルジュっていいます~」
――少し、前のことです。
「ロジー。マグレーザー撃った。メンテしてくれぃ」
と、工房に押しかけるなりマグが言いました。
すると、作業着つなぎの上に白衣を羽織った二十代頃のグラマラスな美女が現れ、「そう。わかった」と、二つ返事で了承し、マグを処置椅子に座らせて現在の状態となりました。
マグとロジーにとっては日常的なメンテナンスなのですが、初めて目にするジョルジュは一人、気を揉んでいました。
(……まずいんじゃないのかな、この絵面)
気を紛らわせたいジョルジュは、明後日の方向を見ながら訊ねます。
「マグさん、あのぉ~、お魚のお姉さんのことなんですけど、今はどちらに……?」
「ねーちゃんなら今はいないよ。人見知りなもんで、新参の前には姿を現したがらないんだ。今日もずっとオレの後ろに隠れっぱなし。そういうわけだから、ねーちゃんについて聞きたいことがあるなら今がチャンスだ。気兼ねなく聞けよ」
「……では聞きますけど、あの魚がお姉さんというのはどういうことなんですか? 僕には《街獣》に思えました」
ジョルジュが思い切ってそう言いました。
しばしの沈黙を挟んでからマグが口を開きました。
「魚は《街獣》じゃない。あれは《少女》が作り出した分身だ」
「少女が作り出した分身?」
「ジョルジュは《街》がどうやって生まれるのか知らないよな」
「それは、はい。噂じゃ自然発生すると聞きましたけれど」
ジョルジュの言葉を聞いたマグはニヒルに笑いました。
「違うな、ジョルジュ。この《街》はたった一人のオレの姉から生まれたんだ。《街》はな、人間の少女から生まれるんだよ」
マグに代わってロジーの表情が曇りました。
ジョルジュは言われた言葉が理解できず、目を瞬かせていました。
「……なんですって?」
「《街》の内部、中心部には核があり、そこには《街》を生み出した《少女》がいる。きっかけは願いだ。進退窮まった少女に願いを叶えると唆し、代償として《街》にする存在がいるんだ。《街》は生みの親の少女の寿命に加えて、《街》が死なせた人々の命で生き長らえるシステム」
マグは淡々と口を動かしていました。
「じゃ、じゃあ、《街》が人間を害するのはつまり、寿命を延ばすため……」
今日一日この《街》で体験した不思議な現象の数々。その真意のおぞましさにジョルジュは身震いしました。
マグはジョルジュに構わず続けます。
「ねーちゃんは事故で死にかけたオレを救うために《街》になった。結果、生まれ育った村のオレ以外の命を食らい尽くした。それで今度はここ、カサトトに移ったんだ。新たな命を求めて」
メンテナンスを終えたロジーがマグから離れました。
事情を知っているロジーは、クールな表情を辛そうにしていますが、それはつき合いの長いマグにしかわからない程度の変化でした。
「サンキューな、ロジー」
その感謝はメンテナンスに対してだけではありませんでした。
「《街》の寿命が尽きれば核の《少女》も解放される。そのためにオレは《マチビト》になった。《マチビト》ってのは大抵が《街》になった少女の縁者だ。どいつもこいつも体のあちこちをいじくりまわして、一人残らず人間をバックレてるよ。そうじゃなくちゃ《街》の寿命につき合いきれないんだ」
マグの話は独り言のように滔々と語られました。
「オレは二度とハイドランジアに人を殺させないと誓った。だから今日はジョルジュを守ることができてよかった。助けを求めてくれたオマエにオレは助けられたんだ」
ジョルジュは何か適切な言葉を探しました。
しかし見当がつきません。
励ませばいいのか、慰めればいいのか、それとも憤ればいいのか、悩みました。
けれど答えは出ず、ジョルジュは思考を停止しました。
そして心に浮かんだ言葉を素直に声にしました。
「僕は今日、《街》の美しさに涙しました」
「……そうか」
「あの美しさは命だったんですね。どおりで星々よりも輝くはずで……」
それ以上は言葉が続かず、ジョルジュは再び《街》の美しさを思って泣きました。
その涙は感動から流れるものではありませんでした。
この世の無常、理不尽、無慈悲、すなわち不自由を知って流す涙でした。
不自由を知ることは、少年から夢を奪う代わりに、生きていく強さを与えてもくれます。
「――マグさん、僕はこの《街》への移住を諦めようかと思います」
「……そうか。そうだな」
+++
翌日の昼前、ジョルジュは広場へ来ていました。
毎日変化する街並みですが、広場と出入口の門だけは決まって同じ場所にあります。
広場へは見送りに来たロジーも来ていました。
マグも途中までは一緒だったのですが、ジョルジュに手土産を持たせると言って行動を別にしたのでした。
マグを待つ間、ジョルジュはタバコをくゆらしているロジーに訊ねました。
「あの、ロジーさん。一つ気になっているんですが」
「なに?」
「僕を助けてくれた時、マグさんはお魚の姿をしたお姉さんに力を借りていました。《街》は人に害するものなのに、どうして人助けをするマグさんに味方してくれるんでしょうか?」
ロジーはタバコの火を消して答えました。
「マグが《街》の祝福を受けているからよ」
吸殻を携帯灰皿にしまうロジーの手指を眺めながら、ジョルジュが再び訊ねました。
「というと?」
「《街》には意思があるの。少女の意思がね。《少女》は自分の意思と同調する者に力を貸す。それが祝福。大体は《マチビト》ね。まれに住民にも祝福される人いるみたいだけど」
「それって……つまり、マグさんのお姉さんは人を助けたいってことですよね?」
ロジーはコックリと頷きました。
「《街》としての本能は人の命を求めているけれど、《少女》の意思はそれとは逆にあるのね」
「そうですよね!」
ジョルジュは自分のことのように喜び、破顔しました。
空を仰ぎ、感じ入った声で言いました。
「すごい……! マグさんのお姉さん――ハイドランジアさんはすごい人だなぁー!」
ジョルジュの声を聞きながら、ロジーはクールな顔を曇らせていました。逡巡し、ややあってからこう言いました。
「――本当は姉弟じゃなくて幼馴染なのよ」
「……どういうことですか?」
真実を告白するロジーの目線と、真偽を問うジョルジュの目線が交差しました。
「これはマグの師匠にあたる《マチビト》から聞いた話よ。あの人の本当の名前はハイペリカム。マグ――マグオートはハイドランジアの妹の名前。ハイペリカムという男の子と、ハイドランジアという女の子は、とても仲のいい幼馴染だったそうよ」
ロジーの話はにわかには信じられないものでした。
「そんな……でもだって、マグさんはハイドランジアさんのことを〝ねーちゃん〟って」
言いかけたジョルジュはしかし、思い出していました。
マグが姉弟の間ではあまり使われないであろう言い回しをしたことを。
『ああ、そうだよ。名前はハイドランジア。――オレにとってこの世界で一番大切な、トクベツな女の子……だよ』
ジョルジュの目線が「まさか」とロジーに訴えかけました。
「事故に遭い瀕死の状態になったハイペリカムを救うために、ハイドランジアは《街》になった。《街》になった直後で、暴走状態にあったハイドランジアが最初に死なせてしまったのが、妹のマグオート。せっかく蘇ったハイペリカムも暴走の余波を受けて体を損傷。ハイドランジアは住民の命を食らい尽くして逃亡。後に残ったのは死に体状態のハイペリカムとマグオートの二人のみ。そして二人は駆けつけた《マチビト》に保護された」
「……それからどうなったんですか?」
「マグオートは脳死状態であるものの体に損傷はなかった。ハイペリカムはその逆。結果、二人は一人になったわ。二人の体の損傷した部分を、そうでない部分で補い合ってね」
ジョルジュは絶句し、そんなことが可能なのかと疑いました。
ロジーはそんなジョルジュの反応を予測していました。
「可能なのよ。本人が望んで《街異物》に手を出せばね」
ロジーは誇るでもなく、むしろやるせない面持ちでいました。
「目を覚ましたその一人は、初めはハイペリカムだった。けれど《マチビト》から経緯を聞かされて気絶をした後、もう一度目覚めたその一人は、ハイペリカムでも、マグオートでもなかった。ハイドランジアを姉と思い込んだ弟になっていた」
ジョルジュは目と顔を伏せました。
「それが今のマグよ」
沈痛の面持ちを隠しながらジョルジュは確認せずにいられませんでした。
「どうしてこの話を僕なんかに……?」
「知っていてほしかったの。私みたいな《街医者》じゃない《街》の関係者以外の誰かに。カサトトに住む人達は幼い頃からマグに助けられていて、マグが心の頼りになっているから話せなかったし。それに」
クールな表情を和らげたロジーがジョルジュを見つめました。
「キミって昔の私に少し似ていて、なにか話したくなったの」
「はぁ……」
前半の理由には納得がいきましたが、後半の理由はいまいちピンとこないジョルジュでした。
やっとやって来たマグは抱えるほどの風呂敷包みを背負っていました。包みから、パン屋マシューの芳ばしい匂いが漂ってきます。
「待たせちってめんごなー」
「それは構わないんですけども、まさかその大荷物って?」
「ジョルジュへの手土産だ」
「やっぱり⁉ あのぅ~、マグさん? 大変ありがたいんですが……」
言い難そうなジョルジュの言葉をロジーが引き継ぎました。
「迷惑でしょう、そんな大荷物。三日かけて帰るのよ?」
「食えばいいだろう、食い物ばっかりなんだから。これでもかなり数を絞ったんだぞ? ジョルジュは昨日走りづめでカサトトの名物をあんまり食えてないんだ。食わせてやりたいじゃないか」
「それにしたって限度があるでしょう」
「うるっさいなーもう。ド正論やめてー」
気が置けない仲をうかがわせる会話にジョルジュは安心し、風呂敷包みを受け取ろうと両手を差し出しました。
「……そうですね。大丈夫ですよ、ロジーさん。これでも僕、足腰は強いんです。背負って帰れます」
青空のように晴れやかな笑顔を目の当たりにしたロジーとマグは、顔を見合わせ、小さく笑みをこぼしました。
「気を付けて帰れよ、ジョルジュ」
そう言いながらマグは風呂敷包みをジョルジュに手渡しました。
「はい。この身を守ってくれて、あと財布を取り戻してくれてありがとうございました。――また来ますね」
「ああ。いつでも遊びにおいでな」
「いえ、遊びにじゃありません。この《街》には新鮮な野菜が少ないようなので、次は行商としてやって来るつもりです。これでも農家の長男なんで!」
「おぉ……切り替え早いな」
「えへへ!」
(案外《街》向きの性格かもな)
心に浮かんだ言葉をマグは呑み込みました。
《街》には危険が溢れているのです。
門の向こうへ消える背中が見えなくなるまで、マグとロジーはジョルジュを見送りました。
「ジョルジュって、ちょっと昔のロジーに似てたんじゃないか?」
「私も思ったわ。彼にも言ったけど、キョトンとしてた」
「今の外見じゃあな。無理もない。次、ジョルジュが来たら、《マチビト》と《街医者》の見た目は見た目通りじゃないって教えとかなきゃなー」
頭の後ろで腕を組んだマグが苦笑いしながら言うと、背中から現れたキンギョハナダイが同意するようにピョンと一跳ねしました。
《少女》――ハイドランジアの分身を眺めたマグはふと足を止め、今は閉ざされている門を見ました。
「……ジョルジュのヤツ、大丈夫かな? 村に戻っても」
「大丈夫でしょ、きっと。似ていてもジョルジュ君は私とは違う。助けてと言えたし、家族の元へ帰る選択もできた。それに、《街》への未練をきっちりと断ち切ってみせたわ」
「そうだな。《街》を出る時のジョルジュ、何か逞しい顔つきになってたもんなー。若いヤツはいいねぇ、一晩でも一瞬でもあれば変われる」
時の理から外れたマグがそう言えば、
「マグ、年寄り臭い」
同じく時の理から外れたロジーがそう腐しました。
それを合図に言葉の応酬が始まります。
「おうおう? このキュートなマグさんのどこが年寄り臭いって? マグレーザーお見舞いするぞ?」
「それってセクハラじゃない? 訴えるわよ」
「あー言えばこー言う」
「頭を働かせるトレーニングになっていいじゃない」
「必要ないわ! あーもう、見回り行ってくる!」
「ふふ。行ってらっしゃい。あんまり体壊さないでね。マグレーザーも昨日の今日なんだから使用はなるべく控えてよ?」
そう忠告したものの、ロジーは半ば諦めていました。
《街》の人々が命の危険にさらされた時、己の身も顧みずに助けに行くのが《マチビト》の役目――否、マグが己に課した誓いなのです。
それは一人の少女――ハイドランジアのために捧げられた誓いでもありました。
「行こう、ねーちゃん!」
《――ん。まぐ》
一人と一匹は仲睦まじく寄り添いながら《街》を飛び回りました。
生きている《街》に生きる《マチビト》のマグは、ハイドランジアの解放を達成するため、今日も人々を《街》から守るのでした。