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in blue  作者: bluewind
7/8

07:走る~一緒~帰る

もし機会があるなら音楽を、PINK FLOYD「Wish You Were Here」、NICK DRAKE「Pink Moon」、MY BLOODY VALENTINE「Loveless」などを聴きながら読んでみてください。それらを流しながらこれを書いていました。

 空が、くすんでいる。所々まだらに染みのように、黒く色濃くなっていて、それらが隣り合う辺りの色が滲んで、濁った灰色のような色合いを作っている。それが灰色の不透明な膜のようで、空一面に重々しく垂れ込めている。

 そして空に太陽は、もう無くなっていた。恒久だと思われた光の力は、その永遠を否定した。けれど今はまだ、それまでに空に込められていた分の光を、下の大地へとわずかに放散させていて、世界は精一杯に照らされている。そして地の白い砂が、それを無駄なく空へと再び反射させて、また光は空の中へと飛び立っていく。こうしてまだ何とか、光は在り続けていた。

 今にも潰えてしまいそうな光がまだあるうちに、急がなければならないと思った。

 踏み出す足音が、カツンと冷たい音を出す。地面の土が恐ろしく硬く、その異質さに肝を潰される。


 水際に沿って、野原を走る。草むらを踏みしめる……草の上に乗っかって、走っていく。跳ぶ毎に、景色の物の輪郭が歪んだり、ねじれたりする。走り出したばかりだというのに、息切れが激しい。無機質なガラスのような世界の中を、学校めがけて走る。

 そして校庭の窓越しに中を覗く。真っ暗で何も見えない。両手を開いて指を立てて、窓に指を当てようとした。指は窓ガラスの境を越えて、手応え無く、闇の中へと浸かる。指先にヌルリと濡れた感触。生温かく脈打つ。手を抜き出すと、湿ったと思った手は何ともなく、乾いている。

 暗黒を内に抱えるこの建物は、周りの今にも崩れ消えてしまいそうな青い景色の中で、唯一しっかりした存在としてそこにあり、根を張っている。

 あちらこちらが、壊れそうだ。今にも、青空に亀裂が入る、湖が蒸発する、山々が溶けそうだ。そして、私も、消えてしまうのだろう。描き出された絵の一部一部が、結晶が崩れて剥がれ落ちるように、取れ消えていく。その前に、間に合って欲しいと願う。

 少女は走る、走る、走る、砂を蹴り、草を踏み、一足飛びで草の密生する山々の壁へと辿り着く。落ち着く時間は無い、間髪をいれずに、穴の中へと飛び込み、その奥へと落ちていく。速度は一気に上がり、お互いの距離は一気に縮まる。

 穴は徐々に垂直になっていく。滑る速度は増していく。擦っていた背中はほとんど浮いてきている。地との間を、フワフワと着いては離れてを繰り返す。更に、更に、真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐと。

 そしていつしか地は、背中から消えた。触れるものは何も無く、今はもう空間の只中に、身を浮かばせている。黒い闇の世界の中に、少女は浮かんでいる。頬を撫でた、髪をそよがせていた風も、いつしか消えて……空気さえ無いようだった。




「ねえ、いるんでしょう」

 言葉は暗闇の中に、幾つも重なり、膨らみ、全体に満ちていく。

「うん」

 か細い声が、小さく真っ直ぐ返ってきた。

「行こうよ、空の下に、まだ間に合うから」

「無理だよ、僕は、ここから一歩出たら、消えてしまう」

「大丈夫、私の内側に入ればいい。私の中にいて、守ってあげる。一緒に行こう。来て。ね、まだ間に合うから」

 空気が微かに渦巻いている。迷っていることは伝わってくる。

「見て」

 少女は右の手を握って丸めて、下に差し出した。そして手を開いた。すると、手のひらの中には、光が在った。その五指、掌は、闇の中に唯一、輝いていた。

 そして人差し指と中指を伸ばして、滑らかに撫でるように左から右に一線引いた。するとそこには、青い色が現れた。少し下に手をずらして、また少女は影を拭う。さらに青い色が現れ、所々には薄っすら白い雲も現れた。

「私が、あなたを全て受けてあげる」

 ひと拭い、ひと拭い、黒い影は少女の手の中に、吸い込まれていく。そしてその裏側に隠れていた景色が……空、山、そして湖、今に涙が出てしまいそうなほどに愛しい色が現れてくる。少女は最後のひと拭き、地面の砂が現れる。

 しかし景色はもう、ほとんど原形を残さないほどに、緩く溶けてきていた。空と湖だった大きな青色の中に、山の緑が流れ出していた。交じり合った部分が何かの反応のように、ピカピカと白く鈍く光る。その力でそこは極度に膨らみ、圧力が掛かり、今にも割れて崩れてしまいそうだった。

「僕は結局、完全な世界を創れなかった」

 その様子を見て、少年はそう漏らした。

「影たちがいなくなれば、この世界は均整が取れなくなってしまう。世界が生まれてからずっと……時の経過毎に、青空はどんどん大きく、広くなっていった。それを影たちが、大地で支えていた。しかしもうそれを支えるものがいない。

 そして、影は太陽の化身。影も太陽もいなくなった今、いずれ光は完全に、一切消えてしまうだろう」

「なくならないよ」

 少女は穏やかに囁いた。

「そんな、だって今にも崩れてしまいそうじゃないか。空も、海も、山も、なくなってしまう」

「形のあるものは消えていく、そうかもしれない、けれど光は、生き続ける、在り続ける、見てて」

 そして少女は、走り始めた。三つが入り混じった色の中へと、飛び込んでいく。スピードが増していく毎に、少女の身体は眩く輝く光へとなっていく。少女と色が溶け混じり、さらに滲んでいく。そして一つの色へと、透き通った青色となる。

 青、青だ、この世界は青だ、全ての色の基は青で出来ていている。青はいつまでも、仄かに輝き続けている。




「さあ、帰ろう」

 そして少女は、青色の中心へと歩いていく。少年の影を背負いながら、深い中心へと歩いていく。

 そこには黒い大きなものが在った。もはや壁も窓も無く、ただそこに色濃く在り続けているところ。

「ただいまって言って、帰るんだよ」

 そして少女は、黒い中に両手を差し伸べた。手を、腕を呑み込んで、繋がる。そして身体の中の少年の影は、そこへと滑らかに流れ込んでいった。

 全てが少女から抜ける寸前、少年は指先でわずかに少女を押して気持ちを表した。少女は心から喜びを感じた。

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