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in blue  作者: bluewind
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05:開始~木に隠れる影

もし機会があるなら音楽を、PINK FLOYD「Wish You Were Here」、NICK DRAKE「Pink Moon」、MY BLOODY VALENTINE「Loveless」などを聴きながら読んでみてください。それらを流しながらこれを書いていました。

「鬼ごっこをしよう」

 まだ太陽が真上で大きく赤く燃える頃、湖のほとりまでやってきて、大きな声でそう言った。皆は泳ぎをやめて少女を見て、びっくりして突っ立っている。

「こっちに来て一緒に遊ぼう」

 少女は湖の際まで近付いて、そう皆を何度も呼んだ。

 黒い影は戸惑う素振りを見せながらも、湖から上がってこっちに来てくれた。影は少女の方を一斉に見つめた、少女の次の言葉を待っていた。

「じゃあ始めようね。私が鬼になるね。私が十数える間に、皆は私から離れるように逃げてね。十秒経ったら私は皆を追いかけるから。絶対に捕まらないように逃げてね。私も一生懸命追いかけるから。いい?」

 少女は低くしゃがみ込んだ。

「いち、に、さん、」

 そして一斉に影たちは、風のように四方に散っていった。中には一緒に逃げる者もいた。凄い速さで、学校の方、湖の向こう側……けれど湖の中へは誰も入っていかなかった。

「しい、ご、ろく、しち、はち、」

 少女はわくわくして、膝を抱えながら、こみ上げてくる楽しさ、湧き上がり飛び跳ねたくなる体を必死に抑えていた。もう少し経ったら動ける、そうしたら絶対皆を捕まえてみせる。

「くう、じゅう」

 まず勢いよく立ち上がった。そして周りを見回して、皆がどの辺りにいるのかをざっと確かめた。太陽は依然として暑く明るく照らしていて、景色が白っぽくモヤモヤとぼやけている。その中に皆の姿を見つけるのは大変だった。でも一人ずつ……確かめていった。




 そして最初の目標は、木の陰に隠れた小さな影にした。ちょうど少女に対して、木の裏側に隠れていて、両腕を木の周りに巻いて、こちらを意識していた。

 少女は駆ける。影は、逃げるような気配は見せない。少女が少し斜めから様子を窺おうとすると、影はそれにつれて反対の方にずれる。常に木の裏側に隠れようとしている。決してその姿をはっきりと見せない。

 少女は両腕を大きく広げて上げて、そっと足音を殺しながら側まで近付く。そして一番近いところにある、樹木の前に置かれた両手のひらを、同時に触ってしまおうと思った。

 一瞬の所作、一歩大きく素早く踏み込んで、同時に手を伸ばして、二人の距離を一瞬で消そうとした。

 触ったと思った。けど実際は、少女は木に両手を回して抱きしめていて、その後ろの影はどこにもいなくなっていた。上を見上げた、けれどいない。木の側には少女の姿だけがあるだけだった。

 少女は木の幹に口づけた。そして匂いを、木肌のゴツゴツした隙間の奥の匂いを嗅いだ。幹は一度弾むように表面が跳ねて、揺れ動いて、そして彼女を徐々に呑み込み始めた。幹がうねる毎に、少女は波の中へ、奥へ。そして、少女は薄暗い滲んだ世界に入った。

 そこにいる影を、少女は見つけた。包むように抱きしめようとした。けど、影は両足を折って腕を巻きつけて、小さく小さく縮こまる。胎児のように小さくなる。そして触ろうとすると、一切手応えを感じることなく、少女の体の中へと入り込んでしまった。

 影は震えていて、少女の胸の下辺りに居て、そこをくすぐっている。卵のように綺麗に丸くなって、静かに呼吸を繰り返している。ただ息だけを弱弱しくし続ける。

 少女は出来るだけ影をおどかさないようにと、体のいたるところの動きを静めようと努めた。あらゆる体の律動をもっとゆっくりと……静めて、静めて、止めてあげる。少女の呼吸は、ほとんど止まりかけている。でも影の呼吸は、もう既に停止していた。

 無音の世界で、二人は、少女は影の輪郭を、影は少女の内壁を、それぞれ感じ合っていた。影の輪郭は無骨で、岩肌のように荒くあちこちが角立ち、それが少女の内側を擦りつける。その執拗な刺激に、次第に熱と痛みが滲み出てくる。穴が開いてしまいそう。

 影はまだ更に、際限無く縮んでいく。小岩から小石ほどに、更に礫、粉のように。そして小さくなっていく毎に、堅さが一層増し、同時に熱も激しく発していく。

 胸の真ん中一点に、小さな太陽を抱えているような熱。激しく焼かれ、全てを消失させてしまうほどの熱。いつしか痛みの感覚を超越して、火で胸の中は空っぽになってしまう。


 少女は手を扇いで、求めた。枯渇を埋めてくれるものを、命尽きぬために力を。

 そして、少女の指先から流れ込まれたもの、水の冷たさに体は痺れた。指先と爪の間から染み込み、指一本一本の中を下っていって、手の甲、腕、真っ直ぐに水は身体の中心へと、滑らかに進んでいく。そして中心の洞へと行き着く。寂しい洞を淡々と埋めてくれる。熱は急激に冷やされていき、渦巻く猛りが鎮まると共に、青い水の中に泡が生まれ出した。泡は方向性が定まることなく不規則に水の中を奔る。その混沌の中に翻弄され泳いでいる塵がいる。凝結しているその塵は、言葉も無く、意志も無く、周りに任せて無心に無為に漂っている。

 今にもすぐ、水の中に溶け消えてしまいそうだ。塵は次第に速度を高めていき、上へ上へと昇ろうとする。しかし水流は逆に下降の力を見せる。強烈な摩擦と圧力が塵に与えられ、極小の中でその身に歪みを生じさせる。でも抵抗し続ける。

 少女はお腹に手を当てて撫でる、そして水流はピタリと止まって、温度も温かくなった。勢いのついた塵は中で壁にぶつかりはねて、しばらく激しく内部をグルグルと回っていた。やがてその勢いも止まり、真ん中辺りで止まった。

 そして塵は、膨らむ。小さい時はただの点に見えたそれは、大きくなるにつれて、手足や頭を見せ、指や目や鼻や口を見せ、人の形がはっきり現れてくる。まだ大きくなる、もっと大きくなっていく。

 影の右手は少女の右手と重なり、左手も左手と重なり、足も二つが同じように重なる。二人の身体は、全てぴたりと一致した。

 影の笑みが、少女の顔に微笑みが表れる。影は右手を上げると、同時に少女の右手も上がる。今、少女は、影の身体と一緒になった。

 影は喜びに躍り、少女の体を跳ね上がらせ、幹を辿って枝先へといたる。


 ふんわりとした枝葉の上へ、体を横たえ寝そべる。

 そして影は、少女に口づける。少女の唇の裏側に……影は内から、少女の唇の形に合わせ、重ねて。驚いた少女は、とっさに手で口を覆い、背中が丸まる、その時、影が少女の背中から弾け出るように抜ける。そしてそのまま背中から少女を抱きしめて、「ありがとう」と呟いた。

 温もりのないその影は、少女の振り返りを待たず……そこには既に何も居なくて、大きな青空があるだけだった。


 少女は木の根元で寄りかかるようにしていて、青い深い大空、彼方へと流れていく風の行く先を見つめている。

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