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in blue  作者: bluewind
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04:失敗~お婆さん~鬼ごっこ~出発

もし機会があるなら音楽を、PINK FLOYD「Wish You Were Here」、NICK DRAKE「Pink Moon」、MY BLOODY VALENTINE「Loveless」などを聴きながら読んでみてください。それらを流しながらこれを書いていました。

 今また始まろうとしている、日常。黒い影はいつものようにたむろして、砂利を蹴って土埃を上げながらやってくる、その中にその時少女はいなかった。黒い影たちは、校舎の入り口に立つ少女を見つけて、その前で立ち止まった。少女の微笑みが、黒い影を少し揺らめかせた。

「さあ、遊びにいこう」

 皆の好奇心が少女に注がれていることがはっきり分かる。黙ってついてきて、少女の顔を横から覗き込むようにしたりする。はやるように足取りは細かく速く、湖の周りに沿って歩いていき、やが緑の淵の穴のところまでやってきた。

 振り返って、皆の顔をジッと見る。背の高い奴、低い奴。はしゃいで跳ねる奴、大人しく静かについている奴。でもその姿から一瞬でも目を離して、再び目を合わせた頃には、もう誰が誰なのかが分からなくなる。黒い影は幾つもそこに在って、立っていて、消えては、現われ、でもそれは消えたものとまた別で……

 目を離さなくたって! 目の前で、影たちはすぐにかき消えていく、現れる、消えていく、現れる、消える、消える、消える…………待っていることは出来ない。

 緑の穴へと行く、皆一緒に……しかし結局、それは少女一人だけだった。少女の白いドレスだけが、その壁を通るのを許された。


 少女は消沈し、寂しく、恐る恐る石の室を見る。そして中へと入る。

「僕に会わせようとしてくれたのかい。それは嬉しいけれど、無理だよ。皆は明るい太陽の下でしか存在できないんだから。あの緑の壁は越えられない、皆も、僕も」

「私、何をしてあげたらいいのか分からない。皆にとって何がいいのか。ただ皆と一緒にいて遊んだりしているだけなら、前と変わらないと思う」

「遊ぶっていっても、色々あるよ。皆で一緒にする遊び。学校のお婆さんに聞いてみなよ。遊び、お話、知識、何でも知っているんだから」




 いつもの、学校でのお婆さんのお話の後、皆と一度一緒に校舎を出た。しかし入り口で少女は立ち止まって、皆が湖に行ってしまうのを見届けた後、再び校舎の中に戻っていった。

 暗い廊下を抜けて、いつもの教室に入ったはずなのに、扉を開けた先には、足元から砂利を踏む音がした。崩れた柔らかい小石ばかりが閑散と転がる、荒れた野原になっていて、辺りが暗過ぎて少し先をうかがえない。かろうじて近くが見えるのは、平たい大きい石の上に座るお婆さんの脇に、地面に突き刺された松明の明かりが辺りを照らしていたからだった。

 そしてここは、外の世界とは全く違う空間であることを思い知らされたのは、あの太陽の気だるくなるような暑さが、ここには全く無かったからだった。暑くもなく、寒くもない。ここには空気の寒暖が無かった。それは何ともいえず不思議であり、また少し恐くもあった。

 恐さは、お婆さん自体にも言えた。いつもは地味な着物を着込んでいるのに、まるで正反対の真っ白い装束姿だった。腕やすねをさらけ出した、布地の少ない無駄の無い作りで、左の二の腕には黒い布の帯を何重かに縛り付けていた。無秩序にボサボサに立った髪の中には、角が生えていてもおかしくないような雰囲気を、そのいでたちから醸し出していた。そして少女のことを、睨むように見つめていた。さっきまでのお話の間、一度も目を合わせてもらえなかったことを少女は思い出す。

 少女はお婆さんの前までやってきた。しゃがんで足を崩して地面にベタリと座り込んだ。依然としてお婆さんは黙ったまま睨み続けている。少女もお婆さんの眼の中を覗き込んだ。黒い瞳には光が無くのっぺらとして、色を感じさせない虚無の穴のようだった。段々とその無の空間は広がっていき、少女の視界を呑み込み、やがて少女は闇の空間の中に落ちていた。


 そして、見た。一面闇の世界の壁に穴が開いたように、光の点が浮かび上がり、徐々に丸く大きく開いていった。そしてその光の中に絵が動いていた。絵は人の姿、同じくらいの年頃の子供たちが何か騒いでいた。

 輪になって言い合っていたかと思うと、一人を残して一斉に他の子たちが四散していく。足の速い子はもう豆粒ほどに遠くまで逃げてしまう。しばらく経って、ようやく残った子が走り出した。少しずつ近付いているのに、一方の子は更に遠くへと逃げていってしまう。どれだけ走っても、どれだけ経っても、二人の間は一向に縮まらない。やがて疲れて足の鈍くなった追いかける子が、歩き始めてしまうと、一方の子は更に足早に離れていって、ずうっと遠くへ行ってしまった。

 そして疲れた子は、何度もゆっくり息を吐いて整えていて、次第に落ち着いてきたら……“私”を見た。その子は歩き出して、確かに“私”を目指していた。私は一瞬の迷い、そして離れるように歩き出した。その子は走り出した。私も走り出した。でも私は、本気で走らなかった。待つような気持ちで、その子が少しずつ近付いているのを感じながら、でもその子とは反対の方へと走り続けていた。

 急速にお互いの距離は狭まっていく。そしてその子の手が、私の腕に触れた。途端に、その子は反対方向に……さっきまで近付こうとしていたのに全く逆に、離れていった。私はすぐに追いかけようとした、けど足がすくんでぎこちなく戸惑っている。その子はどこまでも遠くへと逃げていってしまう。でも私は、それを追い掛けることが出来なかった。

 しかしやがて私は、走り出すことを決めた。必死になって追い掛けようとした。皆は速くてどんどん遠ざかっていく。でも走った、走り続けた。

 待って、待って、待って、待って、待って、…………その言葉は、私に対しても、別のところから聞こえてくるようでもあった。私はその言葉につき従うように、地を蹴って、体を前へ前へと跳ばした。

 そしてようやく、ようやく、わたしはようやく、その子に追いつこうとしていた。私は決して速くはなかった。その子が疲れていたわけでもなかった。私はその子に近づこうとして、その子も私に……私の方は決して見ないけれど……向こうの方へと走りながらも、こちらへと近付こうとしていた。だから私は諦めずに、その子の方へと走っていこうという気持ちを保っていられた。

 そして、捕まえた。するとその子は、ピタリと止まってくれた。そして振り返った。その子は、歯を剥き出して笑いながら、私のお腹を小突いた。私もつられて笑った。すると彼は、もっと笑った。

 そして、……「ありがとう」、確かにそう言って、彼の姿は真っ白くなっていき、そして徐々に奥の背景を透かしていって、やがて消えていった。


 太陽の白い光が濃い。目の下の厚ぼったさを感じ、刺激され、涙が出てきてしまいそうだった。更に白い砂の色は飛んで輪郭を消し去り、空も海も、全てが白くかすんでいく。

 白い景色は、ほんのわずかな濃淡があって、それがもやもやと蠢いている。腕の辺りに弱い風を感じる。それが突然強まったかと思うと、白は凝縮を始めて、撚り纏まっていき、一本の線を作る。その白の先はずっと長く続いていて、赤い一点の方へと細く伸びている。

 そして今は世界が、光と闇が反転している。少女は闇の中に居て、唯一目に映るのは、小さくともる火と、白い煙。煙草をくわえた主は、そのままため息と一緒に白い煙を吐いた。その煙が飛散してしまうと、赤い光は下の方に落ちていった。そして地面に擦りつけて消してしまった。もう何も見えない。

 お婆さんは泣いている。

「なあ、あの子は元気だったかなぁ、教えてくれよ、あの子はどうだったのかなぁ」

「元気に皆と遊んでいましたよ。足が凄く速くて、私はあっという間に追いつかれてしまいました」

「でも、もうどこにもいない……いない……」

「お婆さん、手を出して」

 そして少女は手探りで闇の中を、お婆さんのかさついた手を見つけた。氷のように冷たいその手を強く握ると……(お婆さんもしっかりと握り返してきた……決して外れないように……離さないように)……溶け出して、少女の手を温かく濡らしていった。

 やがて闇と沈黙の中に、少女の息だけが静かに響いている。少女は濡れた手のひらで、頬をさすり、湿らした。

「皆に、会いに行こう。一杯遊んでこよう」

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