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in blue  作者: bluewind
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03:石室~少年~会話~願い

もし機会があるなら音楽を、PINK FLOYD「Wish You Were Here」、NICK DRAKE「Pink Moon」、MY BLOODY VALENTINE「Loveless」などを聴きながら読んでみてください。それらを流しながらこれを書いていました。

 光は背中の方へ一瞬で飛んでいった。消失。そして暗黒から次第に滲み出るように、眼の上に浮かび上がってきた光景は、細い深い穴……滑らかな蒼い草の坂道だった。天井には星のようにきらめく日差しの粒が瞬いている。みっしりと生え伸びた草が、トンネルのように丸く細い道を作っていて、下へ下へと降りている。右から左からと迫る草が重なり合って縞を作り、柔らかい温かな凹凸の管の中を、物凄い速さで駆け降りていく。その遙か先に、あの白兎の点が見える。真っ直ぐ、真っ直ぐ、降りていく。

 初めはちょうど体が通るくらいしかなかった穴が、次第に左右が開けてきていた。坂はもう大分なだらかになっていて、ちょうど草の半球の内の部分を底へと、歩くくらいの緩慢さゆったりと降りていた。

 天井はずっと高く、ほとんど光を通さない。薄暗闇の中を、白兎の背中だけが光っていて、それを頼りに進んでいく。そして、やがて白兎の向かう先が現れてきた。


 それは大きな石で出来た室だった。まだ遠くにあった時には、何か地面からボコリと浮き出た出来物のような塊のように見えた。次第に視界に大きくなってくると、大きく四角く切り取られた、不恰好な石の部屋だった。入り口らしい黒い穴が開いている。ちょうど坂が終わった、半球の底の真ん中に、それは鎮座している。

 少女が一番下まで辿り着く前に、白兎は既にその中に入ってしまっていた。完全に下まで滑り終え止まってから、少女はゆっくり立ち上がった。ジッとその室の黒い穴の中を見つめる。

 辺りは半球の草の坂が四方に広がり、それが集束する一番底に、この石の室だけが在る。太陽の光は無い。天井は全く陽が差してなくて、複雑に先の細い葉が敷き詰められるように……縫われた布のようにみっしりと覆われている。なのに、その中は極めて薄暗いものの、中の様子は不思議と見えた。それは、周りの青草自身が、薄っすらとほのかな明るさを持っていたからだ。黒い緑色の明かりに照らされて、白いドレスと白い肌は染められた。

 そして、この中でなお暗いところ……室には光が全く存在しない。“室”の中……その小さな中は、広大無辺の空間が広がっている。その黒い穴……無限に圧縮された空間の中に入れば、たちまち果ての無い宇宙の中に落ちていき、自分の存在は目にも見えない、感じ取ることも出来ない程の極小となる。いや、そこには“自分”という存在も無くなるかもしれない。天も地も無い世界が、そこに在ることを感じ取った。


「早く入ってきて」という声が穴から響いた。その切望の言葉は、石の口が喋ったように聞こえた。石に向かって答えた。

「入っていいの?」

「入ってきて欲しい。ここに居て欲しい」

「あなたは誰?」

「君こそ誰?」

 同じことを自分に返されて、少女は無性に寂しく感じた、無性に悲しくなった。その言葉はあまりに冷たく響いて、自分が独りぼっちにさせられたような気持ちになったからだった。そしてそれは、きっと、目の前の声の主も同じだった。だから余計に悲しくなった。

「私も、あなたにここに居て欲しい」

 闇の中は、不思議な温かさがあった。空気は粘度を持ち絡み、息を吸う毎に身体に入り込んでいく。それが換わりに中の冷たい空気を押し出してくれているように感じた。

 一歩一歩確実に進んでいるはずなのに、前に進んでいる感じがしないのは暗闇のせいなのか。何処までいったら、あの声のところまで辿り着くのか分からなかった。けど、十歩も進まないうちに少女は止まった。そして、あの声はすぐ近くから聞こえた、そう感じた。

「楽にして、好きにして座って」

 膝を曲げて、足を腰の下に折り込む。不意に、上下の感覚が分からなくなった。ここには“地”は無い。今、足のあった方は“何も無かった”かもしれない。足元の先を見た……ただ黒いだけの虚無。

 少年の声は、なお親しげな調子で話しかけてくる。

「僕はここにずっといなければならない、だから君がここに来てくれたことが本当に嬉しい」

「私も、私のことを思ってくれる人がいてくれて、とても嬉しい」

 少女は闇に包まれて、闇と会話をした。少女は、何処を向いても、どんな格好でも、どんな調子でも、好きなように話すことが出来るのが嬉しく感じた。少女は何も考えずに、思うまま喋ることが出来た。少女の発せられた言葉は、闇の中全体に拡散し通り、その中に溶け込むように響き渡った。そして闇からの声は、少女の周りの空気全体から送られてきて、全身を震わすようにして伝えられる。耳ではなく体で、少年の言葉を聞いている。少女は内から外側へと、闇は外から内側へと、声を送った。


「また同じ事を聞くけれど、あなたは誰?」

「僕はここにずっと“居る”。僕は、僕が存在した瞬間から、ここにずっと“居た”んだ。そしてここから“皆”を見つめている。ここから先の昔話は、少し長くなるんだけれど、聞いていてくれる?」

 少女は頷いた。闇で姿は見えないけれど、それを感じ取ってくれると思った。

「僕は生まれてからずっと、闇の中に居る。いや、というよりも、闇そのものが僕なのかもしれない。僕は僕自身に触れることは出来ない。闇という形の無いもの、それが僕自身だった。そのことは、この頃ようやく自分で分かってきたことなんだけれど。

 僕はいつも夢を見ていた。僕は色を望んだ。最初に望んだ色は、青だった。一面に青が、微妙に濃淡を作って、何処までも広がっている光景だった。所々に白く抜けたところがあって、そこから風が生まれ、何でも運ばれて何処へでも自由に行ける。空、雲だった。

 そして次に、僕は新たな青を望んだ。空の青は、虚無だった、それはある意味で、僕自身を映し出したものだった。今度の青は、感じることの出来る、触れることの出来る、実体の在る青が欲しかった。それは自在に形を変えることが出来る。冷たさをもち、熱さをもつ、確かな姿を持つ青が欲しいと思った。海だった。

 そして僕は、そこから先を躊躇った。それらを明るく照らし出す、光を生み出すことを。光は、恐れだった。だって、それは僕とは全く反対の存在だったから。もし光を生み出したなら、反対に僕自身は消えてしまうだろうから。すると……空を望んで、海を望んだ、僕は一体なんだったのだろうかって、凄く切ない気持ちになった。僕はそれらに触れるどころか、見ることさえ出来ないんだから。

 するとその時、何かが僕に伝えてきたんだ。それは言葉じゃない、はっきりとした形じゃないけれど、とても熱心な意思が伝わってきたんだ。そして僕はその意思を呑んだ。すると僕は、いつの間にか、この石の室の中に居たんだ。ここが、僕の存在し得る場所となった。

 僕はこの石の中に棲み続けている。石は、僕を包んでくれている。“僕”という“もの”を、石が形としてそこに纏めてくれる存在だった。

 その見えない“意思”は、君をここまで導いてくれたものだよ。僕はそれを、兎と名付けた。名付けただなんておこがましいけれど、それはその名を受け入れてくれた。でも君が見たその姿は仮のものだから、僕は仮の姿に“兎”と名付けた……といった方が正しい。今はもう元の“光”となって、世界に戻っていったけれど。

 “兎”は僕の居場所を作ってくれて、そしてそれはそのまま光となって空へと昇り世界を照らし出した。太陽だった。

 けど、けど僕の飢えは満たされなかった。美しい世界だった。輝きと喜びに満ちている世界。けど僕は、更に望んだ。その世界に、僕は立つことが出来ない。だからその代わりに……もう一つの僕となる存在を、その世界に立たせたかった。

 だからまず僕は、地を作った。その世界に立って歩けるように。海を囲むように地を作り、漏れてこぼれてしまわないように周りを高くした。そしていよいよ僕はその中に、意思を持ち、思考し、自由に動くことの出来る存在を作ろうと思った。

 僕は風に祈った、海に祈った、土に祈った。風は海と土を巻き上げて、捏ね上げられて、形作られていった。僕が夢の中で見た、僕自身の姿を想像して。手足を、指先や髪の毛、頭を作った。そして最後に残ったことは、その体に命の熱を送り込むことだった。

 僕は最後に、空の“太陽”に、この土の人形に生命の力を与えて下さいと願った。太陽はたちまち大きくなっていき、光が大量にこぼれ落ちる雨のように注がれた。辺りの景色が白んでいって、そこに在る姿は形と色だけになっていった。青い、青い海、空、青い……青と、緑、色の重なり。海と空は同じになり、天地は消えた。

 土人形は、黒い靄が全身から染み出した。すると土は溶けていき、空や海の青色の中に、混じっていった。そして黒い靄は、モクモクと活発に膨らんだり縮んだり膨らんだり……やがて一定の形にまとまっていった。おぼろげな輪郭を持った、黒い靄の存在が現れた。それは確かに生きていて、わずかに全身の上下の律動が見れた」…………




「黒い影は夢見ている、黒い影は自分自身を夢見る、黒い影は友達を夢見る、黒い影は昨日を夢見る、黒い影は明日を夢見る」

「でも、黒い影は、鏡に映らない。黒い影は、記憶を持たない。いつとなく現れて、いつとなく消えていく」

  少女は悟り頷く。

「そして、私は、鏡なんだ」

「君なら……もしかしたら君なら、“皆”に何かしてあげられると思った。だから、君をこの世界に生み出した。僕の代わりに、“皆”に、その姿を映してあげて欲しい、記憶を刻みつけてあげて欲しい。黒い影たちが、この世界から消えてしまっても、覚えている何かが有るように……」

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