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in blue  作者: bluewind
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01:湖~学校

もし機会があるなら音楽を、PINK FLOYD「Wish You Were Here」、NICK DRAKE「Pink Moon」、MY BLOODY VALENTINE「Loveless」などを聴きながら読んでみてください。それらを流しながらこれを書いていました。

 その村は、青と、緑と、光り輝く白で描かれている。空は深く何処までも広がり、その色を映した大きな湖もまた深く暗い。そして湖を囲むように……濃い緑が幾重にも茂る……山がグルリと連なり、雄雄しくそそり立っている。

 太陽はいつも熱く照り、陽炎で景色は揺らぐ……濃淡が微妙に重なり合って混じったりする。

 ベタリと厚く塗りたくられた絵のように、静かな所。その絵はいつも生きていて、変化し続けている。地に這う小さな小さな虫の手足や殻の動きのように、微細に、緩慢に、しかし確実に絶えず動き続けている。

 でも、その世界の全ては、そこにあるもので全てであり、空があって、湖があって、山があって……そしてそこに棲む人たちがいるだけだった。


 畔の先に平屋の学校があって、屋根はベタリと……犬がうだり寝そべっているように低い。壁は茶黒く煤けていて、ちょうど地面の土の色合いと馴染んで、そこに生まれた時からずっと生え育ち、伸びているように在る。窓は黒くほのかに中の物の影を映すだけで、その内ははっきり窺えない。それはまるで身体の中の臓腑のような……椅子とか机とかの形が、一番外側の輪郭だけが分かるだけだった。


 皆、一緒になって湖まで歩いていく。その固まりは勝手気ままに形を変えながら……でも一緒になって道をずっと歩いてくる。

 裸足の子もいれば、服を全く着ていない素裸の子もいる、手や足の無い子もいれば、目鼻が無い子もいる。皆、少しもジッとしていられない子達ばかりみたいで、はしゃいで跳ねたり、急に駆け足したり、やりたいままに愉快そうに騒いでいる。

 その影のような皆の中に混じって、一人の女の子が一緒に歩いていた。何故その子が“一人の”とあえて言うのは、彼女だけが輝くような白いドレスを着ていて、襟や袖の先を綺麗に真っ直ぐ整えていた。歩き方も地面を擦るような足の運びで静かに、両手を重ねて軽く握りながら、ただ静かに押し黙るようにして、皆の輪の中に入って歩いていた。


 そして彼女を入れた“皆”は、次々に学校の門をくぐって、入り口の扉をくぐって、教室へと入っていった。

 そこには机も椅子も何も無く、広い空っぽの木の部屋だった。くすんだ茶色い木の床が、皆の踏み足で軋む。黒板の下の辺りだけは、少し上がった段になっていて……そこに地味な着物を着たお婆さんがあぐらをかいで座っている。頭には黒っぽい煤けた頭巾を、両腕を交差させて、それぞれ反対の袖の中にしまい込み、小さい岩のようにジッと固まっている。

 教室の窓は眩しい、キラキラと目に痛いくらいに輝いているのに、教室の中は暗くて光が入ってこない。

 皆、お婆さんの前に囲むように、それぞれ床に座り込んで、女の子だけは少し余所余所しそうに後ろの方に座って、皆を、お婆さんを見つめる。

 シンー……、しばらく沈黙を作ってから、お婆さんは一人喋り出した。


「夫婦は子供が出来なかった。殊に妻の方は悲しんだ。毎日拝んだし、身体に気を付けて夫に助けてもらい、授かることを願っていた。でも兆しも見られることが無かった。

 しかしある日の夕刻、二人は一緒に散歩から帰ってくると、玄関に布に包まれた赤ん坊が一人で泣いていた。妻は驚いて駆け寄り、抱き上げた。多少痩せていたが、丈夫そうな赤い顔付きと、しっかりした泣き声をあげる子だった。

  誰かが捨てていったのか、分からないが、妻はその子を自分の子供にしようと言った。夫は黙って頷いた」


 そして、お婆さんはそれで、口を噤んでしまう。またちょっとだけの沈黙。そしてそれで、皆も満足したように笑みをみせて立ち上がり、教室を出て行ってしまう。最後には女の子が一人、いつも一人教室に残って座っていて、お婆さんから続きが話されるのを待っている。

 お婆さんの姿はほとんど影の中に入り込んでしまい、姿形がかすかに見えるだけ。今はもうまるで本物の岩と見分けがつかない。

 女の子は、動けない。少しでも動いてしまうと……今、女の子が前の方をよく見ようと背伸びをしただけで、いつの間にかお婆さんの影は、初めから無かったかのようにそこから消えてしまう。このいつもの小話の答えは、目の前にはっきりと現れることがないまま、お婆さんが消え去ってしまう様と同じように、分からないままに無くなってしまう。

 気付いたら、空っぽの教壇、空っぽの教室の中に、自分一人だけが居るだけだった。窓の光は黄色くて褪せていて、もう柔らかく弱い。


 太陽が傾き出す夕方、まだ地面は明るくて白い土が光っているけれど、辺りには緩くとろけた空気が流れている。

 学校を出て裏側を、ちょっと草むらを踏み分けていけば湖に着く。眠たくなるような湖の水面の、緩いきらめき。その柔い光の中を、皆が泳いでいる。その黒い影は相変わらず元気そうに跳ねたり、素早く右に左に行ったり、好き好きにはしゃいでいる。

 女の子はその皆の姿を見ながら、一人、岸に低く生える一本の木のそばに寄る。そしてもたれ掛けながら、ゆっくり腰を下ろす。少し袖のよれをを直したり、頬の汗を指で拭ったりして落ち着いてから、静かに皆の姿を見つめている。

 光の波の中にもぐったり、その上を駆けたり。光を背にしてくっきりと皆の影が見える。二人が一人になったり、一人が三人になったり、消えて、増えて、また消えて、また増えて、また、また、また……

 ずっと見ていて、暑さのことを忘れてしまう。いつの間にか日は暮れて、この山に囲まれた地の中に暗闇がたっぷりと流し込まれる。すると皆の影は、今度はかえって薄っすらぼんやり灯る影となって、浮かび上がってくる。湖から上がってきて、皆が木の周りに集まる。

 そして、今日はもうこれでさようならと、伝え合う。湖に、学校に、皆に、さようなら。さようなら。

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