明日の朝が少し怖い
捜し物はこれですか?
夢の続編? それともリアル?
もうわかんないけれども進むしかなさそう……。
困ったな、めがねはどこにしまったのだろうか。
私は駅の階段を上がるはずなのに、階段がぶれてしまって自分の視力に異常が
あることに気がついた。そうか、そうだ。私は先週眼科で手術を受けたのだということを
思い出した。そのときに右目は人工レンズを埋め込むということになってしまったのを、心のなか
でどうしても納得できていなかったことからどうしても、許せていなかった。
その時は、手術をしないと確実に将来失明してしまうということ、今はやらなくても見える。
だが、いつ手術をするかは任せると機械的に話す医師に言われたが、ほかに誰も相談する相手も
調べていけば先入観があり恐ろしくて二度と眼科へ行かないような気がしていたので、元の小さな町医者の女医さんから聞いた網膜剥離という言葉と、紹介状を頼りに大学病院にいた。
手術をするということがどういうことになるのか、それを知っていたら。もしも、誰か隣にいたら私は今頃どうしていただろうか。
「美咲、めがねは今は調整中だろう、めがねやさんにあるから、僕の肘を持つといいよ」
「ありがとう、ダニエル。ごめんなさい。まだ神経がどこか目がいつもと違うことに気がついていないみたい」
「しょうがないと思うよ。僕だってきっとそうなると思うし、美咲に隣にいてほしいと思うだろう。もっと頼ってくれていいんだ」
私はダニエルの顔を見ようとするが周りにその姿はない。
だが誰か、そう、私は誰かの肘を持っている。
確かに何かを触っている。
そして狭い視界の中で駅の階段を一歩ずつ、歩を進めているのだ。ゆっくりと、そう、苦い匂いのする駅の中を私はダニエルと一緒に。
大学院の時に交換留学生としてアメリカから来ていたダニエルの顔を反芻する脳内。
ブラウンの髪に黒めの瞳のダニエルのことが大好きだった私は、そこで彼の大きな背中を探すけれどもその広い背中はどこにもない……。
「どこなの、ダニエル!!」
「……さん、國﨑さん。大丈夫ですか?」
「えっ」
「おはようございます、朝のお食事をお持ちしましたよ。検温お願いします」
窓の外は明るい光が黄色いカーテンに透けていた。つけっぱなしのテレビを見ると7時過ぎだった。音声をゼロにして常夜灯をつけて眠っていたようだった。入院病棟の個室の部屋に若い看護師の笑顔がある。
「おはようございます。ごめんなさい。テレビつけっぱなしで」
「大丈夫ですよ、個室なので料金も加算されないし、夜の見回りで消そうかどうしようか悩んだのですが、片目が眼帯なので、夜中トイレに行くときの明かりにされているのかもしれないと思ってそのままにしました」
備え付けのテーブルに食事のトレイを置くと、体温計を私に渡してくれる。
ピピ、いつもの音とともに36.5度と表示をする体温計を返すと、手首の脈をとる。
昨日は手術の後、夕食も白米だけを流し込んで9時のニュースを見た後にそのまま眠り込んだ用だった。コロナのために付き添いも立ち会いもお見舞いもできないので、孤独だった。私だけではない。ナースステーションですべての外部からの人は返されるのを見た。手術をする患者はPCR検査を事前に済ませているのだ。だから、こうして体に触れることもできる。
「お痛みはなかったですか?」
「はい」
「8時から眼科の先生の診察がナースステーションの隣の部屋でありますから、またお声をかけます」
「ありがとうございます」
大きくため息をついた。
私は夢を見ていた。
ダニエルはアメリカへ帰った、コロナで帰国してしまったのだ。
彼の両親は医師で、日本の対策が納得できないからという理由で泣き叫ぶ私をおいて、アメリカへ帰ってしまった。愛していた、お互いに。そう思っていた。泣いて、泣いて、そして私は過労で倒れて検査をしていくうちに、眼科で網膜剥離が判明した。
この目はダニエルが私のために、病気であることを知らせてくれたのかもしれない。
いつか、会える。
この目で、ダニエルが救ってくれたこの目で彼の顔を見たいと思う。
スマホをとると、彼のメールアドレスを探す。
しかしもう、そこには彼の名前はなかった。
了