21話 かつての魔王城⑥
ゴットンから受け取ったデライト原石をまじまじと見つめながら眼鏡女が口を開いた。
「勇者アレグスト様のパーティが地下洞窟から魔王城へ突入した時、何か急にチカラが抜けてしまった様な感覚があったと史料にありました。それはデライト原石による魔法力の吸収だったのでしょう」
「地下から攻め入れられた場合を想定しての罠だった可能性もある。もし、俺が魔王でその様な性質の石があると知っていたなら侵入路になりそうな場所にばら撒くだろうな」
「そんな困難を乗り越えて魔王を討ち破った勇者パーティ。誰もが憧れる伝説になるわけですね」
「勇者伝説か……。そんなに綺麗な話ばかりというものでもなさそうだがな」
「えっ!? クミン殿下は何かご存知で?」
「さあ、知らん。俺の知る事と言えば勇者アレグストと呼ばれた男は魔王との決戦の話をあまりしたがらなかったという事くらいだ。パーティのメンバーだった母上もそうだった」
物心がつき始めた頃。俺はその男に幾度となく昔の冒険譚をせがんだものだ。吟遊詩人達が奏でる勇者アレグストの物語のクライマックス、世界を混乱の底に叩き落した魔王との決戦は聴いているだけで血沸き肉躍るものだった。その当事者、まさしく剣を振るったその男に事の子細を尋ねる度に「いつか、な」と言葉が帰って来るだけで虚ろな目をしながら遠くを見つめていた。
そして、眼鏡女と俺が魔王との決戦の話を始めた時にファリスもその男と同じ様な目をしていた。1枚の見えない壁、幼馴染である俺とファリスの間には普段存在しないそれが突如現れた様な感覚だ。自身の様子の変化に気付かれる事を嫌ったのだろう、ファリスは俺に向かって右手を伸ばして来た。
「その石を預かる。いつ、誰のを吸ったかもわからぬ魔法力を抜いて妾のもので満たせておけばよいのじゃろう?」
「あぁ、そうだ」
ファリスに石を手渡したまさにその時だった。ズガーーーーン!ゴォォーーーー!!何かの爆ぜる様な音、続いて何かが崩れる様な音が耳の中を掻き回し始めた。辺りを見回すと勇者パーティを体感出来る遊戯施設ブレイブスクエアの至る所から火の手が上がっていた。そして、勇者に成り切っていたはずの者達が慌てふためき蜘蛛の子を散らす様に逃げ回っていた。その相手は直前まで遊具として相対していたであろう魔物の姿形をしていた魔動人形だ。
「俺とした事が迂闊だった。あれはその気になれば意図的に暴走させられる!!」
洞窟の中にいたヒュドラは尻尾を切り落とされた事による痛みがトリガーとなって暴れ始めた様に見えた。具体的な方法は思い至らないがブレイブスクエアの中にいる無数の魔動人形をまとめて暴走させて混乱の渦に巻き込むのも難しくはないだろう。それはそうとして、この騒ぎを起こす目的は?混乱の先に何がある?自身で考えるより僅かに早いはずだ、眼鏡女に目を向けた瞬間にはズリ落ち気味だった眼鏡を元の位置に押し上げていたのを見てそれを確信する。
「狙われるとしたら何かの企みに触れたと思われるベルステンにございます。この様にブレイブスクエアが混乱すると逃げ出そうとする人々が正門に集中致します。かの者を連行している憲兵団であれば王国に仕える者だけが知る通用口を使って外に出ようとするでしょう」
「その通用口がバレているとしたら待ち伏せにはまたとない場所になるか。いや、確実にバレていると視た方がよいか」
「ここは私がしのいでみせます。クミン殿下とファリス殿は一刻も早く通用口へ!」
「お前1人で片付けられる数か? まして、洞窟の中でデライト原石に魔法力をかなり吸われておるだろう」
「はい。しかし、私は予め魔動器杖に充填しておいた魔法力で戦いますので自身が空っぽでも大丈夫です。殿下もファリス殿も魔法力を相当に失っているとは思われますが、残りを温存して通用口の方へお向かい下さい。そこには真の首謀者が現れる可能性もございます」
「なるほど、な。では眼鏡女に命じる! この場の魔物を一掃せよ!!」
「はっ! 殿下の仰せのままに」
眼鏡女から通用口の場所を聞き出したところで俺とファリスはそこに向かって駆けた。眼鏡女もぐいと前の方に出て魔物と逃げ惑う人々の間に割って入る様子が見えた。瞬時にいつも着ている町娘の服を脱ぎ払って白の法衣の姿になると懐から扇の様な物を取り出して振りかざし始めた。
「あやつ、あの様な物を使うは初めてだな。一体何をするつもりだ?」
眼鏡女が扇を仰いで風でも起こしたかの様に背中の籠に刺さっていた何本もの杖が上空へ舞い上がり始めた。そして、上空に整列した杖は規則的に前方へ移動するもの後方へ、左右へと分かれて何かを形作った。
(あれは雁の形? まさか杖で陣形を組んだのか!?)
眼鏡女の目前に迫るのはサハギンの一群だった。それらが陣形の最前列の真下に差し掛かったところで杖から水属性の魔法が放たれた。その威力は並程度といったところ、水中に生息するサハギンには全く効いていなかった。だが、身体を水に濡らしたまま魔物が駆け続けて次の杖の真下に達したところで前の杖が果たしていた役目がわかった。次の杖から稲妻がほとばしって水に濡れた地表にぶつかり波打つ、激しく打ち付けた鞭の様にのたうち回る稲妻は濡れた地面を伝わり濡れたサハギンの一群に行き渡った。水性の魔物は雷に弱い。眼鏡女は相手の弱点を見破るアキレスの眼鏡を活用し的確な杖の陣形を組んでいたのだ。
「あれが眼鏡女本来の戦い方。2つの魔法を掛け合わせるのはあれの一部を披露していただけか」
雷が落ちたかと思えば暴風が吹き、雨かと思えば火炎が空を躍る。辺りの様子が変わる毎に魔物から発せられたであろう断末魔が響き渡る。様々な属性の魔法が入り乱れて空気をかき混ぜたせいか、急激に空気が薄くなり冷え込み始めた。そして白雪が舞い始めた。
通用口に辿り着いた瞬間、俺もファリスもそもそも出遅れてしまっていた事を悟った。首から上がない死体の脇にキラリと光るものがいくつか転がっていた。それには見覚えがある、ベルステンが身に着けていた宝石だった。その脇には憲兵団を名乗った者達が脱ぎ捨てたであろう隊服が散乱していたのである。
(手回しが良すぎると思ったが、こういう事か!)
既に、ここに来た意味がないのだと感じた瞬間に後ろの方に目をやった。眼鏡女のいた辺りの上空は様々な色の光を発し続けていた。その輝きが増す毎に身をすくめたくなる様な冷たい風が吹いた。そして、激しい雪が吹き付けてきた。それは眼鏡女の奮戦ぶりの表れなのだと気付いた時、俺は吹雪に抗って来た道を戻っていた。
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