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縁切り神社の呪いの札

 ひぐらしの鳴き声も聞こえるようになりました。

「――思っていたより、事態は深刻らしいなぁ」

「おい日山、いったいなんなんだよ。七紙魚神社の呪いの札ってのは……」

 僕からの連絡を受けて、わざわざタクシーをひろって現れた日山は、薄汚いけど……としきりに詫びながら、僕と野々宮を傘岡の駅からほど近い、六畳と三畳が継の間になった古ぼけた下宿へと案内してくれた。本棚を買うのが面倒なのか、畳という畳の上が平積みになった本でいっぱいのこの空間に、最初はどこかおっかなびっくり上がった僕と野々宮だったが、日山の人柄が明るいせいか、部屋の様子にはすっかり慣れてしまった。

「まあ、そうせかすな。それでも飲んで体をあっためろ。まずはそれからだ」

 実家からかすめてきたという、年始の贈り物のココアをすすめられ、僕と野々宮は、部屋の様子に似合わない、高そうなカップへそっと口をつけ、ゆっくりと中身を飲み干していった。そして、空になったカップがソーサーの上に戻ると、待ってましたとばかりに、日山は七紙魚神社、という、聞きなれないシロモノについて、おもむろに説明を始めた。

「七紙魚神社ってのは、北傘岡駅からちょっとばかり西、昔の農林試験場の裏手にある神社なんだけどな。ここの効能は悪縁退散、独身祈願……早い話が縁切りのお社なんだよ。そこのお社で売ってるお札に願いを書いて、境内のご神木へ巻き付ける。するとたちどころに、悪縁とすっぱり縁が切れるというわけだが……その効果テキメンたるゆえんから、あまり軽い気持ちで使うとむしろ願掛けをした本人が不幸になる、とささやかれている曰くあるところなわけ」

「野々宮、お前、誰かしつこく絡んでくるような嫌な相手でもいたのか?」

 話の流れからおおよその察しがつき、隣で押し黙っていた野々宮へ質問を振ると、彼女はこくりと頭をかしげて、クラスメイトの野球部の子です……と、消え入るような声でささやいた。

「ことあるごとに、上げ足を取るようなことばかりしたり、からかうようなことを言ってくるのが馬鹿馬鹿しくって、人から聞いた七紙魚神社のお札を巻き付けたんです。そうしたら、それからしばらくしてその子……」

「――おい、そいつがどうかしたのか」

 二の句の出ない野々宮に、どこかいらだちのような感情をのぞかせると、それまで腕を組んで話を聞いていた日山が、軽い咳払いののちに、近くの本の山から一冊のスクラップブックを取り出してみせた。

「野々宮さん。もしかしてその子は、この事件と関係がありはしませんか」

 日山から、ホチキスの替え芯が入った箱をひとまわり大きくしたような記事の切り抜きを見せられると、野々宮は猫のあくびのような悲鳴を上げ、そうです……と、半泣きになって頷いた。

「そうだったのか……。どうも奇妙な事故だなぁ、と思ったが、まさか裏にこんなことがあったとはなあ」

「おい日山、いったいどんな記事なんだ、見せろよ」

 乱暴にスクラップブックをひったくると、僕は問題の記事に目を落として愕然となった。それは、僕の母校でもある学校のグラウンドで、練習中の野球部員の金属バットの上に雷が落ち、そのまま黒焦げになって死亡した、というものであった。

「――そんな、そんなことってあるのか。いくらなんでもこりゃあ、なんかの偶然だったんじゃねえのか?」

「いや、これは本当だと思うな。七紙魚神社で祭ってたのは、平安の世に貴族のタネをやどしながら、身分の違いからかなわぬ悲恋に散り、この世を去った実に嫉妬深い女が悪霊と化した神様だったからなぁ。そんな神様なら、こんな手ひどい縁切りはやりそうじゃないか」

「お前なぁ、時代を考えろよ。いま令和何年だと思っているんだ」

 すっかり弱っている野々宮を前に、柄にもなく声を張る僕を、日山はどこかうっとうしげに見つめていたが、そのうちにスクラップブックを引き取ってから、しかしなぁ……と、ため息でもつくように口を開いた。

「――実際、伝説ではある種のトバッチリで、貴族の配下の男が六人死んでるそうだからね。七紙魚神社って名前の由来も、七人死んだ、ななしに、それが転じて七紙魚、って説があるぐらいだから……。たぶん野々宮さんはそれをどこかで聞いて、七人目が出ると心配してるんだろう。そうじゃないですか、野々宮さん?」

 日山のうっすらと毒の効いた口ぶりに、野々宮は頬をひくつかせながら、のそりと頭を縦にふってみせた。

「――わたしが、変な気を起こしたばかりに、こんなことに……!」

「厄介なことになってるねぇ。で? あとの語られざる二人というのは、どこのどなたなんですか?」

 近くに置かれた、ポータブルの小さな冷蔵庫から、つめたいオレンジジュースの瓶を出していた日山が、背中越しにつぶやく。

「語られざる二人? なんのことだ、日山」

 訳が分からず、やつの手からジュースの瓶を受け取りながら尋ねると、日山は粘っこい笑みを浮かべて、

「そいつはオレより、お隣の後輩さんに聞いた方がいいんじゃないかな? 野球部員、新歓コンパの三人……で、あと一人誰か死ぬって言うなら、二人ばかり被害者がいないと数が合わないじゃないか。それはどなた、と聞いてるわけさ」

 日山の指摘に、僕は膝を打って、縮こまる野々宮に目を向けた。出会いがしらから、ほとんど泣き顔しか見ていない野々宮の顔は、感情の水位が限界域まで達しているような、実に絶望的な表情で満ちていた。

「話しづらいだろうけれど、ここはひとつ、我々に打ち明けちゃもらえませんか。これもまた、新たな被害者を出さないためにどうしても必要なんですから……」

 ポケットから出した十徳ナイフで栓を抜き、取り出したコップへジュースを注いでやりながら、日山はなだめるような口ぶりで野々宮へ接する。しばらく、だんまりを決め込んでいた野々宮は、ひと口ジュースをなめて気も落ち着いたのか、淡々と、あとの二人のことを語りだした。

「――卒業間際に、同じ学年にいた双子の兄弟が、そろって私のところへ詰め寄ってきたんです。兄弟で同時に同じ相手を好きになってしまった。この際自分たちで決めるよりかは、私に相手を選んでほしい、って言われて……困ってしまったんです。それで、古典でやった竹取物語の逸話を思い出して、私が欲しいものを持ってきてくれた誠実な方とお付き合いします、って返答をしたんです」

 ……新歓の三人のあしらいは、この時に編み出された方法だったのか。

 話を聞きながら、僕は野々宮の柄に似合わない、一種の策士ぶりに舌を巻いた。が、その先に待ち構えている結論は、やはりむごたらしい、実に目をそむけたくなるようなものであった。

「もともとあまり仲の良くない兄弟だったらしくて、それから毎日、お互いの動向を見ながら、私の言ったものを手に入れようとずいぶん骨折ったらしいんです。そして、お兄さんの方がハイネの詩集、弟くんのほうが箱根細工のからくり箱をどうにか手に入れて、私の元へ行こうとした矢先に……土砂崩れで、二人の家がそのまま埋もれてしまったんです」

「……おい日山、そんな事故あったっけか、おれ、覚えがないぞ」

 今度こそは無事であってくれ、という願いもむなしく、渋い顔の日山は、自然災害などの記事をより抜いたスクラップブックを出し、それに該当する土砂崩れの被害報告を指さしてみせたのだった。

「両親不在の時の出来事で、死んだのは兄と弟の二人だけ。むごい話だとは思ったが、まさかその裏にはこんな一幕があったとはねぇ……。七紙魚神社のお札の効果覿面たるゆえんが、まさにここにあるというわけだ」

 そういってスクラップブックが閉じられると、あとには雨のもたらす湿気が、僕や日山、野々宮の顔をなめるように残され、ひどく気味の悪い静けさが、薄暗い部屋の中を支配した。

「――これで、お話しできることは全部お話ししました。ただ、どうしてもわからないんです。いったい、七人目は、どこの誰が亡くなるのかが……」

「野々宮、誰か言い寄ってくるような鬱陶しいの、いないのか?」

 目元をぬぐいながら首を横に振る野々宮に、僕と日山はそっと、困ったな、というアイコンタクトを交わした。相手に見当がついているならいざ知らず、心当たりがないとなれば、事前に予防線の張りようもないのだ。

「策の練りようがないんじゃ、そりゃあ不安にもなりますわな。まあしかし、裏返せば今すぐ誰かが亡くなる、というようなことはないんです。あまり気になさらず、もし、何か動きがあったら、僕か宮坂くんに相談なさい。それが一番、無難でしょうよ。ねえ?」

 日山が元通り、呑気な顔をして笑ってみせたので、野々宮はぎこちないながらも、どうにか元気を取り戻したようだった。そのあとは、日山の計らいでとった出前の中華料理で夕飯を済ませてから、雨のあがった夜空を、僕と野々宮は近場の電停まで、ゆっくりとした足取りで向かい、その日は解散、という形になった。

 家の最寄りの停留所で電車を降り、あとは風呂にでも入って寝るばかり、と考えていると、不意に、後ろから同じように電車を降りた一団の一人が、こちらの左肩へ激しくぶつかってきた。街灯の明かりがさびしい場所だったので、こういうこともあるのだろうと、小さく謝っておくと、相手はこちらをじっと見てから、逃げるようにその場を離れていった。

「なんだありゃ……」

 お互いに表情も読めず、ひょっとしたらこちらがにらんでいるように見えたのかもしれない、と思いながら、僕は市電のいなくなった停留所を背に、家に向かって続く道を歩きだした。

 今にして思えば、この出来事が新たなる悲劇の序章となっていたわけだったのだが、その時の僕はそんなことなど、つゆにも思わなかったのだった。


 次週でいよいよ最終回です。さて、どうなることやら……?

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