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七人目の死者は誰だ

 お盆休みも終わりましたね。でも、まだこのお話は続くのです。

「――最初に言っておくと、三人の死はそろって同じ日に、別々の場所にいたやつらの元へ降りかかってきたんだ」

「……えっ?」

 日山の言葉があまりにもストレートすぎて、僕は最初、何を言っているのかよくわからなかった。

「同じ日に、別々の場所で……? ハハッ、まさかそんなこと……」

「オレだってそう思ったさ。けどなァ」

 鞄の中を漁ると、日山は僕の眼前に灰色がかったコピー用紙をつきつけた。しばらく、僕はその内容を近眼になりそうな距離で読んでいたが、

「――おいっ、これって」

 僕のわななくような悲鳴にコピー用紙をのけて、日山は苦虫をかみつぶしたような表情をこちらへ向けた。

「ほら見ろ、これが動かぬ証拠だ。いくらなんでも、気味が悪すぎるけどな……」

 実際、事の経緯は日山の言葉通り、実に気味が悪かった。まったく同じ日に、しかしまったく別の場所で、確かにあの三人は死んでいたのである。

 一人目の品川は、駅のポスター係に事情を話して、余っているポスターを受け取った直後、人混みにはねのけられてホームへ転落し、そのまま入ってきた快速列車にひかれて即死。

これならまだ痛みのない分よかった、と思えてしまうのは、二人目の田村が、通販で購入し、郵便局留めにしてあったくだんの画集を引き取りに行く最中、工事現場のクレーンから外れた鉄骨が当たって、しばらく病院で苦しんだのち、失血多量で死亡した、という、新聞記事の切り抜きを読んだせいなのだろうか。

「かわいそうなのは大観の切符を頼まれてた大野だよ。転売目的のブローカーとプレイガイドの窓口でけんかになって、突き飛ばされた先が路面電車の線路。で、そこへ運悪く……」

「もういい、よせっ」

 耐えきれなくなって声を張ると、カウンターのほうで伝票を数えていたウェイトレスからキャッ、という悲鳴が上がった。いたたまれなくなって、苦し紛れに咳ばらいを二つ三つすると、僕は日山に、で、そっから……? と、続きを促した。

「三、四日経って、三人の葬式がめいめいの家で行われたんだがね。通夜の席に顔を出した大学の事務員から、同じ日に死んだ、顔なじみだという同級生のことが明るみに出てな。やがて、学生同士の口コミから、歓迎会の席で三人に一連の用事を頼んだ野々宮のことがわかり、話を聞いたそれぞれの親が知り合いの知り合いだっていう、トラブルシューターを通じて、僕のところへ話をつけてきたってわけさ」

「トラブルシューターって……もしかして、古本屋の真樹さん?」

 心当たりがあって、おもわずすぐに出てきたある名前を出しかけると、日山はポンと手を打ち、ご名答、と叫んだ。

「そうそう、ヒマな古本屋、真樹啓介のおあにぃさん。あの人を通じて、僕ンとこへ話がきたってわけさ」

 日山がよく顔を出している古書店の店主、真樹啓介という人は、いつも暇を持て余しているわけのわからない青年なのだが、どうもその筋ではよく知られた、問題解決の名人でもあるらしい。そんな真樹さんが日山へ話を振ったというのは、よほどの難問なのか、それとも、単に面倒くささから下請けに出しただけなのかは、僕にはわからなかった。

「まぁともかく、こんなことがあったわけだ。もしどっかで野々宮を見たら、それとなく本人に、何か変なことはなかったか、とか、最近の様子を聞いておいてくれや。じゃ、頼んだぜ――」

 伝票をポロシャツの胸ポケットへおしこみ、レジのそばにいたマスターへ千円札を渡すと、日山はつむじ風のように「いこい」を出て行ってしまった。

「――日山さん、せわしないですねぇ」

 ウェイトレスが空になったグラスを下げながらささやいたので、僕はちょっとぎょっとしてから、ああ……と頷いてみせる。せわしないのは確かだったが、それにもまして、僕にはアイスコーヒー一杯で押し付けられた、野々宮みすずへの接触が一番気がかりだった。

 ――そんなに簡単に見つかったら、苦労しねぇよ。

 コーヒーの残りを飲み干してから店を出ると、僕は電車通りから市電に乗り込み、途中で折り返しになる、ある大きな製紙会社の前の停留所で、逆方向に折り返す、乗り継ぎの市電を待った。そのうちに、頭上のポリのトタン屋根をぱら、ぱら、と、嫌な音がはじき出したので、僕は傘を持ってきそびれたことを後悔し、最寄りを降りてからどうするかを考えあぐねた。

 だが、悪いことに雨はますます激しくなり、大きな通りの両端からは、水たまりを跳ね飛ばすビシャビシャという音があがりだした。この一帯は昔から道路の具合が悪いので、うっかりすると靴はもとより、くるぶしのあたりまで水につかってしまうこともある。

「いこいを出たのが早くってよかったのかもな……」

 誰もいないのをいいことに、一人ごちてみると、遠くのほうで年代物の市電の、涼やかなフートゴングが迫ってくるのがわかった。

 そして、その時だった。後ろの横断歩道から、水たまりをぴしゃぴしゃと跳ねる、かろやかな足音が近寄ってきたのは……。

「――間に合った」

 覚えのある声に、僕はハタと振り返った。肩先でそろえたショートボブ、糸目がちながらもはっきりとした目立ちの両の瞳に、血の通った赤い唇……。そこにいたのは、渦中の少女、野々宮みすず、その人だったのだ。

「――の、野々宮……?」

 口をついて出た名前に、彼女は声のした方を向いて、宮坂先輩……? と小さく囁いた。かと思うと、彼女はかくりとうなだれて、しきりに肩をしゃくりだした。

「どうした、具合でも悪いのか」

 藍色のカッターシャツを着た彼女の元へ近寄ると、頬のあたりに二筋の濡れたものがあるのに気づいて、僕はぎょっとたじろいだ。

「――おい、野々宮。いったいなにがあったんだ」

「……宮坂先輩、私、私……周りで変なことが起きて、困ってるんです。もしかしたら、人が一人……七人目の死者が出てしまうかもしれないんです」

「な、七人目の……死人だって」

 日山の持ち込んだものを超える、あまりにも唐突な話に僕は立ち尽くしたまま、泣きはらす野々宮の頭をそっと撫でてやるよりほかに方法がなかった。

 軽い夕立と思った大粒の雨は、ますます激しさを増していくのだった。

 続きは来週……

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