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災い成すもの

 怪談ものの番組や記事が増える季節になりましたね。

 

「なんだいいきなり、俺だって暇じゃないんだぜ」

 隙さえあれば僕をゲームセンターなり、ラーメン屋なりに呼びつける悪友・日山恵一が、行きつけの喫茶店『いこい』へいますぐ来い、というひどく一方的な電話を寄こしたのは、そろそろ本格的な梅雨のたよりがありそうな五月の末の金曜日のことだった。

「悪い悪い。いやぁ、居ても立っても居られないことがあったもんだからつい……」

 馴染みのウェイトレスから二人分のアイスコーヒーを受け取ると、日山は僕の肩をしきりにたたいてなだめながら、ま、飲みなさいな、とコーヒーをすすめてくる。丸い顔にバランスよく配置された目や鼻が、愛嬌のある日山の微笑みをますます魅力的にしてくれるから、こちらも怒りをひっこめ、ただアイスコーヒーをなめるより仕方がなかった。

「で? 話って何なんだよ。人の昼寝をさましたツケはでかいんだぜ」

「それがねぇ……」

 日山はそういうと、隣の椅子へ乱暴に投げてあった肩掛けカバンの中から、一枚の写真を取り出した。

「――宮坂、おまえこの女の子に見覚えはないか」

「――ん?」

 すぐにピントが合わず、しばらく目をしばつかせていた僕は、視界が明瞭になった途端おもわず声をあげてしまった。コンビニのコピー機で刷ったらしい、まだかすかに熱のあるエル判の写真に写っていたのは、僕がよく知っている人物だったのだ。

「お前、どうして野々宮の写真を!」

「やはりそうだったか。この子、お前の二級下の野々宮みすずで間違いないんだね?」

 僕の手のひらから写真をむしりとると、日山はあちこちに寄ったしわを丁寧にのばしてから、元通り、鞄の中へと写真を放り投げた。

「――ああ、その通りだよ。おれと同じ高校で、同じ部活だった野々宮で間違いない。――で、どうしてこんな、人の背中越しに撮ったような写真がここにあるんだ?」

 いつの間にか中腰になって立ち上がっていたのに気づいて椅子へ座りなおすと、日山は少し躊躇して、話すと長くなるがな……と、僕の両の目をにらんだ。

「話すと長くなるがな。実は、この子をめぐって三人ばかり、変死をしたやつがおるんだそうだ。で、ひょんなことから、おれのところへその三人の遺族がツラぁ出して、この子の素行を調べてほしい、という話が来たわけ」

「――相変わらず、変なことばっかり頼まれるよなぁ」

 よくよく考えてみれば、日山という男は奇妙な出来事と縁の多い、それでいていつも涼しげな顔をしている変なやつだった。今更驚くこともないだろう、とは思いつつ、僕は馴染みのある後輩・野々宮みすずをめぐって三人も人が死んでいる、ということの真意を、あらためて日山へ尋ねることにした。

「最初にいっておくと、この一連の出来事で被害にあっているのは、みんな我々と同じ三角大学の学生だ。そして、その渦中の人、野々宮みすずは我々の後輩にあたる……というわけ」

「――えっ」

 ストローの袋をちぢめて、そこへ水を垂らしてげじげじのような代物をつくりながら話を進める日山をよそに、僕はひどく驚いてしまった。三角大学というのは、そもそもそんなに大きな大学ではないのだ。校舎だって、けちくさいのが点々と、駅からそう遠くないところにあるだけだから、否が応でも知り合いに顔をあわせる羽目になる。それだというのに、今の今まで、僕はどうして野々宮に出くわさなかったのだろうか。

「野々宮、学部はどこなんだ。こんな狭い大学で顔を合わせないなんて、いくらなんでも――」

「それなら理由は単純さ。あの子がいるのは今年できたばっかの芸術学部……。ほれ、放蕩経営でくたばった町はずれの美術専門学校。あそこにいるから、お前やおれとは顔を合わせる機会がなかったんだとさ。ちなみに彼女は図案科ですって」

「――そういや、新聞部でいつも、見出しやレイアウトはあの子がやってたっけなぁ」

 少子化による経営悪化で廃校になった美術専門学校が買い上げられ、旧制高校時代から続く、三角大学の歴史に初めて美術関係の学部ができたのは知っていた。が、当座のキャンパスが市街地からずいぶんと離れているせいで、同じ町にいながら、僕はついぞ、野々宮の動向を知らなかったのである。

「宮坂ァ、お前人付き合いはいいんだから、年賀状か暑中見舞いくらいはもらってるだろ? それなら知らないなんてこたぁねえとおもったけど……」

「それがなぁ、いっつも手渡しだったから、住所や電話番号を知らねえんだよ。ほら、女の子で、後輩だと連絡先はききにくいしさぁ」

 偽らざる事実を打ち明けると、日山は愛想笑いを浮かべて、け、思春期じゃあるまいに……と、アイスコーヒーをなめながら、僕の顔をじろりと、なめるように見つめた。

「で、その三人、いったいどういう風に変な死に方をしたんだよ」

「――そうそう、そいつが問題なんだ。ま、こういう具合でな……」

 邪魔っ気なアイスコーヒーのグラスをテーブルの奥へ追いやってから、日山は顔に似合わぬ深刻な目と口ぶりで、淡々と事のいきさつを話し始めた。

「事の発端は四月の中頃、ぼちぼち新歓コンパの誘いがあちこちでかかりだすような時期におこった。広告研究会、油画研究会、日本画研究会の合同で行われたコンパの席で、たまたま野々宮の近くにいた三人の男子学生が、彼女をめぐって口論になったんだが、どうもその仲裁に立った野々宮が、こんなことを漏らしたらしいんだ。『私をめぐって争うのでしたら、今から私のいうものを持ってきてくれた人とお付き合いをします』って」

「まるでかぐや姫だなぁ……」

 僕の偽らぬ本音に、日山もだよなぁ、とうなずいてみせる。それにしても、野々宮も大胆なことを言ったものである。

「んで? 野々宮は誰になにを持って来いって言ったわけ?」

「品物自体はまぁ、どうにかならないわけではない品だったんだ。まず、広告研究会の品川ってやつには、越州鉄道の夏の臨時列車の案内ポスターを一枚。油画研究会の田村には田中久光の画集。で、日本画研究会の大野ってやつには、こんど県立美術館でやる横山大観の回顧展の切符。こんなところさ」

「なんだ、それじゃまた三人がぎゃあぎゃあ言っておしまいじゃないか。どうしてそんなものが原因で、三人が三人とも死んじまったんだよ」

 苛立ちながら日山に聞いてはみたものの、内心、僕は不気味な感情を抑えられずにいた。あまりにも、人死にが出たにしては小道具がありふれているのである。もちろん、それぞれの専門の畑ではないと手にはいらないのは間違いないだろうが、どれをとっても、死の香りの漂うような陰惨なものではない。それなのに、なんだか気味の悪い、黒々とした空気が、話の節々に漂っているのだ。

「まあ、そいつをこっから話すわけだが……。正直、引き受けた俺自身も奇妙に思えて仕方がないんだよなぁ」

 日山の顔から明るい色が抜けきり、ただただうつろな視線が僕のほうへ向いていた。



 本作品はなろうでの発表と並行して、連続朗読としてWEBラジオ「ウチダ勝晃の睦月社アワー」内のコーナー「ラジオ文芸館」で八月七日より全国放送されております。放送後一か月はお楽しみいただけますので、興味を抱かれた方はぜひご一聴をば。

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