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ダスティンは、やはり生まれ変わってた。
しかも、あの日の彼にそっくりの、黄金の髪が輝く王国の騎士として。
「ジリアンさん!あんたあの騎士様と知り合いなのかい?!」
驚くあたしに軽く微笑んで、馬の手綱を引いて王城に向かうダスティンの背を呆然と見送る。
その黒い馬の後ろ姿を指さし、薬屋の店主が信じられないという面持ちであたしに話しかけた。
あたしは、ダスティンの今の立場が分からないから、ここは下手なことは言えないと咄嗟に考える。
「いいえ…。まさか!あたしも何が何だか…」
あんな派手な立ち回りをされて、これはあまりにも下手な言い逃れだっただろうか。
周囲の見知らぬ町の人々まで、あたしの言動に大いなる関心を寄せていることがひしひしと伝わった。
恐る恐る目線を上げ、店主をそっと伺い見る。
けれど、そこにはあたしの言い訳をそのまま受け止めた顔の店主がいた。
「だろうな!」
それは周りの人間も同じ。
騎士様と無関係だと言ったあたしに、もう誰も興味を持っていなかった。
それはそれでちょっと狐につままれたよう。
人はあまりにも非現実的なことは受け入れがたく、自分の常識の範囲内で収めたがるってことだろうか。
それほど、あたしはあの騎士様には不釣り合いだってことだろうか…。
けれど、そんな考えごとは、次に店主が続けて言った言葉でどうでも良くなった。
「俺らのような庶民と、あの騎士様が知り合いなんてあるはずないわな。何しろ、あのお方は、第一王女殿下の想い人だと王都中で噂だ。しかも侯爵家のお血筋の殿上人」
それを聞いた途端、あたしは自分の足元にぽっかりと大きな穴が開いたような気がした。
そして、その穴を延々落ちていくような感覚。
これは何?あれから何百年と時間が過ぎ去ったというのに。
この既視感は、何?
ああ、やっぱり!
何度生まれ変わろうと、剣を持つことを仕事にすることはこれまでなかった。
金の髪に生まれつくことも、国王の家臣であることもなかった。
なのに、今生は、輝く金色の髪に、騎士という生業に、王女殿下のお相手という立場。
(あまりに、『ダスティン』と似すぎている…)
あっという間に人並みはまばらとなり、あたしの横には薬屋の店主だけ。
「いやあ、すごかったね、ジリアンさん。ちょうど良い日に薬を納めに来て幸運だったよ。しかも、あんな近くで英雄の顔を見れたんだから」
何も考えられずに、ただ店主が歩き出すその後ろをとぼとぼとついて行く。
「蛮族の討伐に何年もかかったからね。これで王女殿下も、やっと愛しい騎士様と結ばれて万事目出度い」
だめだ…。
あたしの足は、それ以上動かなくなってしまった。
王女殿下はきっと姫の生まれ変わりだ。
そして、ダスティンは姫と夫婦となり、二人幸せに愛し合うだろう。
今まではその前に姫を殺されてしまったけれど、今度はこの国一番の騎士に生まれ変わったのだ。
きっと次こそ、使用人の刃から姫を守りおおせ、二人は結ばれる。
そのために、幾度も繰り返されてきた輪廻。
今度こそ、紅血の契約が果たされる。
ダスティンの幸せが、あたしの幸せ…。
そう言い聞かせながら惚れ薬を作ったことを思い出す。
はは…。こんな何百年も経っても、あたしはまだ未練たらたらじゃないか。
何が幸せだ。
何が見守るだ。
どうしても一つだけ確かめたくて、あたしは店主を呼び止めた。
「薬屋さん。一つだけ教えてもらえないかい?」
人の良い店主は、わざわざ立ち止まってしまったあたしのところまで戻って来て、
「どうしたんだい?」
と問うてくれる。こんな優しさにすら泣きたくなるなんて。
「騎士様の、お名前はなんておっしゃるんだい」
店主は微笑んで答えてくれた。
予想通りの答えを。
「ダスティン・ザン・オベルギウス様だよ」
これは、きっと、最後の輪廻になるだろう。
全てがあたしにそう訴えていた。
***
その晩、あたしは薬屋の店主の家に泊めてもらった。
凱旋の行軍を見るために、いろんな人間が王都に集まっていた。ミューランの森の集落に戻るにも、これから暮れていく道中が物騒だと心配した店主が、半ば強引に泊めてくれたんだ。
「ジリアンさんのお薬は本当に評判が良くてね」
たくさんの野菜が煮込まれたスープを口に運びながら、店主の親子の会話が弾む。
彼の母親が作ってくれた夕飯は、とても温かく懐かしい味がした。
そうだ、師匠にどことなく似ているんだ…。
「あなたのお母さんのお薬もよく効くって主人から聞いてましたよ。今はエーベルから、あなたのことしょっちゅう聞かされるんですけどね」
にこりと微笑んでくれた少し垂れている目が、さらにあたしにそう思わせた。
「や…やめてくれよ、母さん」
この薬屋とは、店主の父親の代からの付き合いだ。
最初の頃はきちんと名前を名乗っていなかったし、父親が若くして亡くなり、他の店で修行中だったこの息子が、立派に薬屋を再開するまで数年を要したせいで、あたしは母親そっくりの娘として、問題なく二代続けてここに出入り出来ている。
ただ、どうもさっきからおかしな風向きだ。
やめてくれと言った店主は、そう言いながら、母親の言葉にあたしがどんな表情をしているのか、一挙手一投足に神経を張り巡らされている気分。
窺われるのが落ち着かなくて、あたしはあえて店主を見てにっこり笑った。
途端に真っ赤になられ、なんだか調子が狂う。
店主は、小さな納戸に急ごしらえで寝床を作ってくれた。
掛けられているのは、母親のお手製のキルトだろうか。
くるまって、明日に備え眠ろうとしたけれど、寝返りをするたびに輝くばかりの騎士の姿のダスティンが脳裏に浮かび、あたしはなかなか寝付けなかった。
「ありがとうございました」
翌朝、早く起きると、店主はまだ休んでいたけれど、母親はもう起き出していた。
何も言わずに一晩家を空けたから、きっとあたしの家と一番近い、アグネロばあさんに心配をかけたかも。
あたしはすぐに帰り支度をした。
師匠に似た母親は、あたしにりんごとチーズを用意してくれ、心からお礼を言う。
すると、包みを持ったあたしの手を、両の手のひらで包み込むと、思い切ったように口を開いた。
「ジリアンさんは、エーベルなんかは好みじゃないかね?」
突然の言葉にきょとんとしてしまう。
「もし、ジリアンさんがエーベルを嫌いじゃないなら、わたしは大歓迎なんだよ」
こ…これはもしかして…。
思いも寄らなかった可能性に行き当たり、あたしはどうにも答えられない。
どこでも一人きりのあたしを、遊びで口説いてきた男はたくさんいたけど、こんなこと、しかも、母親から言われるなんて、斜め上過ぎて呆然としてしまった。
「あなたはとってもきれいだし、突然言われてびっくりしてるとは思うけど、どうにも奥手な息子が歯がゆくって…。息子には内緒だけど、出来たら真剣に考えてみてもらえないかい?」
師匠に似た、人のよさそうな垂れ目の母親に、何を返せるっていうんだろう。
あたしは実は魔女なんですって?
何百年も片思い引きずって、その人が幸せになれるまで、見守ってるところなんですって?
いいや、その時一番心に浮かんだのは、なぜか泣きたいような気持だった。
うんと以前なら、この髪の色だけで誰も近づかなかったってのに、もしかして、こんなあたしを家族に望んでくれるっていうんだろうか。
笑顔を浮かべたつもりだったけど、その顔はくしゃっとなって、何かを伝えてしまっていたかもしれない。
だけどあたしはお礼を言って、ただその場を去るしかできなかった。
ミューランの森までは徒歩で半日。
幸い天気は良く、何もなければ昼前に着けるかもしれない。
狭い街道を一人歩く。
昨日から、ダスティンのことばかり考えていたけれど、さっき薬屋の店主の母親から言われた言葉は、思いのほかあたしの感情を揺さぶっていた。
あたしはどっかで、今生も今までと同じことが繰り返されるだけだと思っていた。
まだダスティンと姫が結ばれるのは先のことだと、どっかで高を括ってた。
彼が紅血の契約を果たすのを見届けるのが、あたしの使命だなんて思いながら、あまりにも長い年月輪廻を繰り返してきたせいで、いつの間にか、それがダスティンと姫が結ばれるのを見届けることだってのを忘れていたんだ。
いつもなら、生まれ変わって前世を思い出したら、ダスティンはすぐにあたしに会いに来てた。
一番若い時は七歳で。
十六歳の時もあったけど、あれはあたしの住まいまで馬を使っても数日かかる距離だったから。
なのに、今回は徒歩で半日の距離なのに、二十歳を過ぎてもあたしに会いに来なかった。
あたしの目の前に馬でやって来た時の様子を思い出す。
明らかにダスティンは記憶を取り戻していたし、偶然あの場に居合わせることがなければ、今日だって、あたしはダスティンがどうしてるのか気を揉みながら、森の小さな小屋で何も知らずに待っていただろう。
しかも、彼はもうすでに姫に会っているのだ…。
今まで、生まれ変わって会いに来た時、すでに姫と出会っていることはなかった。
そして、その姫との、今生では王女殿下との将来がもう決まっている。
(もしかすると、あたしの助言通り、姫を殺しに来る使用人だって、すでに殺めてしまっているのかもしれない)
それなら、誰が二人を邪魔するだろう。
蛮族を討伐し、英雄となって戻って来た、侯爵家の子息であり騎士。
あたしの役目は、もう終わったのか…。
だから、ダスティンはあたしに会いに来なかったのか。
かつて、彼は誓願が果たされた時、あたしに知らせてくれると言っていた。
ああ、果たされた後、会いに来ようと思っていた?
そして、今からまさに姫と結ばれようという時、偶然あたしが目の前に現れて、それで立ち止まったのだろうか…。
「疲れた」
ため息をつき、立ち止まった。
昨夜ほとんど眠れなかったせいか。
その瞬間、大きく咳き込む。
「こんこんこん!」
息を吸うと、ひゅーと音がする。
あたしはただ長生きなだけの女。
薬草から薬を作り、治癒師の真似事をしている。
この音には覚えがあった。
とうとう、長くないかもしれない。
封印して温存していた魔力も、尽きる頃かもしれない。
けれど、この分じゃ、ダスティンのことを、最後まで見守ることぐらいは出来そうだ。
凍えそうな心だって、誰かの家族になることだって可能なんだと知らせてくれた言葉を思い出せば、ポッと小さな火を灯す。
その場にしゃがみこみ、あたしは袋から咳の薬を取り出した。
その時だった。
「これは何の薬だ?」
横からそれを攫われる。
全く気配を感じなかった。
驚いてそちらを見て言葉を失う。
紺碧の瞳がこちらを見つめていた。
「どこか悪いのか?魔女殿。いいや、ジリアン」
ダスティンだった。
一体、いつここに?なぜあたしの通り名を?
そこで、考え事に没頭し、周囲にまったく気を配っていなかったことにようやく気が付く。
「こんこんこん!」
息を吸い込んだ途端、また咳き込んでしまった。
ダスティンは長身の体を折り曲げて、あたしを軽々と横抱きにする。
「いけない。俺の馬に乗ってくれ」
そのまま街道脇の雑木林に入ると、大きな白樺の木に、昨日見た黒い馬がつながれていた。
あたしはその背に乗せられ、ダスティンがその後ろから手綱を握る。
取り上げられた薬が、手の平に戻された。
「取り上げてすまなかった。早く飲んでくれ」
見つめられながら、丸薬を飲み込み水を口に含む。
ほっと息をつくと、手綱ごと抱きしめられた。
「その咳はいつからだ?」
心から心配しているかのような声。
姫は特別だろうけど、あたしのこともまだ何かしらは思ってくれているのだろうか。
あんたの何もかもを知る存在として。
「今朝からだよ。昨夜少し冷えたみたいだ」
あたしは嘘をつく。
だけど、あんたには見抜けないだろ?
だって、あんたとこうして話すのは二十数年振りだもの。
「なら、温かくしよう」
そう言って、ダスティンは肩に羽織っていた長くて重そうな外套を脱ぐと、それであたしを包むように巻き付けた。ふわりとじゃ香が香り、あたしの胸がぎゅっとなる。
なにを言えば良いのか分からず、あたしは黙って前を向き、ぴょこぴょこ動く馬の耳をじっと見ていた。
右の肩にダスティンの心臓の鼓動が伝わる。少し速いその律動に、自分の鼓動も同調したかのように速くなる。
街道は人気もなく、派手な騎士姿を見咎める者もいない。
けれど、集落はそうもいかないだろう。
あそこでダスティンが英雄の騎士様だと知る者はいないだろうが…。
「…昨日はどこで宿を?」
思い切ったような口調で問いかけられた。
この気まずい沈黙を破って、口を開いて言うことがそれ?
「いつも作った薬を納めてる、店主の家だよ」
「昨日、ジリアンの横にいた男のところか」
あの群衆の中で見えていたのか。
しかし、なぜ詰問口調?
「ああ…。母親が親切な人でね」
そう言うと、ダスティンの体から力が少し抜けるのが分かった。
「男と二人ではなかったのか?」
だとしても、あんたに関係はないと思うけど。王女殿下の想い人さん。
「ああ、下世話な想像しないでおくれ」
吐き捨てるように言うと、彼のあごが耳をかすめ、黒髪の中に息を吐き出すように「すまない」と呟かれる。熱い呼気がそこに籠もり、そこから全身を熱くさせた。
二人ともひたすら無言。しかし何も知らない馬は確実に歩を進め、集落にどんどん近くなる。
「もしかして、あたしの家まで送ろうと思っている?」
とうとうあたしの方がしびれを切らして話しかけちまった。
「魔女殿の…、ジリアンの家でゆっくり話をしたい」
一体その通り名をどこで知ったのか。
「それはまずい…。あんたみたいな身なりの人間、あそこの住人は身近で見たこともないだろうさ。あたしは目立ちたくないよ」
そう話しながら、あたしの意識はどうしてかとろりとしてきてしまう。
髪でダスティンの呼吸を、肩で心臓の鼓動を感じて。
いつしか、彼の話声までささやくようになってきた。
「だいじょうぶだよ、ジリアン。眠いなら、もっと俺にもたれて眠れば良い…」
そんなの無理…と思ったくせに、次にあたしが目を覚ましたのは、自分の家のベッドの上だった。




