勇者
誘い出し囲い込み追い詰め、圧倒的な物量で止めを刺す完璧な手はずが整っていた。尾行してきた南条からは、欠片ほどの魔力も感じられない。人気のないこの公園に入り込んだ瞬間から、南条の運命は甘王の手に委ねられたはずだった。
魔力も持たぬ雑魚を殺すつもりなどなかった。前世の記憶を持って転生してきた哀れな雑魚に対して、同じ記憶を共有する者としてせめてもの情けを掛けてやる気ですらいた。だがそんな憐みも、南条が光の勇者だと知れた途端に霧散した。
勇者という名の狂人は昔から存在した。数百年もの間、魔王として君臨した甘王が知る限り、数十年に一度の割合で、勇者と名乗る愚かな人間が現れては消えていった。現れる勇者はひとりの例外もなく魔王討伐を掲げ、さした力も持たぬ身でありながら魔王に挑んでは散っていく。そのわずらわしさから逃れるために、魔王は人類の駆逐を決意したといっても過言ではなかった。
非力な人類は、ごく稀に現れる特異な能力を持つ人間を勇者に仕立て上げる癖があるようで、本来天敵にすら成り得ないほど実力の違う魔王を、人間の手によって討伐することを夢見ていた。その愚かさを知らしめる意味もあって、魔王は討伐に来た勇者を返り討ちにするたびに、その体を乗っ取ったうえで手厳しい罰を人間どもに与えた。だが予想に反して、これで懲りるだろうと人間どもに与えた罰は、歳月を経て天災だと認識され忘れ去られ、やがて再び新たな勇者を生みだし同じ轍を踏むという負のループを生み出した。
数百年に渡り、魔王は数十人の勇者を駆除してきた。勇者、真の勇者、希望の勇者、聖なる勇者、祝福されし勇者。闇の勇者などと名乗る者までいた。次から次へと現れる勇者たちを叩き潰す作業は、正に駆除という言葉がぴったりで、魔王からすれば季節毎に現れる害虫と何ら違いのない存在だった。
光の勇者というシンプルな名を冠した勇者が出現したという報告を受けたときは、魔王城の玉座で思わず失笑したのを覚えている。
いつの時代でも人間どもは変わらず、救世主だの勇者だのといった存在の登場を待ちわびていて、決して自らの力で事態の解決を図ろうとはしない。欲望だけは無限に持ち合わせているくせに、ひとたび苦境に晒されると、英雄、勇者、救世主といった他者からの救済を待ちわびる。これが人間どもの基本スタンスだ。
それでも魔王は、光の勇者の動向を注視していた。勇者個人の力など魔王の前では無力に等しいが、勇者を中心に強力な能力を持つ人間どもが集結し、それを核に討伐軍が組織されたりすると少しばかり厄介なことになる。勇者の資質によっては、そうなる前に対策を取る必要があった。
情報を総括した結果、光の勇者は脅威どころか障害にすら成り得ないとの結論に至った。光の勇者と名乗る貧相な若者は、魔王が一目置いていた三賢者の教えを受けてはいたが、そのポテンシャルはかつて存在したどの勇者より低いと結論づけるしかなかった。人としての戦闘能力は高かったが、魔法や奇跡、光の加護を呼び寄せる能力には乏しく、リーダーとしての求心力も持ち合わせていないようで、主要パーティーすら組めないという有様だった。
大がかりな罠を仕掛け、やっかいな三賢者は葬ってはいたが、バルキリーにはまだ黒狼の騎士ナギトや黄金の屍姫セルフィアなどという人間離れした戦闘力を持つ戦士が存在し、三賢者と同等、あるいはそれ以上の力を持つと言われる九王バド・マーディガンも健在だった。こういった連中が光の勇者を中心にひとつに纏まれば厄介だったが、その懸念も空しく、光の勇者は単身で魔王城に向かうという愚行に走った。光の勇者を名乗る男のあまりの愚かさに、まともに相手をするのも馬鹿馬鹿しくなり、魔王は光の勇者をそのまま放置した。まさかその愚か者が、神を名乗るプライドの高い龍族と共闘し、魔王城を急襲するなどとは思いもせず、その油断が、魔王である自分の消滅という最悪の結果を招いた。




