強化魔法
南条の前に猫たちを率いていた白猫が現れた。ネズミどもが渦を巻き今にも襲い掛かろうとしている中、白猫は置物のように南条の前に座っていた。周囲の状況などまるで関知していないように、白猫は前足で顔を洗い、後ろ足で首の後を掻いている。
「感謝する」
息を切らせながらも、南条は白猫に礼を述べた。この世界に亜人は存在しないから、眼前の猫は人語を解さない家畜でしかないはずだが、一時的とはいえ窮地を救ってくれた相手に礼を尽くすのは当然だ。
白猫が視線を南条に向ける。空のように青い右目と、琥珀色の左目を持つ美しい白猫だった。左右色の異なるその瞳で、白猫は南条の姿を見つめていた。
白猫の姿が南条の視界から消えた。次の瞬間、南条の左頬を何かが掠めた。頬に手をやると、ネズミどもの咬み傷ではない新たな傷が生まれていた。カミソリで切られたような鋭い切口から、玉のような血が浮かび上がる。
振り返ると、音も無く着地する白猫の後ろ姿が見えた。いくら不意を突かれようと、飛びかかってくる猫に遅れをとる南条ではない。傷を受けたのは、白猫のスピードが異常に速かったせいだ。
白猫に敵意が無いのは明らかだ。白猫が南条を殺す気なら、頬でなく首筋を走る動脈を狙えばいいだけだ。白猫の攻撃には、何か意味があるはずだと、南条は再び頬の傷に触れた。
傷が消えていた。頬から零れた血は南条の頬に一筋の線を付けていたが、白猫の爪に抉られたはずの傷口は完全に消えていた。
「魔法。回復魔法」
呟いた南条の全身が碧の光に覆われた。ネズミどもに咬み裂かれた全身の傷が水で洗い流したように消えていく。全身に漲るけた違いのエネルギーは、強化魔法の付与による体力の増強に他ならない。
小さな顎をさらし、見下すように南条を見る白猫と視線が重なった。猫が回復魔法と強化魔法を同時に南条に施したことは間違いない。詠唱を用いず、異なるふたつの魔法を一度に付与する技術など南条は持ち合わせていない。そんなことができる存在は南条が知る限りひとりしかいない。
「ランスロット」
白猫の視線が動き、ネズミの群れの先にいる甘王へと注がれた。薄暗い公園の外灯に照らされた甘王は、相変わらず公園のブランコに座り揺られている。
「吧っ!」
湧き上がる力を一気に開放した。全身を覆っていた碧の光彩が弾け飛び、身体の内部から噴き上がる真朱色のオーラが南条の全身を包み込む。体内を駆け巡る膨大な量のエネルギーを持て余し、南条の身体は熱に浮かされたように震えていた。




