跳躍
「死にたいのか南条。ワシの怒りに触れ、ネズミに喰われて死ぬのが望みか?」
甘王との距離は約3メートル。間合いにして三歩ほどしかない。相手が並みの人間であるなら、一息で距離を詰め、頸椎をへし折ることも可能だ。
「殺気が漏れておるぞ、南条。試してみるがいい」
ブランコから降りた甘王が距離を詰める。甘王の移動に伴い、ネズミの群れが動き始める。
「殺す気はなかったのだがな、光の勇者。しかしワシとお前の関係からすれば、逢うたが最後、殺し合わぬわけにはいかぬか」
甘王の言葉が終わると同時に、足元のネズミどもが南条に殺到した。
襲い来るネズミの群れに構わず、南条は甘王との距離を詰めた。手足を折り畳み毬のように体を丸め、甘王の懐に跳び込むと、大地が震えるほどの勢いで右足を踏み込み甘王の脾腹に向けて右肘を放った。全体重を乗せた肘打ちを雁下と呼ばれる人体の急所に叩き込むこの技は、拳法に精通した公孫翔が多用した死技のひとつだ。いかに魔王とて、人の身である限り無傷では済まない。
必殺の間合いで放ったはずの南条の攻撃は、不意に出現した黒い肉の壁に阻まれた。音速に近い南条の攻撃を上回る速さで、ネズミの群れが障壁となり甘王を守ったのだ。
間髪いれず、南条はその場から跳躍した。自分の攻撃が失敗に終わったのなら、敵の反撃は必至だ。左右前後いずれに逃げたとしても、南条を取り囲むネズミの群れから逃げることなどできはしない。四方から襲い掛かるネズミを躱すため、南条は真上に向けて跳躍した。
南条の真上には、青葉が茂る桜の枝が張りだしていた。枝を掴み、身体を引き上げ、桜の幹沿いに移動しながら、南条は眼下の状況を確認する。甘王を中心に、ネズミの群れは直径にして30メートルほどの大地を埋め尽くしていた。木から木へと移動しようにも、南条のいる桜の木から直近の樹木まで10メートルは離れていて、飛び移ることはできない。
「相も変わらず往生際が悪い」
魔王の声には、どこか面白がっているような響きが含まれていた。チェックメイトまでの手筋が決まっているゲームの中で、無駄に足掻く相手に呆れているのかもしれない。
「無駄な抵抗は絶望を深めるだけだぞ、南条。逃げ道などありはしない」
桜の幹を黒く覆いながら、ネズミの群れが這い上がってくる。確かに逃げ道はない。跳躍して地面に着地したとして、ネズミの群れを振り払いながら、どれほどの距離を進めるだろう?おそらくは数歩も進まないうちに、全身をネズミに覆われて喰い殺されてしまうはずだ。




