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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第三章 勇者邂逅
92/202

象徴

 使役魔法しえきまほうは、魔王の得意とする攻撃のひとつだ。魔力により小動物の精神を支配し、虫やネズミ、鳥などを使役する。本来大人しいはずのこれら小動物は、ひとたび魔王の精神支配を受けると、理性を無くし狂暴さを()き出しにして魔王に敵対するものに襲い掛かる。


 使役魔法によって魔王軍の尖兵(せんぺい)と化したこれら小動物は、ありとあらゆる隙間から町や城へ潜入し、混乱を(まね)疫病(えきびょう)を導く役目を(にな)い、時には直接人間を襲うこともあった。獰猛(どうもう)な野獣と化したネズミの群れに襲われた被害者の(むくろ)は、歴戦の戦士たちですら目を背けるほど凄惨(せいさん)様相(ようそう)(てい)した。


 使役されたネズミの個々の戦闘力はさして高くはない。武器や魔法が使用可能であるのなら、ネズミの群れごときに(ひる)む南条ではなかったが、今は状況が異なっていた。現状において、使役魔法は単純な攻撃魔法を発動されるより(はる)かに厄介(やっかい)だ。


「お主の記憶を少しばかり改変(かいへん)させてもらう。抵抗は止めよ」


 魔王の言葉に南条は耳を疑った。異世界で行われていた戦争において、魔王軍はあらゆる交渉を拒絶していた。魔王の配下には、人間はおろか魔族や亜人すら存在しない。ひとたび魔王軍と戦闘が開始されれば、それは徹底した殲滅戦(せんめつせん)になる。魔物たちは捕虜などとらず、自らも決して捕虜にならず、息の根を止めるまで(あらが)い続ける。配慮や情けなどという思考自体が、魔王には欠落しているのだと結論付けるしかなかった。その魔王が、南条を殺さず、記憶の改変だけを施すなどという生温(なまぬる)い措置を取るという。


「わたしを殺さないというのか?」


 南条と魔王を取り囲むネズミの群れは一定の距離を保ったまま動きを止めている。甘王の姿をした魔王が、南条への攻撃を留めているのは間違いない。


「妹の友達の彼氏を殺すわけにはいかないでしょう?後々面倒事になるのは嫌なんですよね」


 甘王の声で魔王が語る。甘王として喋る際には、テレパシーではなく、人と同じように声帯を震わせて声を出している。


「妹の為にわたしを生かすというのか?お前が、絶対的強者たる魔王が、人間の為に、正体を知るわたしを生かしておくというのか?」


「あなたがどこの誰かは知りませんが、見たところ大した脅威(きょうい)でもなさそうなんで、殺すこともないかなって思ってるんですけど、ひょっとして南条さん、自殺願望とかありますか?前の世界とこっちの世界のギャップでまいっちゃってるとか。だとしたら絶対記憶消した方がいいですよ。楽になります。お勧めです」


 幼さの残る甘王の容姿と声で、魔王が南条にアドバイスをする。ここから逃げる術がない以上、魔王の提言(ていげん)は今の南条にとって渡りに船だ。


「そうか。やはりお前は、いや、わたし達は、あの時一度死んだのだな」


 上向きだった口角が下がり、機嫌が良さそうに見えた甘王の顔から一瞬にして表情が消えた。


「前の世界と言ったな。前の世界とこっちの世界。つまりお前は、もう二度とあの世界に帰れない。あの世界でのお前は滅ぼされた」


 魔王である甘王の提案に従うことで、この場から生きて帰れる可能性が生まれた。前の世界に戻れないのなら、そんな記憶は消し去り、この世界の人間として生きていく方が賢いという魔王の提案も理屈では解る。


「つまりわたしは、お前の脅威からあの世界を救ったことになる。圧倒的な力を有する破壊神、絶望の王と呼ばれたお前から、ただの人間でしかないわたしが勝利をもぎ取ったということにな」


 記憶の改変を受け入れることで窮地(きゅうち)から逃れられると言われた瞬間、南条の胸の内に()き上がった感情は、安堵ではなく怒りだった。同志や友、恩師たちが死を賭して戦った相手、自分の命と引き換えにようやく一矢報いた相手から、脅威ではないから見逃してやると言われた屈辱は、この場から撤退し、後に反撃に転ずるべきだという最適解(さいてきかい)をも忘れさせるほどの怒りに変化し、南条を突き動かしていた。


「わたしが誰なのか判らないのなら教えてやる」


「人間どもに祭り上げられた偽りの勇者。光に照らし出され浮かれ踊る愚者(ぐしゃ)象徴(シンボル)、光の勇者か」


 (あきら)めたように甘王が呟いた。甘王が口を動かすとき、周囲のネズミどもは鳴き声ひとつあげず動きを止めている。


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