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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第三章 勇者邂逅
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偽装

「ばかな。有り得ない」


 偽装(ぎそう)を解いた甘王から感じられたのは、ほんの(わず)かな量の魔力と瘴気だった。だがそれは、内臓する巨大なエネルギーの一端(いったん)垣間(かいま)見たに過ぎない。いうなれば、巨大なダムの壁に入った亀裂(きれつ)から、僅かな量の水が流れ出しているのを見たようなものだ。流れ出る水の量は少なくても、その奥に秘めた膨大(ぼうだい)な量の水は容易に推察(すいさつ)できる。


「魔王か」


 呻くように声が口をついて出た。南条は自分の声が甘王に届いていないことを切に祈っていた。南条のつぶやきを耳にした甘王がそれを肯定(こうてい)したなら、悪夢はその瞬間から()けようのない現実へと姿を変える。


「答える必要はなくなってしまいましたね、南条さん」


 (ほが)らかな声で甘王が恐怖を突きつける。甘王が魔王であるなら、武器も魔力も持たない南条はここで殺される。そしてその先に待つのは、異世界で復活した魔王によって行われる人類の淘汰(とうた)だ。


「貴様が何者かは知らぬが、我が問いには答えてもらうぞ、南条。なぜワシの偽装に気づいた?」


 なぜと言われても明確な答えなど持ち合わせてはいなかった。()えて言うなら、魔王の偽装は本人が思うほど完璧なものではなかったとしか言いようがない。


「わたしは(にぶ)いんだ」


 荒くなる呼吸を整えながら、南条は甘王の問いに答えた。


「恐怖に対して鈍感だといったほうがいいのかな。危機感が欠落(けつらく)していると、よく師に(しか)られた」


 叱ってくれたのは、剣の師であったランスロットだった。公孫翔(こうそんしょう)には(さと)され、オヅネには馬鹿にされて育てられた。


「お前の持つ力は、鈍いわたしにさえ判るほど強大だということだ。犬の群れに身を隠していても、狼は臭いでわかる」


「日本語が下手だな、南条。鈍いを強いに置き換えてみたらどうだ?強い自分すら怯えるほどの力を、お前はワシから感じた。そう言えばいいのだ。恐れをしらぬ自分ですら恐怖に震えたと、素直にそう言えばいい」


 甘王の口調が、南条の知る魔王のそれに戻っていた。圧倒的な力を有するが故に、魔王の話し方には常に余裕が伺える。


「なるほど、合点(がてん)がいった。で、ワシを魔王だと見抜くだけの力を持つお前は、ワシをどうするつもりなのだ?」


 どうしようもなかった。偽装を解いた魔王からは、微弱ではあるが魔力が感じられる。魔力があるのなら、最低レベルの攻撃魔法くらいは使えるはずだ。それに比べて自分は、魔法どころか武装すらしていない。これでは喧嘩にすらならない。


「逃がしはせぬ」


 南条の思考を読み取ったように、甘王が薄笑いを浮かべる。圧倒的に不利な状況なら一時撤退(いちじてったい)は戦闘の基本原則だが、魔王がそう簡単に逃がしてくれるはずもない。


 思考をフル回転させ、この場を逃れる最適解(さいてきかい)を探した。


攻撃魔法を回避(かいひ)しつつ、この場から撤退する。魔王がわざわざ人気のない公園まで自分を誘導したことから推察するに、魔王は人目のある場所での戦いを避けている。繁華街(はんかがい)まで逃げ切ることができるなら、生き残れる可能性も生まれてくる。




 逃げ出すタイミングを計っていた南条の鼻腔が、濃密(のうみつ)になっていく異臭を捉えた。河川敷を覆う草の匂いに紛れ気づかなかったが、強い臭いを放つ何かが近づいている。腐った水と泥の臭いを上回る獣臭を感じたとき、南条はその正体に気がついた。


「ネズミ」


 呟く声に絶望が(にじ)んでいた。背後に目を向けると、自分を包囲するように黒い影が大地を覆っていた。南条を逃がさぬよう、音を殺して近づいてきた無数のネズミどもは、南条の視線を受けた途端(とたん)に一斉に目を開き鳴き声を上げ始めた。耳を覆いたくなる不協和音(ふきょうわおん)の中、数千に及ぶ赤い目が、南条ただひとりを標的として見据(みす)えていた。



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