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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第三章 勇者邂逅
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尾行



 気配を消して後をつけた。都内は人が多いから尾行も容易だったが、浮間船渡(うきまふなと)の改札を抜けてからは人通りが減り、尾行が困難になった。


 (かろ)うじて視認できる距離を保ち慎重に後をつけているが、甘王の家は随分(ずいぶん)と不便な場所にあるらしく、駅を降りてから二十分ちかく歩き続けている。


 甘王の何が気になったのか具体的に言葉にすることはできなかった。握手を交わそうとした瞬間、凄まじい威圧感を感じたことが原因ではあったが、それもほんの一瞬だった。新宿の路地裏で出会った魔族らしき男女とは異なり、甘王からは魔力も殺気も感じられない。尾行する理由など何もないにも関わらず、気づけば後をつけていたというのが正直なところだ。




 (あた)りが夕闇に包まれたころ、甘王は河川敷(かせんしき)にある公園の中に入っていった。駅からも住宅街からも離れているせいで、公園の中には人の気配もない。


 今になって南条は甘王に誘われていたことに気づいた。南条の尾行など、甘王は最初から承知していたのだ。公園の中に目を向けると、甘王は子供用のブランコに座り、ひとり揺られていた。対岸の赤羽の街の明かりと、外灯の蒼白い光だけが甘王を照らし出している。


 今更(いまさら)引き返すわけにもいかないので、南条は公園に足を踏み入れ、甘王に向かって歩き出した。ブランコに揺られている甘王は、近づく南条をただ見つめている。


「これはこれは南条さん。こんなところで奇遇(きぐう)ですね。お近くにお住まいですか?」


 北赤羽の南条のアパートは、ここからそう遠くはない。それでも歩いて帰るとなれば小一時間はかかるだろう。偶然を装うわけにもいかない。


「きみをつけて来た」


「僕を?どうして?クレームでしたら本社のカスタマーセンターに電話していただけませんか?」


 南条の尾行に最初から気づいていたはずなのに、甘王は大袈裟(おおげさ)に驚いた振りをする。


「質問がある。でもきみの仕事のことじゃない」


「仕事のことじゃない質問。怖いなぁ。初対面なのにプライベートな質問ですか。言っておきますけど、僕、ノンケですよ」


 ノンケの意味は解らなかったが、甘王の言わんとすることの意味は推察(すいさつ)できた。


「わたしにもその趣味はない。わたしの質問はまったく別のことだ。プライベートな質問ですらないかもしれない」


「へぇ。ちょっとだけ興味が沸いてきましたよ。どうぞ。なんでも聞いて下さい」


 光の加減なのか、甘王の目が輝いて見える。万一のことを考えて、南条は下腹に力を込めた。仮に甘王が精神支配系の術を使ってきたとしても、意識を集中していればそう簡単には術に掛かりはしない。


「きみは、何者だ?」


 率直な疑問を、そのまま言葉として吐き出した。知りたいのはただそれだけだった。


 甘王の細い目が丸くなったように見えた。先程とは違い、今度は本当に驚いているようだ。


「それはまた哲学的な質問ですねぇ。自分が何者なのか。改めて(たず)ねられると答えに(きゅう)しますね」


 南条から視線を外し、甘王は思案するように(うつ)いた。河川敷を渡る風が甘王の前髪を揺らしている。


 高架線を渡る電車の音が響き、呼応するようにヒグラシの声が辺りを(おおう)う。甘王が体を揺らすたびに、ブランコの鉄鎖(てっさ)が不快な(きし)みを上げた。


「ひとつ尋ねる」


 甘王の声音が変化していた。声質自体は同じだが、高音質のヘッドホンを通して聴くような重みのある音に変わっていた。そしてその声は、南条の脳裏(のうり)に直接響いてきた。


「なぜ気づいた?偽装(ぎそう)は完璧で、魔力も消している。どこから見てもただの人間だろうに」


 顔を上げた甘王の目が紫に輝いていた。甘王の視線に(さら)された瞬間、意思に反して南条の身体は後方へ飛び退()いていた。数メートル後方へ着地したとき、南条の右手は左の腰へと伸び、かつてその場所に吊っていた剣を無意識のうちに捜し求めていた。



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