黎明
強靭な筋力から放たれる多角的な斬撃を、勇者は軽々と躱していった。魔装の内側で蠕動する筋肉は肥大化を続け、魔王の体は更に大きさを増していく。不意打ちに近い素手の一撃で、魔王の体にダメージを与えることはできたが、それももう通用しそうになかった。
魔王の蹴りを腹に受け、勇者の体は毬のように転がった。倒れた先に、魔刀玉鋼眉月が落ちていた。右腕を伸ばし魔刀を掴むと、突進してくる魔王目掛けて投げつけたが、魔王は首を捻るだけで、その一投を躱した。
「無駄なことを。貴様に待つのは死あるのみよ」
歪な形状に変化した魔王の口から洩れる声は、酷く聞き取り辛かった。
勇者は立ち上がり、魔王と対峙した。やれることはやった。後はただ待つだけだった。
「首だけは残す。後は火竜共の餌となれ」
魔王の振るう聖剣が、疾風を伴って勇者の首へ向かう。
「円月輪十六夜、戻れ!」
弧を描き宙を飛んだ円月輪十六夜が聖剣と激突した。激しい火花と金属音が鳴響き、剣と刀は互いを弾き飛ばした。
勇者の右手に、金色に輝く十六夜が握られていた。
「眉月を投げた先に、有明が待っていたとはな。抜かったわ」
耳まで裂けた口蓋を震わせ、魔王が笑う。
「つくづく悪運の強い男よ。感心する。だが」
聖剣が次々と勇者に叩き付けれられる。魔王の攻撃は繰り返すたびに角度を変え、速度を増しながら、勇者を襲った。
「終わりだ、勇者よ」
魔王の攻撃が止んだ。聖剣を中段に構え、可視化できるほどの魔力を聖剣に注ぎ込み始めた。聖剣に宿る炎の煌めきが一段と強くなる。
「ディメンションリッパー!」
魔王が上段から剣を叩きつけた。勇者は避けもせず、魔王の攻撃に正面から立ち向かった。
空間が裂け、全てを切裂く閃光が勇者を襲った。閃光に向けて、勇者は十六夜を叩きつけた。
十六夜は閃光を弾き、再び二本に分裂した。勇者は眉月を右手に持ち、宙に浮いた有明を口に銜えた。体を回転させながら、再び二刀の茎を重ね合わせる。
合体した二刀が強い光を放つ。だが魔刀から放たれたのは、金色の光ではなく、赤に近い橙色だった。朝日を思わせる橙色に変化した十六夜は、形状もまたS字型に変化していた。
「玉鋼緋緋色円月輪終の型、黎明」
橙色に輝く刃は、聖剣を絡めとるように潜り抜け、勇者を魔王の懐へ導いた。勇者が刃を返すと、刀はいとも簡単に魔王の両手首を切り落とした。
魔王の顔が苦痛に歪み、聖剣が地に落ちる。滑るように魔王の背後に回った勇者が黎明を一閃させると、魔王の首は胴から離れ、赤茶けた伽藍の床に転がった。