休憩
「アネモ・プシュケ」
美穂が呟くと、美穂の前に青く輝く美しい蝶が現れた。羽ばたくたびに青く輝く鱗粉を舞散らす蝶の姿に、城山とチャオは視線を奪われた。
蝶は美穂が差し出す右手の人差し指に止まり、羽を休めるように動きを止めた。
「素敵な手品だけどさ、なんなの、これ?」
鼻をひくつかせながら、チャオが蝶に顔を近づける。
「ワシの瘴気で作りあげたおもちゃだ。遊び方は今教えてやる」
美穂の言葉に反応した蝶は指から離れ、チャオが侵入してきた窓から外に向けて飛んでいく。魔法で作られただけあって、強いビル風の影響も受けず、蝶は窓の外で滞留を続けている。
「クロトス」
美穂の言葉に、窓の外の蝶が弾け散った。凄まじい振動がビル全体に広がり、それと同時に室内の照明が消えた。至る所で窓ガラスが割れる音が響き、揺れを感知したビルの被災度判定システムがビル全域に警報を鳴動させる。
地鳴りが続き、それに伴いビルの揺れも激しくなっていく。
「下手なブラフですね。この程度の魔法でわたしが動じるとでも?」
城山が苦笑する。
「ミカ」
「死体はお前にくれてやるから、さっさとその女の首を落とせ、チャオ」
チャオの呼びかけに城山が声を荒げる。
「ミカ、うしろ」
チャオの声に、城山は背後に目を向けた。
照明の消えた薄暗い室内は、光り輝く蝶で溢れていた。赤、青、紫色に輝く蝶の群れは、先程、美穂の指先に留まっていた個体よりも一回りは大きく、その数は百を超えていた。
「これは!」
「さっきの蝶より破壊力は数倍上だが、なぁに、お前なら死にはしないだろう」
「ミカ、これって超やばくない?ぼく、ちょっと用事思い出したから帰っていいかな」
チャオが美穂の首に当てている刃が微かに震えている。
「このビルの中だけでも1万人近くの従業員がいる。くだらない女ひとりの命の為に、無関係な人間まで巻き添えにする気か?」
「そうなるな。別にワシは構わん。貴様同様、いや、貴様以上に、ワシは人間が嫌いなのでな」
大きな溜息をつくと、城山は半壊したバーキャビネットからウィスキーのボトルを取り上げ、半分程を喉に流し込んだ。。
「失礼。飲まなきゃやってられないのでね。何か飲みますか?」
「あっ、ぼくロングアイランドアイスティー、テキーラ多めで」
チャオが美穂の喉に当てていた戦鎌の刃が消えた。刃だけでなく、チャオが持つ巨大な戦鎌本体も跡形もなく消えている。アスポートと呼ばれる物質転送能力で、以前は魔王も同様の力を使い、ミスリルソードを操っていた。
「あたなも同じものでいいですか?面倒なカクテルなのでね。どうせなら一度で済ませたい」
手にした氷をアイスピックで砕きながら、城山が美穂に問いかける。意外にまめな性格なのかもしれない。
「ワシ、ウオッカ・マティーニをシェイクで」
カクテルを作る城山の手が止まり、鋭い目つきで美穂を睨む。
「シェイクとステアを飲み比べて味の違いが判るのですか?素人が気安く注文していいものではありませんよ」
「すいません。おまかせします」
城山の剣幕に圧倒され、美穂は思わず頭を下げた。解ればいいと言わんばかりに頷くと、城山は無言で氷を砕き続ける。
黙々とカクテルを作る城山の傍らで、特にやることも無く美穂は立ち尽くしていた。ソファに座ったチャオは、テレビを点けて昼の情報番組を見ている。




