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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
プロローグ
8/202

昨日の晩飯

 魔王の攻撃魔法を喰らい、勇者の体は瓦礫(がれき)の中へ吹き飛ばされた。

 瓦礫の中の巨大な岩に叩きつけられた勇者は、魔王からの追撃(ついげき)を予期して身構えた。だが、来るはずの攻撃は無かった。その理由はすぐに解った。陽の光を浴び、有り得ないほどに巨大化した円月輪十六夜の攻撃を、魔王は全力で(ふせ)いでいた。

 追撃が来ないことを確信した途端(とたん)、勇者の足から力が抜けた。意思とは無関係に、勇者の体は再び瓦礫の散乱(さんらん)する大地に倒れた。歯を食いしばり立ち上がるが、全身を加速化(かそくか)させていた魔法樹の実の効果は消え、全身を包み込んでいた(むらさき)のオーラも消滅(しょうめつ)した。

 勇者の左腕は、威力(いりょく)を相殺できなかった魔王の氷結魔法により、完全に凍りついていた。(うつ)ろな目を向けると、左手はひび割れたガラスのように肘から先が砕け散っていった。

 魔王の口から(れっ)ぱくの気合が(ほとばし)った。魔王は、新たに生えたものも(ふく)めた四本の腕で聖剣の()を握り、(こんしん)身の力を込めて円月輪を退(しりぞ)けていく。

「ディメンションリッパー」

 刀身(とうしん)に宿る炎の(きら)めきは不十分だったが、魔王は再び奥義(おうぎ)を発動させた。聖剣が切り裂いた空間は小さいものだったが、密接(みっせつ)する円月輪十六夜を切断(せつだん)するには十分な力を持っていた。黄金(おうごん)の輝きを(たた)えていた円月輪十六夜は、(なかご)から二つに分かれ、眉月(まゆづき)有明(ありあけ)、二振りの魔刀へと姿を変え、地に落ちた。

 勇者は足を踏み出した。氷塊(ひょうかい)と化した左手の欠片(かけら)を踏みしめ、魔王に向かって走り出した。魔法樹の実の効力も失せ、満身創痍(まんしんそうい)の勇者の体は思うようには動かず、足を踏み出すたびに全身に受けた傷口から血がしたたり落ちた。


 魔王の後頭部に現れた巨大な眼球は、眠りに落ちるように閉じていった。脇腹から出現した二本の腕も、()けるように収縮(しゅうしゅく)し、魔王の体に同化(どうか)した。

 円月輪十六夜を両断(りょうだん)した今、敵は無手で向かってくる全身に傷を負った人間の男ひとりだけとなった。この戦いは終結(しゅうけつ)に向かっている。魔王の想定(そうてい)通り、勇者は(やぶ)れ、人間は死滅(しめつ)する。

 魔王は老人を()した顔を上げ、よろよろと近づいてくる勇者を見つめた。今にも倒れそうな肉体を、意思の力だけで支えている。殺すまでもないという考えが脳裏(のうり)をよぎったが、すぐに思い直した。人間共(にんげんども)絶望(ぜつぼう)を与えるには、無残に切り落とされた勇者の首が必要だった。勇者の首を(さら)しながら、人という種の最後を見届(みとど)けねばならない。

 勇者は地に落ちた有明を手にし、ふらつきながら魔王に近づいてくる。無駄(むだ)な努力に(むく)いる意味で、老人の目から涙を流してやろうとしたが無駄だった。どんな姿にもなれる魔王だが、その目から涙を流すことだけはどうしてもできなかった。

「来い、勇者よ。その(やいば)(われ)に突き立ててみよ」

 魔王の前に立った勇者が、右手に持つ魔刀、玉鋼有明を魔王の首元に突き立てた。骨と皮で(かたど)られた老人の体は、痛みの感覚が皆無(かいむ)に近い。勇者が何度刃を突き立てようと、魔王には何のダメージも与えられはしない。

「無駄だ。闇属性(やみぞくせい)の魔刀で、わしに傷をつけることは(かな)わん」

 勇者に魔王の言葉は通じていないようだった。ただ単純(たんじゅん)に、機械的に魔刀を振り上げ、その刃を魔王の体に突き立てようとするだけで、そこにはもう戦士としての(ほこ)りも矜持(きょうじ)も感じられなかった。

「止めよ。これ以上の抵抗は見苦しいだけだ」

 魔王は左手一本で勇者の首を(つか)み、その体を持ち上げた。苦しみに(ゆが)む勇者の右手から、魔刀玉鋼眉月が地に落ちた。このまま首の骨を折るか、気管(きかん)ごと(のど)(にぎ)りつぶしてしまえば、この戦いは終わる。

「これで最後だ。言い残すことがあれば聞いてやろう」

 勇者の唇が(かす)かに動くのを見て、魔王の口元に邪悪(じゃあく)な笑みが広がる。

命乞(いのちご)いか?それとも(うらみ)み言か?」

 勇者の顔を耳に近づけると、息も絶え絶え(たえだえ)な勇者が口を開く。

「昨日の晩飯(ばんめし)を教えてくれ」

 勇者の首に力を()める。

「貴様、何を言っている?」

晩飯(ばんめし)だ、昨日喰った(めし)の話をしてる」

 魔王の顔から笑みが消える。

「その答えがお前の最後の望みか?」

 首を(つか)まれた勇者が力なく笑う。

「答えは知っている。魔王、あんたは食事を()らない。負のエネルギーを(かて)とするあんたには、食事など必要ないんだ」

 誰に聞いたのかは知らないが、勇者の言うことは正しかった。生まれてこの方、魔王は栄養摂取(えいようせっしゅ)を目的とした食事をしたことはない。

「人は、食事を摂る。生きる為に、毎日毎日、欠かさず、食事を摂るんだ」

 残っている右手で(ふところ)(さぐ)ると、勇者は一粒の木の実を取り出し、魔王に(かざ)して見せた。

「ドントの実だ。飲めば生命力が増大(ぞうだい)する」

 ドントの実の効力(こうりょく)など、勇者に教わらなくても知っている。たった一粒で、体力も能力も回復する強力な回復アイテムだが、携帯(けいたい)することは不可能なはずだ。強大な力を付与(ふよ)する魔法樹の実は、どれも鮮度(せんど)が命で、()いだその場で口にしなければ、効果は期待できない。

「人は、生きる為に食べる。それが、知恵を生むんだ。保存すること。鮮度を保つ方法」

 勇者の体から、僅かばかりの魔力反応を感じた。

「フロガ・ミクロン」

 勇者が呟くと、蒼白(そうはく)だった勇者の右手がほんのりと赤く()まった。魔法の資質(ししつ)のある子どもが、()が手を温める(ため)(とな)えるのがフロガ・ミクロンだった。

「魔法樹の実を、冷凍保存(れいとうほぞん)するんだ。それで、実の鮮度は保たれる。あとは・・・・・」

 勇者の赤く染まった右手の中には、ドントの実が握られていた。

解凍(かいとう)するだけだ」

 勇者がドントの実を口の中に放り込み噛み砕くのと、魔王が勇者の首をへし折ったのはほどんど同時だった。魔王の右手は、勇者の頸骨(けいこつ)粉々(こなごな)に砕けた感触(かんしょく)を味わっていた。だがそれ以上に、ドントの実が勇者の体に眠る(すさ)まじい生命力を呼び起こす速度の方が早かった。

 粉砕したはずの頸骨は瞬時(しゅんじ)に再生し、力なく伸び切っていた全身の筋肉が張りを取り戻していた。焦点(しょうてん)すら(さだ)まらなかった勇者の瞳に光が戻り、その瞳は魔王の目を正面から(とら)えていた。

「貴様、これを狙っていたのか?」

 魔王の問い掛けに、勇者は苦笑しながら首を横に振った。

「とんでもない。あなたがこれほでまでに強いとは思ってもいませんでした。ドントの実は保険。使う予定のないとっておきだったんです」

 ドントの実は勇者の生命力を限界値(げんかいち)を超えて引き出してはいたが、凍りつき砕け散った勇者の左手を再生(さいせい)することはできなかった。

 魔王は掴んでいた勇者の首を(はな)した。自分の足で大地に立った勇者と魔王は数十センチの距離で向かい合った。互いに必殺(ひっさつ)間合(まあ)いに立っているのだが、それでもまだ、勇者の方が圧倒的(あっとうてき)に不利だ。魔法の優劣(ゆうれつ)では、勇者は魔王に(およ)ばない上に、勇者には魔王を(たお)せる武器がない。

「最初からやり直したところで、結果は変わらぬ」

 しわがれた老人の声で、魔王は勇者を挑発(ちょうはつ)した。圧倒的なアドバンテージを持ちながらなお、魔王は勇者の力に不安を感じていた。勇者の実力が怖いのではない。(あらかじ)め決められているようにすら思える、勇者の運の強さが気に入らなかった。

「わたしの手の打ちはすべて(さら)しました。魔法樹の実ももうありません。これで最後です」

 悲壮感(ひそうかん)などかけらもない表情で、勇者が真実を告げる。

「決着をつけましょう」

 勇者の言葉が終わらないうちに、魔王が聖剣を()き打ちに放った。勇者の首を狙い、横なぎに払われた聖剣を紙一重(かみひとえ)(かわ)すと、勇者はさらに間合いを詰め、体を魔王に密着させた。ゼロ距離から魔法攻撃を警戒(けいかい)した魔王のみぞおちに、体重を乗せた勇者のボディブローが炸裂(さくれつ)した。

 魔王の口から、(うめ)きに()呼気(こき)が吐き出された。ドットの実を摂取(せっしゅ)した勇者の一撃(いちげき)は、ウォーハンマーの打擲(よちょうちゃく)に等しい破壊力を(そな)えていた。武器の性質系統(せいしつけいとう)など無視した素手による攻撃は、単純な物理攻撃として魔王の肉体にダメージを与えていた。

 体をくの字に折り曲げながらも、地面に(ひざ)をつくことだけは免れた。痛覚が鈍っているとはいえ、人間を相手にするときに選択する老人の姿のままでは、勇者の攻撃のダメージを受けきることはできなかった。

「人間が」

 口をついて出た言葉に、怒りが(にじ)んでいた。異常肥大(いじょうひだい)した筋肉が老人の皮膚を内側から押し破り、魔王の全身が一回り巨大化する。肥大した腕で聖剣を掴むと、勇者に向けて力任せに聖剣を叩きつけた。

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