圧力
美穂の右手がドアノブに触れた。無我夢中でドアノブを廻し、ドアを開ける。
首を絞めていた圧力が消えた。激しい呼吸を繰り返し、肺に酸素を取り込んだ。息をすることに夢中で、開いたドアの向こうに足を運ぶことを忘れていた。
強い力で突き上げられ、美穂の体が床から離れた。凄まじい勢いで押し上げられ、全身が天井に叩きつけられた。部屋の中央で城山が美穂に向けた右手を振ると、美穂の体は人形のように右に跳び、巨大な世界地図が貼りだされている部屋の壁に激突した。
「馬鹿が。逃げられると思ったか?」
城山が美穂に向けた右手を下ろすと、美穂の体を覆っていた見えない圧力が消えた。派手な音を立てて床に落ちたが、部屋の外からは何の反応も無かった。
城山がドアを指差すと、叩きつけるような勢いでドアが閉じた。
「凄いだろう?ベイダーチョークって名付けたんだけど、多分本家よりも強力だよね」
確かに有名なSF映画に出て来る悪役の術に似ていた。ちっとも笑えない最低のネーミングだったが、見えない右手のくびきは強力だった。
「ああ、なんだかもう面倒臭くなってきちゃったな。あとの言い訳が面倒だけど、このまま部屋の窓から飛び降りちゃいなよ。もういいや」
城山が美穂に向けて左手を翳すと、床に転がった美穂の体が再び宙に浮き、小さな映画館のスクリーンほどもある部屋の窓に叩きつけられた。体の内側から響く骨の砕ける絶望的な音に耳を傾けながら、ベイダーチョークは左手でもできるんだと考えている自分に呆れていた。
強大な力で、全身が窓に押し付けられている。冷房の効いた室内であるにも関わらず、窓ガラスに押し付けられた頬が熱い。窓の外には強烈な八月の陽射しが輝いている。高層ビルの窓ガラスは、ハンマーで叩いても割れないという話を聴いたことがあるが、否応なく押し付けられた耳からは、硬質ガラスにひびが入っていく音が聞こえてくる。
ピキピキと音たて、ガラスに亀裂が走る。それと同時に、見えない圧力に耐え兼ねた美穂の頸骨が派手な音を立ててへし折れ、再生不能なまでに粉砕された肋骨が次々と内蔵に突き刺さり臓器を破壊していく。急激に生じた激烈な痛みが美穂の全身を駆け巡ったが、幸運なことに脳はその痛みを遮断し、美穂の意識は完全に消失した。
意識を失くした美穂の唇が微かに動いた。美穂の最後の言葉に興味が沸いた城山は、耳をそばだてて美穂の声に集中した。
「選手、交代」
城山の鼓膜が、美穂とは別の男の声を捉えた。




